閑話十三「特別でない姉の一日」
冬という季節はどうやらイベントがお好きらしく、クリスマスが終わるや否や大晦日が迫ってきて、そのあとには新年が待ち受けている。
私は名前の通り日和見主義の日向で平和が大好きな女の子なので、寒い寒い冬の季節はこたつでぬくぬくと過ごすのが日課になっている。
我が家の癒しである愛猫リリアンも私と同様で、一日の大半はリビングにいる。どうやら私は猫に近い存在なのだろう。確かにタチよりはネコ寄りだとは思うけれどね。
そんなこんなで休日。
友人と出掛ける予定も今日はなく、愛する妹も恋人とどこかへ行ってしまった。こんな寒いのによく外に出ようと思ったものだ。
しかし考え方を変えればこれは好機である。
父はまだお仕事が残っているらしく、今日も朝から元気にご出勤していたし、母はおせち等の年末年始に必要な食材を買い足しに行っていた。
そう、今この家には私以外誰もいないのだ。
私は身体が温まったのを確認してから、のっそりとした動きでこたつから脱出。冷たい廊下を歩いて妹の部屋の前に到着。心なしかいい匂いがしてくる。
音を立てないように慎重にドアノブを回し、扉を開ける。
それは花園への入り口。地上に降りた天使の住処。
この部屋は自分の部屋よりも見慣れているはずなのに、来るたびに新しい発見がある。
ベッドはまだ主の温もりを残していて、寝転ぶとなんだか比奈と一緒に眠っている気分になれた。しばらくその温もりを堪能してから、私は大本命のパンツ漁りを開始する。
最近はいろいろやらかしてこれもご無沙汰だったからなぁ。新しいパンツは増えているだろうか。使い古したパンツはあるだろうか。捨てたりとかしていないだろうか。とかすごく考えてたけれど、比奈は意外とそういうの面倒だからやりたがらない性格してるので、たぶん大丈夫。だから私がこうして定期的に整理をしてあげているのだけれどね。
というか、別にご無沙汰ではなかったなぁとか思ったりする。昔に比べれば格段に減ったけれど、それでも三日に一回は入っている。全然ご無沙汰じゃないなほんとに。
一通り見終わった後、私は戦利品を持って再びこたつで丸くなっていた。いつもならそくお部屋に持っていってきれいに保管をしておくのだけれど、今日は誰もいないということでちょっとはめを外すことにしました。やっぱり開放的な場所で趣味に没頭できるって素晴らしいと思うの。
午後、帰ってきた母上が作ったお昼ごはんを食べていると、なんだか妙に見られている気がした。母上が私に生暖かい目を向けるのはこれが初めてではないので気にしていないのだけれど、こうも見られているとおいしく楽しいご飯の時間が楽しくなくなってしまう。
「母上よ、何かお話でもあるのかい?」
私はいつものように少しおどけたような口調で問いかける。が、母上はそれでも私に何かを言うことはなく、ただただ優しい笑顔で見ているだけだった。
なんだろう、私の顔に何かついているのか?
そう思って私は自分の顔をぺたぺたと触る。しかしなにも変わったところはない。じゃあどうしてこうも見られているのか。
思えば母上はたまにおかしい言動をする時があった。服を着たままお風呂に入っていたこともあったし、全裸で家の中をうろつくのは……私もしてたりするし、人のことは言えないけれど、おかしいっちゃおかしい行動だし。というか全裸で配達とか出ないでほしいです。恥ずかしいという気持ちを持ってください。
ひとしきり私を眺めた母上は、それに飽きたようでリビングでテレビを観ることにしたらしい。
おかしいというか、自由なんだよな、お母さんは。
ま、それを言えば私も自由だし、何なら比奈だって結構自由人。これはもう遺伝ですね確実に。
「そういえば」
私がご飯を食べ終わってお皿を片付けていると、テレビを観ていた母に声をかけられる。話しかけるタイミング違くないかとも思ったが、どうやら私がご飯を食べ終わるまで待っていたようだ。
そういえば母は食事中は一切会話をしない人だった。忘れていた。
「ひばりのお友達の……なんだっけ」
「比奈理ね、比奈理。それとお友達の名前は百合子ちゃん」
「そうそう、百合子ちゃん」
人の名前を憶えないのはもう十八番なので完璧に対処できるのだが、まさか自分の娘の名前まで間違えるとは思っていなかった。ひばりって誰だよ美空かよ。
「あの子って、ひば、比奈理の恋人なの?」
またひばりって言おうとしたなこの人。ボケるにはまだ早いだろうに。
「……そうなんじゃないの」
とりあえず言ってはみたが、これって言っても大丈夫なやつだった?
