幕間 初恋
(アルベール・ヴァン・カナルド視点)
客室へ戻った私は、窓辺に立ち静かに夜空を見上げていた。
今日一日の出来事が、何度も頭の中で繰り返される。
「殿下」
護衛が声を掛けてくる。
「夕食のお時間です」
「……悪い。先に食べていてくれ」
「ですが——」
「少し一人になりたい」
護衛は何か言いたそうな表情を浮かべたが、やがて一礼して部屋を出て行った。
静寂が訪れる。
私はゆっくりと息を吐いた。
(何なんだ、この気持ちは)
今日一日。
思い返せば、どの場面にもエレノーラがいる。
私のために作ってくれたというパンナコッタ。
初めて見る、不思議な食べ物だったポテトチップス。
図書室で楽しそうに本を語る姿。
歴史を語る時の誇らしげな笑顔。
魔法塔で目を輝かせながら魔道具を見つめる姿。
どれも鮮明に思い出せる。
そして、
『最初は苦手だったわ』
『だって笑顔が嘘っぽかったもの』
思わず苦笑する。
あれほど真正面から言われたのは初めてだった。
王族として生まれた日から。
私はいつも笑顔を求められてきた。
相手に安心感を与える笑顔。
国を背負う者として相応しい笑顔。
誰にも本心を悟らせない笑顔。
それが当たり前だった。
だから。
『話し方も今の方が好き』
『だから今は前より好ましく思っているわ』
その言葉が胸から離れない。
あの時の彼女は、お世辞など一つも言っていなかった。
ただ思ったことを、そのまま口にしただけ。
だからこそ嬉しかった。
私ではなく。
私が作り上げた王子ではなく。
“アルベール”を見てくれた気がした。
「……はは」
思わず笑みが零れる。
そういえば今日は、随分と情けないこともした。
『そのアッシュという人のことは好き?』
聞いた瞬間、胸が苦しくなった。
『好きよ』
その一言だけで、心臓が止まるかと思った。
だが、彼女にとっての”好き”は、平等であり恋愛ではなかった。
それが分かった瞬間、胸を締め付けていた何かがふっと軽くなった。
安心したのだ。
私は。
彼女が誰かを好きではなくて安心した。
そこまで考えたところで、私は動きを止めた。
(……安心?)
なぜ。
私は安心した?
アッシュが恋敵ではないと分かって。
なぜ嬉しかった?
私はゆっくりと椅子へ腰を下ろす。
そして額へ手を当てた。
答えは、とても簡単だった。
「私は……」
静かな部屋に、小さく声が響く。
「彼女が好きなのか」
口にした瞬間。
不思議と胸の奥がすっと軽くなった。
これが恋なのだろう。
人を好きになるということなのだろう。
私は生まれて初めて恋を知った。
その相手が。
婚約者であるエレノーラだった。
窓の外では、月が静かに輝いている。
私は小さく笑った。
今まで抱いていた感情の正体が、ようやく分かった。
彼女が笑えば嬉しくて、
他の男の名を口にすれば胸が苦しくなって、
手料理を振る舞ってくれただけで、あれほど心が満たされた理由も。
全部、この想いだったのだ。
「もっと君を知りたい。」
そう小さく呟く。
もちろん今すぐ想いを伝えるつもりはない。
少しずつ。
彼女との距離を縮めていこう。
そう心に決め、私は静かに夜空を見上げた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ぜひブックマーク、いいね、評価をお願いいたします!
していただいたら作者のモチベーションが上がります!
どうぞよろしくお願いいたします!(´∀`*)




