プロローグ
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城下町の食堂。
昼時の忙しさがようやく落ち着き始めた頃だった。
店内には焼き魚の香ばしい匂いと、煮込み料理の優しい香りが漂っている。先ほどまで満席だった客席も今はちらほらと空席が見え、常連客たちが食後のお茶を飲みながら談笑していた。
私は木製のテーブルを拭きながら大きく息を吐く。
今日も忙しかった。
けれど嫌ではない。
王宮では聞けない町の人たちの話を聞けるし、美味しい料理の匂いに囲まれて働くのは意外と楽しいのだ。
その時だった。
カラン、と扉の鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ!」
反射的に笑顔を浮かべて振り返る。
すると、見慣れた姿が目に入った。
黒髪に青い瞳。
すらりと背が高く、何気ない服装をしていてもどこか品がある。
常連客の中でも特に目立つ青年だった。
「いつもの席、空いてるわよ」
窓際の席を指差すと、青年は小さく笑った。
「ありがとう」
その笑顔を見て、私はほんの少しだけ眉をひそめる。
相変わらず胡散臭い。
優しそうな笑顔なのに、何を考えているのか分からない。
まるで仮面でも被っているみたいだ。
どこか――。
私はふと首を傾げた。
どこかで見たことがある気がする。
思い浮かんだのは、一人の人物だった。
アルベール・ヴァン・カナルド。
隣国カナルド王国の第一王子。
そして私の婚約者。
三、四か月に一度顔を合わせる相手。
完璧な礼儀。
完璧な笑顔。
完璧な王子様。
だからこそ胡散臭いと初めて会った頃は思っていた。
あんなに完璧な人間がいるわけがない、と。
最近は変わってきた気がするが彼に似ている
「どうかした?」
いつの間にか青年がこちらを見ていた。
私は慌てて首を振る。
「別に」
ただ少し似ていると思っただけだ。
もちろん、顔は全然違う。
髪の色も違う。
瞳の色も違う。
そもそも、アルベール殿下がこんな食堂へ来るはずがない。
だからきっと気のせいだ。
私はそう結論付けると、注文を取りに向かった。
――この時の私は知らなかった。
目の前の常連客が、まさにその婚約者本人だということを。
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