捌
運任せとテキスト間違えた。
「大宮、ただいま戻りました」
「同じく黒川、ただいま戻りました」
忠治と葉月は、二人揃って警視庁福嗣署の刑事部へと戻り、取調室を除くことができる小部屋へとやってきていた。
「ふたりとも燈愛さんのところに行っていたそうだな」
小部屋で取調室をうかがっていた岡崎とアニラが、入ってきた忠治たちを見すえる。
「斎藤のほうは?」
「知らぬ存ぜぬの一点張り。まぁ証拠がないんじゃねぇ」
「証拠なら……持ってきました」
葉月は荒木薫から預かったスマホを取り出し、岡崎とアニラに見せた。
「スマホ? でもそれがいったい」
「中を見ればわかるさ……。刑事課の人間となって幾年。僕もいろいろな物や犯人を見て来たけど――さすがに今日ほど人間というものが悍ましいと思ったことはなかったよ」
普段は温厚な忠治がここまで怒りを露わにしている。
同時期に警察官となった岡崎だからこそ、彼の心境が痛いほどわかった。
岡崎とアニラは、スマホの中身を確認するや、言葉をうしなった。
そこに映っているのは、いや、そこに映されていたのはボロボロになった少女が強姦に遭っている姿だった。
無数の男が代わる代わる少女のカラダを弄んでいく。
正に『嬲』という文字を具現化したかのような惨状。
少女は声にならない言葉を発している。
褐色に染まった健康的な少女の裸体は、もはや男たちの体液によって白濁に染まっており、かびついた髪はその色をとどめていない。
いったい、この少女は何人の男にその華奢なカラダを、穢れを知らないその純白な心を弄ばれたのだろうか。
映像は途中から、もしくは終わった後に証拠として、いや戒めとして荒木薫に送られていたのだろう。
「……あっと聞こえるかぁ……荒木ぃ」
一人の男がそう口にした。――斎藤秀雄だ。
「おまえさぁ、もしこのことが公になったらどうなってるかわかってるだろ? おまえが大事にしていたお人形はなぁ。このちゃんとしたオレがこうやって綺麗なドレスを着せてやったんだ。キャハハハハッ! いったい何人のきたねぇオッサンの餓鬼を孕んだか……まぁ、そんなのオレが知ったことじゃないけどなぁ? つぅかよぉ……コイツもバカだねぇ……売るなら相手を見て売れってんだ……。オレが面白いことをしてやるって言ったら、アハハハ……キャハハハハ……コイツはもう生きて帰れないだろうな……。あぁ? オレが捕まるわけねぇだろ? コイツはお前の命にかかわることなんだよ。そうだろ? コイツがガキの時に処女を喰っちまったやつが言える立場じゃねぇんだよ……」
「おい、そろそろコイツにも飽きた。新しい娘を用意してくれんか」
「はいはいタイガーさん」
映像は――そこで止まった。
「……証拠として提出できるか?」
「可能といえば可能だな。だけど……荒木薫と筒井実緒がそんな関係だったとは」
「どちらも公にできないことですけど、でも……」
アニラは忠治を一瞥し、
「忠治さんは恋人だった皐月さんにそういう邪な感情を持ったことは?」
とたずねた。
「そんなものありませんでしたよ。皐月とは真剣に付き合っていました。彼女が傷つくようなことはしていないはずですし、彼女を抱いたのだって、彼女が高校を卒業して僕と結婚してのことでしたから」
「なんだろう、自分の姉とその夫の惚気話を聞くのがすごく恥ずかしい」
葉月ははっきりと応えている忠治に頭を抱える。
「荒木薫がしたことは世間一般では犯罪でしょうけど、でも逆にそれを間違ったことだということだとはあたしは思っていないけどね」
「どういうことですか? アニラさん」
葉月は首をかしげ、アニラを見つめた。
「安底羅がよく言っていたんだけどね、皐月さん、高校の頃はよく男子生徒から告白されていたそうだけど、それをはっきりと好きな人がいるって断っていたそうなの。誰かさんが大事にしていたからこそ云えたことだと思うのよ」
「それと荒木薫と筒井実緒さんの関係となにが?」
