第24回 三度、北伐
三度目の北伐敢行である。諸葛亮も今度こそ何某かの成果を挙げようと静かに燃えていた。
そして、とうとう、蜀漢として初勝利と言える、武都と陰平という、涼州の南側の入口と言える場所を奪取することに成功したのである。
曹魏にとって涼州は常に反乱の危機にさらされた不安定な土地のため、蜀漢にその喉元を押さえられたことは、蜀漢と呼応しての反乱の懸念が大きくなることから、痛手であるといえた。
こうして、諸葛亮は三度目の北伐にして、曹魏から領土を切り取ることに成功し、晴れて、丞相へと復職したのである。
この勝利に太学も沸いた。
そして、楊儀と王平の凱旋を喜び讃えたのである。
しかし、二人とも浮かれた様子は全くなかった。
今回の勝利はあくまで局地戦での勝利に過ぎず、曹魏を打倒して漢を復興するという遠い道のりの第一歩に過ぎないと思っているからである。
二人は太学に戻り、それぞれの特性を活かした講義を、情熱を傾けてやってくれている。
杜瓊はこの機会を逃してはいけないと、郡学改革の一番重要である試験制度について、諸葛亮の名を借りて、一気に普及させることにした。
各郡には、諸葛亮のお墨付きであるとし、各郡学に試験の実施要項を送り、それを主だった私塾に配布するように依頼したのである。今は五月、夏であり、試験は翌年の一月春に実施することにした。
既に試験問題は作成済みであり、後は実施するだけである。
準備期間を約半年設けたのは、郡や郡学の負担を減らすこと、想定しないことが起きた時の準備期間とするためである。
杜瓊が学問官僚三人に言う。
「とうとう始まるぞ。想定しない問題や、問い合わせが各郡から来るかもしれないが、来年一月の試験実施まで、皆で協力して乗り切ろう」
尹黙が言う。
「杜瓊殿の言う通り。この機会を逃さず、学問改革を定着させましょう」
張裔が言う。
「そうですな。北伐の国威発揚のこの時期、逃してはなりませぬ」
譙周が言う。
「はい。どんな問題が発生したとしても、この四人で何とか乗り切れると思います。丞相も後押しをしてくれるでしょう」
三人は、大きく頷いた。
こうして、北伐の初勝利と共に、学問改革も大きな一歩を踏み出したのである。




