第1回 若き時
はじめに
譙周。この名前を聞いて、何を感じ、何を思うか。
個々人で違うと思いますが、私自身の解釈で書かせていただきました。
なお、本作は登場人物の呼称を統一するために、「字」は使用しておりませんので、予めご了承ください。
例 諸葛亮孔明、諸葛孔明、孔明、亮→諸葛亮
譙周は、益州巴西郡西充国の出身である。
父親は譙へい(しょうへい)という。
様々な学問に精通しており、州や郡から招聘されることが度々あったものの、いずれも出仕しなかったが、州は師友従事という官職を与えた。
しかし譙へいは、譙周が幼いころ既に亡くなり、母や兄の譙熙と共に暮らした。
家は貧しかったが、譙周は譙熙を見習い学問に精を出し、その力の入れようは寝食を忘れるほどの熱心さであった。
譙熙が言う。
「譙周よ、学問に熱中するのはいいことだが、孔子様も過ぎたるはなお、及ばざるが如し、と言っているではないか」
「兄上。私も承知はしているのですが、兄上に追いつこうとすればするほど、時間がいくらあっても足りません」
「譙周よ。お前は、私に追いつくがために、学問に熱中しているというのか?」
「はい。まずは、兄上に追いつくことを目標としております」
「譙周。お前のその志は低すぎる。はっきり言おう。私は確かに、亡くなった父の代わりにお前に学問を教えてきた。しかし、その有する才能は、私はお前に及ばない」
「何を申されますか。私は兄上を心から師と思い、尊敬をいたしております」
「私の学問は、精々、この近辺の少年たちを集めて指導する程度の器であろう。実際、それでこの家を営んでいる。しかし、お前は違う。時が来れば、お前の学問を必要とする人が現れ、お前は大きな世界に羽ばたくのだ。お前には、それだけの才能があると私は思っている」
「私にその様な才がありましょうか?」
「ある。兄である私が言うのだ、間違いない。だから譙周。私などを目標とせず、もっと高みを目指し、学問に取り組むのだ。わかったな」
「……。わかりました。出来るかどうかわかりませんが、高みを目指す志を持とうと思います」
譙周は、この兄の言葉を受けてから、ますます学問に励んだ。その結果、学問全般に精通し、天文現象の解釈なども関心を持って学んだ。
急な問いかけに臨機応変に応じる様な弁舌の才には乏しかったが、深い見識を自己の中に有しており、頭脳自体は明晰といえる。
身長は高く、八尺ほどあり大柄ではあるが、風貌は素朴そのものであり、性格は実直誠実であった。
この頃の益州では、一人の英雄の命の灯が消えた。
蜀漢を率いる劉備が白帝城で亡くなり、劉禅がその跡を継いで即位をした。
そして、蜀漢の支柱とも言える諸葛亮は、丞相と益州牧を兼任し、南中の平定を終えたばかりであった。
そして、このまさに激動の時、諸葛亮からの使者が譙周のもとを訪れたのである。