「あたしからしてみれば、さっさと皐月さんの処女を奪って、自分のものにしてしまえばいいのにって思うんだけどね。彼はそれをしなかった。別に皐月さんに魅力がなかったからじゃない。その真逆、皐月さんに魅力を感じていたからこそ、彼は大事にしていた。皐月さんも忠治さんが自分のことを大事に思ってくれてていることをわかっていたから、それ以上のわがままを言わなかった。不器用な二人でも、お互いに同意の上でそういうことをしたということなら……それは間違っていないんじゃないかしら?」
アニラは忠治にちいさく微笑みを浮かべる。
「こんの幸せモン」
岡崎が忠治の足を軽く蹴る。
忠治はおどろいて岡崎を一瞥する。
「……あの鬼に文句を言ってこい。大事にするのに時間も年齢も関係ないんだよ。アイツがやったことは……荒木薫が幼い筒井実緒の処女を奪ったことよりも重罪だ」
※
その日の夕方。都内にある、皐月と忠治夫婦が暮らしているマンションの一室でのこと。
「『はぁ……』」
遊火を通じて、妹から今回の事件についての話を聞いていた皐月は頭を抱えるようにテーブルに伏していた。
「『そりゃぁねぇ、私だって忠治さんのこと大好きだったし、始めて抱かれた時も最初は痛かったけど、あぁこの人に抱きしめてもらっているんだなぁって安心感はあったよ』」
皐月は不貞腐れた表情で言う。
「『まぁ、私も今までのことが溜まっていたのか、それとも性欲多々だったのかわからないけど、はじめての夜は忠治さんを干乾びさせるくらい求めていたみたいだったそうよ』」
遊火を通じて、姉と義兄の初夜の話を聞かされている葉月は、苦笑を浮かべるしかなかった。
「やっぱり大好きな人に抱かれるのってそんな気持ちなのかな?」
葉月は、皐月が用意したコーヒーを口にしながら言った。
「『そうじゃないかな。好きでもなんでもない男性から抱かれるのとじゃやっぱり違うだろうし』」
「荒木さんと実緒さんもそんな関係だったのかな」
不安そうな表情を浮かべる葉月の頭を、皐月は優しく撫でた。
「『それは別に葉月が気にすることじゃないんじゃない? その荒木薫っていう人が、その少女を犯したという事実があったとしても、強姦と和姦とじゃ雲泥の差だと思うわよ』」
「お姉ちゃん、中学生の時、忠治さんとセックスしたいみたいなこと考えたことあった?」
そう聞き返され、皐月は眼を点にする。
妹からそんなしつもんを返されるとは思っていなかったのだ。
「『いや、さすがにそれはないけど……でも高一の冬に忠治さんから結婚してほしいって告白されてからは、はやく高校を卒業して、忠治さんと結婚して、順序良く二人で生活ができるようになったあたりで子どもができたら嬉しいなとは思ったことはあったけどね』」
やっぱり惚気話だと葉月は苦笑を浮かべる。
「あっと、そうだこれからちょっと用事があるから、今日はもう帰るね」
葉月は横に椅子においていた自分のバッグを手に取り、立ち上がった。
「『ちゃんとしたお茶菓子もなくてごめんね』」
「別にいいよ。それにこれ以上二人の惚気話を聞いていると、こっちが溶けそうだから」
葉月はリビングを出ようとした時、
「お姉ちゃん……」
振り返り、皐月に声をかけた。
その言葉は遊火を通じて、皐月の耳に入る。
「『どうかした?』」
ちいさく首をかしげる姉を見て、
「う、ううん、なんでもない。それじゃぁ湊ちゃんにもよろしくね」
と、葉月はぎこちない笑みを浮かべ、その場を後にした。
マンションを後にしながら、葉月は立ち止まり、姉夫婦が暮らしている部屋を見上げる。
――大丈夫だよね……雅くんがもしそうだったとしても、湊ちゃんや紗姫さんを傷つけるようなことはしないよね。
不安にかられながらも、彼女はまだ仕事が残っているため、福嗣署へと足を向けた。
※
話は斎藤秀雄が福嗣署で取り調べを受けているところまでさかのぼる。
「アハハハハハハッ!」
と二、三畳ほどしかない狭い取調室で、斎藤秀雄のきたない哄笑が響きわたる。
「なにが可笑しい?」
その気狂いな態度に、忠治たちは冷静な顔を浮かべながらも、声色に怒りを滲み出していた。
