閑話十二「祭りの後の私と彼女・後編」
ここ最近のゆりちゃんは何かおかしい。
仲が深まっているといえばそれまでだが、それだけでは説明がつかないことが多い。
その最たるものが、この状況だろう。
ゆりちゃん自体はどこにでもいそうな普通に可愛い女の子である。性に興味があるのは別段おかしいことではないだろう。
しかし、積極的かというとそうでもない。
むしろ恥ずかしさが勝ってしまい、私の誘導がなければろくに行為ができないほどである。
なのにゆりちゃんは昨日も今日も私に迫ってきた。平時では止める側のゆりちゃんがである。
これを異常といわずしてなんというのか。
私はそういうのもそういう子も好きですよ。でもゆりちゃんがそうなってしまったというのは、私の中ではもう国際問題よりも大問題である。
でも、その理由を訊いていいのか、そこに踏み込んでしまってもいいのか、分からない。
どうにも私たちは他人に深く入り込んだりするのに躊躇してしまう。人が傷ついているのを見ると自分も傷ついてしまうし、本当のことを知るというのは、真実を知るということは、怖いことだから。
それが近しい人のことだとなおさらだ。
私は長内百合子という女の子を知るのが怖い。
私という人間を長内百合子に知られるのが怖い。
でもたぶん、それを訊かなければ私たちは一生本物になれず、自身を偽り続けなければならなくなってしまう。
傷つくことを恐れずに、怖がらずに。
ゆりちゃんに訊かなければ。
と、そう思っていたんだけれどねぇ。
それができればこんなに悩んでいないし、こんな面倒な性格にはなっていないわけで。
むしろこの数日、いや数週間はいじいじと、もやもやとした感情を抱えながら過ごしていたりする。
どう切り出せばいいやら。こういうことには慣れていないからやっぱり対処の仕方が分からない。
さなえに相談するか? うーん、この手の話題ならさなえも冗談抜きで聞いてくれると思うけれど、どうも気が乗らない。基本さなえとは他愛のない、頭の悪い話しかしないので、気恥ずかしいというのが本音かも。
ならばえりさとか遥……は無理だな。あの二人もいい友人だけれど、どうにもこういう話をする間柄じゃない気がする。
やっぱり私が自分で悩んで考えて話をしないといけないのかな。それはそうか。これは私の問題で、私たちの問題なのだから。
「とまぁ、ここまで悩んでおいて、いま訊いてみたんだけれど」
そんなこんなの、私の様々な葛藤をかいつまんで話したのだが、ちょっとばかしゆりちゃんの反応がおかしい。
あれか? 二人とも全裸で、かつベッドの上っていうのがダメだったのか? もうちょっと場を整えたほうが良かった?
なんだかゆりちゃんはぽかんと口を開けて固まってしまったので、それをほぐしてあげようと私はゆりちゃんのお胸を揉んであげた。
「おーい、ゆりちゃーん。聞こえてます?」
返事はない。
おかしいな。ゆりちゃんは行為以外でお胸を揉むと大体怒るんだけれど。
ということで、私はもうちょっと大胆に行動をしてみることにした。
手を下半身へと伸ばし、その柔らかな太ももをなでる。膝近くから徐々に上がっていって、最後はももとお尻の間を執拗に撫でていく。
ふむふむ、これでもまだ反応がないか。
では、本命を攻めるとしますか。
「……いつから、なの?」
私がいよいよ本命へと向かおうと足を広げさせていると、やっとゆりちゃんは言葉を発した。
「いつからって、なにが?」
「だから、いつから私が、その、おかしいと思ってたの?」
「いつって言ってもなぁ。少し前からとしか」
実際、おかしいと感じたのはつい最近のことだし。
前々からその片鱗はあったかもしれないけれど、それでもゆりちゃんは変わらず私の好きなゆりちゃんだった。
記憶のことも、繭染さんのことも、家のことも、私は全部全部知りたいと思っている。今ならはっきりとそう言える。
「でも無理やり聞き出そうとかは思ってないよ。話したくないことは話さなくてもいいし。話したいことを話したいときに話してくれれば、それでいいの」
ただ私はいつでも話を聞く準備はできてるって伝えたかっただけだし。
「……いずれは、話そうと思ってたんだよ」
申し訳なさそうに言うゆりちゃんの表情をみて、私もちょっと申し訳ない気持ちが出てきた。まだいうべきではなかったかもしれないな。
「そっか。それならいいよ」
まぁ今じゃなくても、私たちにはまだまだ時間はいっぱいあるのだから。
「ねぇひなちゃん」
「なに」
「何があっても、私を好きでいてくれる?」
少し前、同じような言葉を投げかけられた気がする。
そのときなんて言ったかを思い出しながら、それに答える。
「大丈夫、どんなことがあっても好きだよ」
だって私たちは……。
「そうそう忘れるところだった」
大事な大事なお話が終わり、身体をさわさわしていたこともきっちり怒られた後、私はいろいろありすぎてすっかり忘れていたものをゆりちゃんへと手渡す。
それは綺麗にラッピングされた小さな箱。
「なにこれ?」
「ほら、昨日も前日もいろいろあってさ、なんだかんだで渡すの忘れてたっていうか。買ったはいいものの渡していいものかどうかとか悩んじゃってね。ちょっと遅れたけれど」
「もしかして、クリスマスプレゼント?」
「……そうです」
どうにもこういうのは照れくさい。
それに、私たちにとって冬は忌まわしい季節であるという共通認識が働いていて、そんな季節に相手に贈り物をしようだなんて思い及ばないわけで。現に私はゆりちゃんからプレゼントをもらっていない。
しかし、私はあえて今、ここでゆりちゃんにプレゼントを贈りたかった。
辛い思い出だけではなくて、暗く悲しいことだけじゃなくて、嬉しくて、暖かくて、輝かしい思い出を作りたかった。作ってあげたかった。
ゆりちゃんのためにも。そして私自身のためにも。
「あ、ありがとう」
突然のことに驚きを隠せないゆりちゃん。
「中、見てもいい?」
「どうぞどうぞ」
というかこの場で開けてもらわないと意味がない。
「じゃあ、開けるね」
恐る恐るという手つきで包装をはがしていく。
中からは手のひらサイズの小さな箱。もはやこの箱の形状を見たら中身は分かっただろう。ゆりちゃんの目が見開かれる。
「これって……」
「まぁあんまり高いもんじゃないけれど」
そこから出てきたのはきらりと輝く宝石の埋め込まれた指輪だった。
「これ、本当に貰っていいの?」
「むしろ貰ってくれないと処分に困るし」
これのおかげで私の貯金はかつかつになったのだから、ほんともらってくれないと困る。クーリングオフとかできるかな?
