閑話十四「わたしというこころ・前編」
何をもってして人は人と繋がっているのか。
共通項でくくることは簡単だ。同じものが好きで、同じ空気を吸って、同じものが見えていて、同じものを愛おしく思い、同じ価値観を持ち、同じ時を生きる。
どうして人は繋がっていたいのか。
他人と、友人と、親友と、家族と、恋人と、自分と、世界と。
脆く、しかし持たないという選択肢を最初から与えられていない私たちは、どうしたって繋がりを、人との関わりを持たなくてはいけない。
ならば、考えなくてはいけないことはそこではない。
誰と繋がっていたいのか。どれだけ繋がっていたいのかを考えなくてはいけないのではないだろうか。
でもそれはどうしたって一方通行で、得ようと思って得られるものではなく。
酷く傷つけられ、痛いほどに傷つけなければいけない。
ならば、痛みこそが人を繋ぐ唯一のものなのかもしれない。
私は確たるものが欲しかった。
誰かと繋がっているという確証が、証拠が、傷が欲しかった。
私には、何もなかったから。
失ったんじゃない。無くしたんじゃない。消えたわけでもない。
ある日突然、すべてが私から奪われてしまったから。
振り返ったところで、私が歩んだ道は、人生は、そこになく。
真っ白で、まっさらで、靄がかかったかのように見えなくなっていたから。
私は、傷を欲した。
誰かとかじゃない。
あなたと、ただあなただけと深く繋がっているという、その心が、感情が、欲しかった。
私は、長内百合子は純粋に、そう思っている。
「だらだらと過ごすのはまぁ好きだけれど、どうなんでしょうか、これは」
いつもであればその言葉は私がひなちゃんに対して言うのだけれど、今日はひなちゃんのほうから言ってきた。だからと言っても別に私がいつも以上にやる気なくのべーっとしているわけではなく、ただ単純に朝からほとんどアクションを起こすことのない私にひなちゃんがしびれを切らしただけである。
いいじゃない別に。お休みなんだからだらだらと過ごしたって。
「クリスマスも無事過ぎて、あと年末のイベントといえば大晦日とかだけだけれど、それでもこれはだらだらとしすぎなのではないでしょうか、ゆりちゃん」
「でもやることなんてないし」
「それはそうでしょうけれども」
クリスマスと大晦日の間隔はあってないようなものだけれど、しかし熱も冷めやらぬ内にってほど短いとは思わない。むしろちょっとした間に熱が冷めてしまい、不完全燃焼やら完全燃焼やらしてしまって余計にだらだらとしたい気分に陥ってしまう。
それに、冬は何かとやる気を奪う季節である。
私やひなちゃんのように特殊な経験をしていなくとも、それは当てはまるのではないでしょうか。
あー、だらだらしすぎてちょっとなに言っているか自分でも分からなくなってきました。
「ゆりちゃんはさ」
ベッドで何度も読んだ漫画を広げてパラパラと流し読みをしていたひなちゃんは、ぬぼーっとテレビを観ていた私に抱き着いて何かを言いたそうな雰囲気を出してくる。
「なに?」
「え、あー…………やっぱりいいや」
最近こういうことが多い気がする。
ひなちゃんはみんなに何も考えてなさそうとか、悩みごととかなさそうとか言われるけれど、私に言わせればひなちゃんほど何かを考えて、何かに悩んでいる子はいないのではないかと思う。
私と似ている、いや同じというのであれば、きっとそうだ。
一人ですべてを抱えて、我慢して、妥協して飲み込んで、苦しいともがきながらも、誰も傷つけたくないと意地を張り助けを求めず、独り暗い感情の渦へと落ちていく。そんな女の子。
私がこの世でただ一人、愛おしいと思える心を、傷を持った少女。
似ているのに、こうも違う。
私も確かにそれを持っていたのだ。持っていたのに、どこかに置き忘れてしまった。奪い去られてしまった。
欲しい。それが欲しくてたまらない。ただそれを求めて今まで生きてきた。
私が生きてきた軌跡を、取り戻したかった。
けれど私はそれを羨ましいとは思わない。
それがどんなものなのか、どういった傷なのか、どれだけ重いものなのかを、理解してしまっているから。
忘れていても、奪われていても、それが辛く悲しいものだと、気づいているから。
でも私はそれこそが欲しい。
同じになりたいから。繋がっていると実感したいから。
誰かと、ひなちゃんと。
繋がっているという一つの感情が欲しい。
私は無意識に左手にはめられた指輪を見つめる。
「……繋がり、かぁ」
こういったモノの一つや二つで繋がっていると感じることはできるかもしれない。けれどこれだっていつか朽ちて砕けて壊れてしまう。感情や心もそうだろう。きっと確固たる絆やら繋がりなんてない。それはあると信じていられるからこそ存在できているだけであって、決してなくなってしまわないものではないのだろう。
嘘と歪で成り立つモノ。それが私の欲したものの正体。
美しくも、煌びやかでもない、反吐が出るほどの欺瞞と猜疑で塗り固められた、心のありか。
それを強要し、妥協し、和解し合意し迎合し、容認しあって、初めて成り立つ傷の繋がり。
「大事なものだからこそ、だよね」
そう、大事なものだからこそ、私は考えなければいけない。考え続けなければいけない。
無くしてしまったもののために、奪われてしまったもののために、失ってしまったもののために。
醜く歪んだ、私の想いのありかを。
「さっきからぶつぶつとなにを言っているのでしょうか、ゆりちゃん」
「んにゃ、なんでもないよ」
「別にいいんだけれどさ、そんなこと。だから、こうもだらだらとしているとちょっと色々と考えちゃうじゃない? だからさ、少しでいいから外に出ようっていうのは、だめですか?」
なにもこんな寒い時期にお散歩なんてしなくとも。と思ったが、しかしこんな寒い時期だからこそ意識的に外に出ないと、いざ新年あけて初登校したときとか「ちょっと丸くなった?」みたいなことを言われかねない。特に私はひなちゃんのように何もしなくとも体型を維持できる超人ではないので、ここは誘いに乗っておこうと思います。
「しょうがない。ひなちゃんがどうしてもっていうなら、付き合ってあげるよ」
「そうそう、ゆりちゃんは丸くても可愛いけれど、ぜひともその体型を維持してもらいたいしね」
そういうのは言わないほうが身のためなんだけれど、まぁひなちゃんに言われるのは別にいいか。
それに、私もちょっとやることなさ過ぎて色々とダメな方に思考が割かれちゃってたし、リフレッシュにはちょうどいい。
でも、こう寒いのはやっぱり嫌だなぁ。