「アハハハ、いやいや、これが嗤わずにはいられまいて。だってそれオレが映っていますけどねぇ、刑事さん……オレがその筒井実緒って女の子を犯した……そこにかんしては、まぁ映像がある以上認めないといけませんがねぇ、どうもお門違いもいいところだ」
「お門違い?」
「だぁってねぇ、その映像ではっきりと言ってるでしょ? オレはぁそのガキに援助交際をしているメスガキの末路を体験させてるんだぁ。いわゆる社会勉強ですよ。まぁ――別にコイツが行きて異様が死んでいようが知ったことじゃないですけどねぇ。第一、そいつは自殺なんでしょ? あぁ自殺だぁ――自殺っ! てめぇで首を吊って死んだって話でしょ?」
その言葉に、葉月はちいさくためいきをつく。
「あの……斎藤さん――」
「あぁ、なんですかぁ?」
「なんで……自殺だって言い切れるんですか?」
葉月が斎藤秀雄に向けたその双眸は、溝水のように濁っていた。
「――彼女の遺体には首を吊った痕しか残っていなかった。自殺をする人間には、かならず手首にリストカットのためらい傷や、そうでなくても自殺するかもしれないというサインのようなものがある。だけどそれが彼女には今の今までなかった」
「突然自殺する人間なんていっぱいいるでしょ? 鬱だかなんだかで――」
「彼女は自殺をした。これが警察の見解です。でも……彼女を間接的に殺したのは――斎藤秀雄――あなたでしょ?」
そう言い切った葉月を、斎藤秀雄は――、
「てめぇふざけるなよぉ? オレが殺したっていう証拠がどこにある?」
「――たしかにあなたが殺したという証拠はありません。だけど少女を強姦し、それを芸能人である彼氏にその映像を送りつけ、二人の関係をバラされたくなかったら、黙っていろというのは立派な脅迫罪になりますけどね」
「斎藤秀雄……お前が筒井実緒さんを犯した時、一緒に映っていた人間の一人に、すこし印象深いものが映っていたんだがね」
忠治はゆっくりと斎藤秀雄に近づき、
「どうして、そこに現国会議員の岩瀬虎太郎がいたんだ?」
バンと机をたたき、問い質した。
「岩瀬虎太郎……?」
はて、と葉月とアニラが首をかしげる。
「去年議員になった三十代の男だ。というかニュースくらい見なさい」
「事件とかで忙しくてテレビを見ている隙がないというのは苦しい言い訳ですかね」
葉月は苦笑を浮かべる。
「まぁ、そんな男がいたところでどうにもならないだろうがね」
「あぁ、そうだ――それと先生を呼んでくれないか?」
「もしかして弁護士? あぁ残念だけどそういうことしても無駄よ」
アニラはうしろのドアを一瞥した。
「失礼します。大宮警部補どの、すこしお耳にかけたいことが」
入ってきた一人の警察官が、忠治に耳打ちをする。
「……はい、わかりました。ではそのことはそちらにおまかせいたします」
忠治は警察官に一礼する。警察官は一礼し、取調室を後にした。
「あははは、今日のところは脅迫罪で捕まることは認めましょう。少女暴行もまぁ仕方がない。ですがねぇあなたたちのような一概の公務員がオレを逮捕することなんて――」
「岩瀬虎太郎が講演先の福島県の県警に、少女暴行に関して連行されたそうだ」
忠治がそうはっきりと言い放つや、
「はぁ? ふぅざけるなァッ! どうしてアイツが捕まるってんだぁ? 証拠は? それにあいつは国会議員だぞ? てめぇらみたいな国の犬がその国会議員に噛み付いていいのかよ?」
斎藤秀雄は慌ただしく立ち上がり、忠治たちに怒鳴りつけた。
「はぁ……あんたは識らないようだから教えてあげるけどね、どうしてここ数十年以上この地域で事務所を持っている暴力団がおとなしいが知ってますかね?」
アニラが斎藤秀雄を見すえる。
「識らねぇよ。いったいなんだってんだ?」
「うちのバックアップには、あんたたちみたいな親の脛をかじって逃れようとする子鬼を握りつぶすくらいの人間がごまんといるってことよ」
その言葉に、斎藤秀雄は脱力し、それ以上の狂言を発することはなかった。