「じゃあじゃあ、はい」
指輪を見て興奮した様子のゆりちゃんは、その指輪を私に渡してくる。どうやらつけてもらいたいらしい。
「はいはい」
私はそれを受け取ると、ゆりちゃんの左手をつかむ。
箱の中から指輪を取り出し、ゆっくりとその薬指にはめ込む。
「……綺麗」
指輪はゆりちゃんの指にしっかりとはまり、そして一層輝きが増した気がする。
「あ、ひなちゃんのぶんは?」
「一応おそろいで買ったけれど……」
正直つけるのは……。
「私がつけてあげる!」
「あ、うん」
これは何を言っても聞いてもらえないやつだ。
仕方なく隠しておいた自分用の指輪を持ってくると、ゆりちゃんは笑顔でそれを受け取り、早く私の薬指につけようと急かしてくる。
「早く早く!」
「分かったから落ち着きなさいな」
喜んでくれるのはいいのだけれど、予想外にテンションが上がってしまっているな。
「はい、つけるよ」
ゆりちゃんのテンションに若干困り気味の私の手を取ると、その勢いのまま指輪をつける。
情緒もなにもあったもんじゃない。でもまぁあれか、全裸でこんなことをしている時点でそんなものないか。
「やっぱりこういうのはつけてこそだよね」
「まぁ、確かにね」
私の薬指で輝くそれは、箱の中に収められていた時よりもずっと美しいと感じた。たぶんきっと、それは想いの分であり、愛情の分ということなのだろう。
「それじゃ今度は私の番だね」
「えっ、なになに。何か用意してくれてるの?」
「うんまぁ、一応ね」
それは思ってもみなかった。
「ゆりちゃんは私に何をくれるのかな?」
「ひなちゃんのやつほど高くはないよ」
それは私がただのバカだったこともあってか、通常ならありえないものをプレゼントしただけだし、あれ以上のものを求めるのは流石にできない。
それに、ゆりちゃんから貰えるのならなんだって嬉しい。
「ひなちゃん、うしろ向いて」
「ん? 分かった」
不思議に思いながらも、私はゆりちゃんに背を向ける。
普段は私がゆりちゃんの背中を見たりしていて、あんまり自分の背中を見せたりしないから恥ずかしいことこの上ない。
ゆりちゃんは私の首元でなにやらがさごそと手を動かしている。それでピンと来た。
「……ネックレスか」
「正解です」
私がつぶやくとゆりちゃんが満足そうにそう口にした。
期せずして二人とも装飾品を選ぶとは、なんだか思考が似通っていると認められたようでまた嬉しさが増す。
「はい、できた!」
それはハートを模ったネックレスで、その中心には小さくダイヤが光っていた。
「今度はひなちゃんが私につけてね」
そう言うとひなちゃんは私に背を向けて待機状態に入る。
相変わらずきれいな背中だなぁ。舐めまわしたい。
いかんいかん、そういうのは今は我慢だ。ここでは欲求を溜めておいて後でいっぱい解消してもらおう。
「……よし、できたよっと」
ちょっとだけつけるのに苦戦したが、しっかりとつけれただろう。たぶん、きっと取れないはず。
「んふふ」
「なに、変な笑い方して」
「だって、今日でお揃いのものが二つも手に入ったし。なんだか幸せすぎて」
「そうだね幸せだね」
「あ、ちょっと馬鹿にしたでしょ今」
いやいや、私もちょうどそう思ってたところだったから、言うなればこれは皮肉かな。
目に見えるものでゆりちゃんの心が繋ぎとめられるとは到底思えないけれど、少なくともこれがあればゆりちゃんとの繋がりを意識できる。それはゆりちゃんも同じことを考えているだろう。
そして少なくとも、私たちは目に見える形での繋がりを欲していた。
だから、これでいいのだ。
今は、これで。