というか、親にとって子供が同性のことを好きなのって、とても複雑なのでは。
「やっぱりね。紹介されたときはお友達って言ってたけれど、どうにも怪しかったからねぇ」
そういうときだけ勘がいいのか。
でも、気づいているのであれば訊いておきたい。
「お母さん的にはどう思うの?」
「何が?」
「何がって…………比奈が女の子を好きなこととか。実際に女の子の恋人を連れてきたこととか」
「なんだ、そんなこと」
そんなことって、まるで些末なことのように言わんでも。
「私としては別にどうでもいいわよ、そんなこと。あの子が誰を好きでも、あの子がどんな恋をしていても。私が口を挟むことじゃないし、挟んでいいことじゃない」
なんだかんだでちゃんと私たちのことを考えてくれているのは、さすがお母さんって感じがする。まぁ基本抜けてるけれど。
「それに、お母さんそういうのはよくわからないから。話くらいならいくらでも聞いてあげられるんだけれどね」
「まぁでも、比奈はそういうことは話してくれないからねぇ」
「そうなのよね。大事なことは何一つとして話してくれないところは、お父さんに似ているのかも」
ということは、内訳的には私と母、父と比奈という感じなのか。変だな、私と比奈は同じだと思っていたのだけれど。
「そういう日和はどうなの?」
「どうって……」
何がですか? まさか母上、私が本気の本気で比奈のことを好きだと思っているのですか? まぁそうなんですが。
「日和は、あの子でいいと思うの?」
「それは……」
私だってまだ百合子ちゃんのことを知っているとは言い難い。でも、見たところ百合子ちゃんは良い子だし、比奈のことを大切にしている感じはある。だから、別に私はあの子でもいいと思っている。それに、比奈が選んだ子なのだから。
「……何事も、なければいいのだけれどね」
何事も、ね。
それなら心配いらないと思う。
「大丈夫だよ。だって私の妹だもの」
大切な妹で、自慢の妹なんだから。何も心配することなんて、もうない。
そんな私の言葉に母もうなずき、笑みをこぼす。
「そうね。あの子は私の娘ですものね」
それは問題ありな気がしますが、今は同意しておきましょう。
夜。
百合子ちゃんと出かけていた比奈も帰ってきて、父も疲れた様子でご帰還いたしましたので、現在リビング・ダイニングには家族全員がそろっていた。それに加えて百合子ちゃんも年末年始はお泊りするらしいので、この中で唯一男性の父は相当に肩身が狭い思いをしているはず。ごめんよ父上、私が男になれれば良かったんだがな、それは無理らしい。
夕飯もすでに食べ終わっているのであとは各々眠くなるまで自由なのだが、誰一人として部屋に戻ることはなく、リビングやダイニングでだらりとして過ごしている。ここが一番暖房が効いていて暖かいからという理由もあるだろうが。この季節はどうも人肌が恋しくなる。常に触れられる距離、体温を感じられる距離に人がいるというのは時に安心感を与え、安らぎをもたらすので、ここを離れがたいのかもしれない。
しっかし、さっきから視界の端でいちゃいちゃする二人を見ると、妙にいらいらするのは気のせいでしょうか、気のせいじゃないですねこれは。
いや、嫉妬とかじゃないんですよ全然。ほんとに嫉妬とかじゃないんだけれど、何ていうか、ウザったいっていうか、やるなら部屋でやれと思うわけで。リビングの、それも両親のいる前では決してやっていいことじゃないんだと思うよお姉ちゃんは。
これで比奈は百合子ちゃんのことを友達って紹介したらしいからすごいよね。これをどう見たら友達にみえるのかしらん? 私には恋人同士がいちゃこらしているだけに見えてしまうのですがそれは私の目がおかしいのでしょうか。いやおかしいはおかしいのですが、それにしたって普通じゃ考えられないほどの密着ですよあれは。密着取材もあんなに密着してないよってくらい密着してる。
これに対して母がどう思っているかというのはすでに聞いている。が、父は未だにどう思っているのか図りかねる。まぁでも、ある意味似たもの夫婦だし、案外お母さんと同じような考えなのかもしれないな。今だって尋常じゃないいちゃつきにピクリとも反応していないし。