※
取り調べが終わった後、葉月は廊下のソファに腰を下ろし、
「すみません瑠璃さん。ムリを言ってしまって」
と、瑠璃に電話をかけていた。
『いいえ、しっかりとした証拠が出ている以上、伸三さんに連絡を入れはしましたが、まさかこんなに早く行動するとは思いませんでした』
電話先の瑠璃は苦笑を浮かべる。
「本当ならそういうのはしたくなかったんですけど、忠治さんが少女暴行の映像の中に、国会議員が仲間内で呼ばれているアダ名があって、しかも本人の声があった以上、逃れることはできないと言ってましたから」
『葉月、あなたが気にすることではありませんよ。これは今まで拓蔵がしてきたことに対しての、伸三さんなりの恩返しみたいなものでしょうからね』
「爺様がいままでしてきたこと?」
『ことわざにもあるでしょ? 【情けは人の為ならず】。拓蔵がいろいろな人や妖怪に手を差し出し、助けてきたからこそ、彼を慕っている人や妖怪からしてみれば、惜しみなく力を貸してくれているのだと思います。まぁムリなことも多少はあるでしょうけどね』
今回、葉月は自分の力で解決できたとは思っていない。
荒木薫の携帯電話に斎藤秀雄からのなにかしら連絡が来ているのではと考えていた葉月は、それを彼に問い質した。
しかし出てきたのは、想像していた以上のことである。
『ところで葉月、あなたにすこし調べてほしいことがあるんですがよろしいでしょうか?』
「あまり手を貸すことはできませんけど、なにかあったんですか?」
『山代遊舞という国会議員のことについて、調べてほしいんですよ』
「山代遊舞……? その男がいったい」
『その山代遊舞が雅くんと、娘である山代雪姫に妙なことをしたそうです。ただそれを知っているのは人間では本人と、雅くんの母親だけとなっています。それに先日栢が遭遇した山代雪姫さんが坂本曜生と一緒にいたこともなにか関係があるのではと思っています』
「――わかりました。こちらからできる限りのことはやってみます。ただ……わたしの立場上できないことのほうが多い気がしますけど」
葉月はすみませんと頭を下げる。
『あなたが出来る範囲でいいんですよ。こちらもできるかぎりのことはしてみますから――それでは電話を切りますよ』
瑠璃にそう言われ、葉月は「はい」と返した。
※
翌日、葉月は福嗣署へと向かっている途中、芸能事務所『ミーサーク』へと立ち寄っていた。
「斎藤が……捕まったんですか?」
事務所にいた荒木薫が、唖然とした表情で葉月を見つめている。
「あれだけはっきりとした証拠があるのだもの、やつが捕まらない道理なんてありませんよ」
葉月がそう応えるが、荒木薫の表情はいまだに信じられないといった表情だ。
「で、でも……あいつには岩瀬虎太郎っていう国会議員がいて、あいつがあんな非道なことをしても今まで警察に捕まらなかったのは、そいつが裏で糸を引いていたんだとばかり」
「あぁそんなこと。ウチの警察署は優秀だからね。そんなちいさな障害なんて上から踏みつぶすくらいわけないんですよ。まぁこちらとしては今後荒木さんになにかあるのではと懸念はしていますけど」
葉月はちいさく荒木薫に向かって笑みを浮かべる。
「ところであの映像に映っていたことですが、荒木さんは筒井実緒さんと……そのそういう関係になったのはいつごろの事だったんですか?」
「えっと、葉月ちゃん……それは本人のプライベートのことだし、今回の事件とはあまり関係ないんじゃ?」
「たしかに直接的な関係はないかもしれません。でも今は刑事部の人間でも、以前は少年事件課に所属していたし、以前彼女を補導したこともあったからね」
「どうなんだ? 薫」
大谷英太が隣に座っている荒木薫を見すえる。
「あいつとは……実緒とオレが、刑事さんが思っているそういう関係になったのは、あいつが中学を卒業してからで、あいつをはじめて抱いたのは、二人でナイショの一泊二日の卒業旅行をした時でした」
――中学を卒業してから?
