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竜崎に自宅まで送り届けてもらった後、
お風呂に入って
晩御飯を食べて
洗い物を終わらせて
そして、いつも通り両親と少し会話をして二階に上がり自分の部屋に入った。
ベッドに横になってゆっくりと息を吐く。
もうだいぶ時間が経ってしまっている筈なのに、
まだ彼に触れられた手と頭が熱を持っているような気がした。
「(明日が土曜日で良かった……)」
土日である明日と明後日は学園がお休み。
これがもし明日も平日だったら、電車で竜崎と顔を合わせただけできっと顔が真っ赤に染まっていただろう。
部屋の電気を眺めながら、結衣は本日何度目かの溜息をついた。
今日の出来事を思い返しながら、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
それと同時に思考が整理されていく。
「(竜崎くんのあの言葉は、きっと……私の事嫌いじゃないって事を言いたかったんだよね……?)」
"友達として"好意を持っている、と。
きっとそう伝えたかったに違いない。
「(でも……)」
なんで手を繋いで歩いてくれたの?
なんで頭を撫でてくれたの?
あの熱を持った眼差しは、私の見間違い?
それとも……
ピロンッ
「……!」
枕元に置いていたスマホがメッセージを受信したことを知らせた。
そっと体を横に向けてスマホを手に取って画面を覗き込むと、そこには結衣の大切な友達の名前が表示されていた。
「美月からだ……」
竜崎くんの彼女かもしれない美月。
美月と親しくなった今でも、彼女にその事を聞けずにいた。
――……もしかしたら、竜崎くんの彼女じゃないのかもしれない。
そんな考えが、淡い期待とともに浮かび上がってくる。
でも、相手が美月じゃなくても、私が知らないだけで本当は竜崎くんに彼女がいるかも……
「………」
結衣は画面をタッチしてメッセージを開いた。
『結衣!バイトお疲れ様♪
早速だけど、明日時間ある?
良かったら一緒にお出掛けしない?
結衣と二人で色々お買い物したいなって思うんだけど、どうかな?』
いつもの優しい文面を送ってくれた美月に自然と笑みが溢れた。
幸い明日はバイトもお休み。
結衣は、すぐにメッセージを返した。
――翌日。
待ち合わせ時間の10分前に指定された場所へ行くと、そこには既に美月の姿があった。
「美月!」
「……!」
手を振りながら駆け寄ると、美月は顔を上げて微笑みながらこちらへ歩いてきてくれた。
「待たせちゃってごめんね!」
「いいのよ、私が早くきちゃっただけだから」
美月はそう言って笑いながら結衣の少し乱れた髪を優しく整えてくれた。
学園より少し先にある街。
いくつものショッピングモールのビルが立ち並ぶ通りを二人で歩きながら、「何を買おうか」「お昼は何を食べようか」と、思いつくまま気まぐれに店に入った。
ショッピングモールの一階に広がる化粧品メーカーのテナント。
それを眺めながら歩いていると、隣を歩いていた美月が結衣の顔を覗き込んできた。
「そういえば結衣、少しお化粧してる?」
美月の問いに、結衣は少し恥ずかしそうに微笑みながら頷いた。
結衣の顔に薄く施された化粧。
控えめにアイシャドウやチークがお肌に乗せられていて、可愛らしい雰囲気が薄れ、いつもより大人びて見えた。
「うん、少しだけ」
「とっても可愛いよ!学園も化粧禁止じゃないし、してくればいいのに」
美月に言われて、結衣は苦笑しながら首を横に振った。
学園で化粧が禁止されていない事は結衣も知っていた。
しかし、教室の隅でずっと読書をしている陰キャな自分が、化粧をすることで変に目立って陰口を叩かれるような事にはなりたくなかった。
まぁ、そもそも自分の顔なんて見てる人はいないと思うが……。
結衣の考えが読めたのか、美月は少し意地悪な笑みを浮かべた。
「結衣のことだから目立たないようにって思ってるかもしれないけど、もう充分学園で目立ってるし、みんな貴女のこと噂してるからいいんじゃない?」
「……!」
クスクスと笑いながら言った美月に、結衣は驚いたように彼女を見た。
「(噂の事、美月の耳にも入ってたんだ……!)」
視線を泳がせている結衣に、美月は静かに結衣を見つめた。
昨日、美月は部活の時に噂の事を耳にし、体育館でも、メッセージグループ内でも質問攻めにあっていた。
結衣にアタックしてくる人が減って良かったと内心安堵しながらも、結衣の竜崎への気持ちに確信が持てなかった美月は、彼女の心情を心配していた。
しかしその後、"結衣のバイト先へ偵察に行く"というメッセージを送ってきた榛名からの続報。
『美月の読みは当たりっぽいぞ!』
その一文に美月は歓喜した。
しかし、まだ結衣の気持ちを、結衣本人の口から聞いたわけではない。
それに、結衣が恋心を必死に隠している理由が"みんなにバレたくない"の他にもあるのではないか、と感じていた。
「(今だってそう。)」
美月が噂の話をしたらこちらを伺うような心配そうな表情を浮かべている結衣。
「(絶対に何か別の理由があるわ!)」
今日はこの話をする為に彼女をお出掛けに誘った。
きちんと結衣の気持ちを聞くために。
* * * *
「(噂の事、美月はどう思ってるんだろう……。)」
結衣がそっと美月を見ると、結衣の顔を静かに見つめていた美月は、いつものようにニコッと優しく微笑んだ。
そして彼女は結衣の手を優しく握ると、一階フロアの奥を指差した。
「あっちにお洒落な喫茶店があるの。そこでゆっくり話しましょ?」
そう言って美月は結衣の手を引きながら歩き出した。
化粧品メーカーの複数のテナントを抜けて、フロア奥にある細い通路を歩いていくと、そこにはこじんまりとした喫茶店があった。
「(こんなところにお店なんてあったんだ……)」
何度かこのショッピングモールに来ているが、一階フロアを素通りして上の階にある服飾コーナーや雑貨、書店に行くことが多いため、狭い通路があったことも喫茶店があったことも知らなかった。
テナント外観は昭和レトロ。
美月が店舗の扉を押し開きながら入店すると、扉に下げられていた鐘がカランカランという耳触りのいい音を立てた。
「(わぁー……!)」
結衣は店内を見渡しながら心の中で感嘆の声を上げた。
喫茶店の中は黒色で統一され、窓には白のレースカーテンが掛けられている。
客席であるソファーやテーブルは西洋風なデザインでとてもお洒落だ。
「(貴族のお姫様が座ってそうだなぁ……)」
慣れたように店内を歩いていく美月の後ろをついていくと、一番奥にあるテーブル席のソファーに座った。
彼女が座った向かいの席に結衣も座ると、ソファーの柔らかい座面とフカフカのクッションが身体を包み込んだ。
テーブルの上に置かれていた小さなキャンドルや店内の装飾品を珍しそうにキョロキョロと眺めていると、美月がクスッと笑った。
「いらっしゃいませ」
「!」
コツコツという革靴の音と共に聞こえてきた声に顔を上げた。
すると、
そこには喫茶店の制服に身を包んだ蒼真が立っていた。
「み、三橋くんっ!?」
結衣が名前を呼ぶと、彼はニコッと微笑んだ。