そんな風に辺りを見て適当に思ったり考えたりして暇をつぶしていると、だんだんと眠気が体の奥から膨らんできて、私を夢の世界へと誘おうとしていた。時計を見るともう寝る時間になっていた。
私は読んでもいないのに開いていた雑誌を閉じてテーブルの上に置くと、両親と比奈、それに百合子ちゃんにおやすみを言ってリビングを後にした。
部屋に戻ると寒気が支配していたので、さっそくエアコンをつけて快適な温度へと変換する。
眠る前、私は最近考えるのだ。
私が妹に執着する意味を。
私が妹を愛さなければいけない理由を。
もはや意味すらなく、理由すら忘れたのかもしれないが、それでも最初は純粋な愛では決してなかった。
憎いからこそ愛し、妬ましいからこそ慕い、似ているようで何もかもが違うから欲した。
しかし、今はもうそんな感情はなく、ただただ妹が好きで、ただただ妹を愛している。
ならば、私が愛した意味は、理由はどこに行ったのだろう。
狂ってしまうくらいに憎んで妬んで欲していたあの感情たちは、一体どこに消えてなくなってしまったのだろう。
それがなければ、私は明日も、明後日も、いつまでも妹を。
本当に愛することは、できないのかもしれない。
ゆえに、歪んだ愛情でのみ相対し、捻じ曲がった感情でのみ見つめる。今の私には、それしかできないから。
でも。
でも…………。
「お姉ちゃん!!」
突然、外からの怒号で思考が吹き飛び、無理やり現実へと戻される。
「な、なにかな比奈」
私の部屋に押し入ってきたのは妹の比奈理だった。比奈は相当ご立腹な様子で、どすどすと音を立てて私へと近づいてくる。
「お姉ちゃん、また私の部屋に入ったでしょ。それだけじゃなくまたいろいろ漁ったでしょ!!」
「…………え、えーと。お姉ちゃん、知らないよ」
「しらばっくれても証拠は挙がってるのよ!」
そう言って比奈は自分の右手を私の前に掲げる。そこには一枚の布が握られていた。
あ、あれは!?
「これ、どこにあったと思う?」
「ひ、比奈の部屋じゃないの?」
「普通そうなんだけれどね、なんとびっくりリビングのこたつの中から出てきたの」
あの時かー。落としちゃってたかー。あの後お母さんが帰ってきたから慌てて戦利品を自室に運んだんだけれど、この一枚だけは取りこぼしていたようだ。不覚、いつもなら部屋に持って帰ってきた時にちゃんと点検するのに、今日はそれを怠ってしまった。
「で、お母さんに訊いてみたの。『今日この辺りでこたつに入ってたのって、誰?』ってね」
私ですね。絶対私しかないですはい。確認するまでもないですねそれ。
我が家ではこたつに入る場所が個々で決まっている。つまりは定位置があるのだ。そんな場所に落し物があるということは、その人が落としたとしか考えられない。
「お姉ちゃん、部屋に入るのは構わない。中のものをいじるのも別にいい。でも、盗るな穿くな被るな嗅ぐなは、いつも言ってるでしょうが」
「はい……」
詰めが甘かったか。今度からはもうちょっと慎重にならなければ。今日の失敗の一番の原因はおそらく誰もいない開放的な空間を手に入れてしまったためだろう。次は完ぺきにしなければ。
「まぁでも、今日はもういっか。私も眠いし」
「あら、今日は優しいんだね。何か良いことでもあったの?」
「まぁね。それなりに」
ほほう、これは百合子ちゃんとの外出でなにかあったに違いない。調べなければ。
とは言っても、比奈に訊いてもはぐらかされるし、百合子ちゃんのほうは絶対口止めとかされてるだろうし、意味はないと思うけれどね。
意味、かぁ…………。
いつかそれを知ることができるのだろうか。
いつかその時が来るのだろうか。
すべてを知る、その時が。
「ってお姉ちゃん、聞いてました?」
「え、聞いてたよ。聞いてた聞いてた」
「それ絶対聞いてなかった反応じゃない……まったくもう」
でも今は、このままで。
いつまでも、このままで。