葉月は、荒木薫の言葉に、すこしばかりの違和感を覚える。
「卒業ってことは、三月あたりか……そういえばかおるんってその時妙に仕事を張り切ってなかった?」
中谷優人の言葉に、荒木薫はちいさくうなずく。
「……それじゃ、荒木さんと実緒がそういう関係になったのは――彼女が中学を卒業してからってことですか?」
はて、なにか食い違っているようなきがするのだがと葉月は首をかしげる。
「彼女が処女だったというのは?」
「あいつは最初痛がっていましたけど、妙だな……もし処女だとしたら普通結合部位に血が混じっているはず――」
その時のことを思い出していた荒木薫は、ハッとした顔で葉月を見やった。
「自慰のさい、バイブで処女膜を破るなんてことはあったかもしれないけど……でも彼女の部屋にそんなものは置いてなかったって聞いて……」
葉月は自分の考えを振り払う。
「いや、まぁ彼女の体質的に血が出なかったとかじゃないかしら」
と苦しい言葉を発した。
「そんなものですかね?」
「そうそう。まぁあなたがむりやり彼女を犯したんじゃないって証拠がないからなんともいえないけど、まぁ言わぬが花って言葉もあるからね。これ以上のことは私の出る幕じゃないわ」
葉月は燈愛を一瞥し、
「ところで刑事沙汰があった以上、芸能活動は自粛しないといけないんじゃないですか?」
とたずねた。
「うん、まぁそれに関しては仕方がないことだけどね。メンバーとも話し合って、ギャルソンとしては最低でも一年の活動自粛。ただし他のメンバーの個人活動は継続していくつもり」
「解散は……」
「それはこちらからお断りします」
大谷英太がはっきりと葉月に言った。
「オレもみんなも薫の才能に惚れているんです。こいつがこれで腐るようなやつじゃないことも知っているし、信じています。だから今は四人での活動はできませんけど、いつかかならず四人で活動できるよう努力します」
「そうだね。オレ一人でも大丈夫だけどさぁ、やっぱりギャルソンにはかおるんがいないとなんかしっくりこないんだよ」
「まぁパワーアップしたギャルソンをご期待ください」
阿部陸斗、中谷優人も進んでそう答えていく。
「お前たち」
荒木薫の目尻から熱いものが流れ落ちる。
「燈愛さん、ちゃんと社長してるんですね」
「それはどういうことかな? 葉月ちゃん」
ちいさく笑みを浮かべる刑事と社長を見ながら、
「ところで前から思っていたんですけど、刑事さんと社長ってどんな関係なんですか? なんかおれたちに会う前から知っているみたいですけど」
阿部陸斗の問いかけに、
「うーん、そうね……もし彼女と出会うことがなかったら、わたしは芸能界に関わることがなかった。それだけ大事なひとってところかな」
燈愛は笑みを浮かべながら応えた。
「あの、刑事さん――今回の事件。オレは実緒のこともあってみんなに迷惑をかけてしまいました」
「別に荒木さんが謝ることじゃないですよ。もともとあなたを脅迫しようとしていた斎藤秀雄がしたことですし、まぁほとぼりがさめるまではおとなしくしていたほうがいいですね」
「それでも、なにかお礼をさせてください」
「お礼とかいいですよ。それでは私はこれで失礼します」
葉月はソファから立ち上がり、事務所を後にした。
「アニラさん……」
事務所の前に一台の白い軽車が停まっていた。
「送って行くわよ」
と運転席の車窓を開け、そう声をかけるアニラに、
「よろしくお願いします」
と葉月は答え、後部座席のドアを開け、車に乗った。
……車はゆっくりと走り出し、福嗣署へと向かっていく。
「それで、荒木薫さんが筒井実緒さんの処女を奪ったのは小学生とかそんなところだった?」
「それが妙なんです。彼がこれ以上嘘を言っているとは思えませんけど、彼がいうには、二人がそういう関係になったのは実緒さんが中学を卒業してからだって」
「たしかに妙ね……もしそうだとしたらあの映像にあった斎藤秀雄の言葉と矛盾しているし、いまさら嘘を言ったところで彼にはなんのメリットもない」
「斎藤秀雄にはもうすこし根掘り葉掘り問いただすしかないですかね」
葉月はちいさくためいきをつき、窓の外を見た時だった。
【協心党 坂本ようせい】と記されたポスターが目に入る。
「坂本曜生……か」
「その男に対して、栢からの報告を受けた毘羯羅もそうだけど、この町を警護しているわたしたち十二神将もやつを警戒しているわ。瑠璃さんが雅くんの母親から聞いたこともあってのことだけど、まだ尻尾を出さない以上、泳がせているしかないわね」
バックミラーに映るアニラの険しい表情を見つめながら、葉月は福嗣町でまたなにかよくないことが起きようとしているのだと、容易に想像できた。




