第6話 狐姫一家の来訪
とある日。狐里の王宮では、椅子に座った狐の老人―――十六夜が、腕を組んで下を向いていた。
「いかがなさいましたか?父上」
導が問うと、十六夜が顔を上げた。
「導か……少し心配でな……」
「古ですか?」
「……あぁ」
愛娘の古が、狐里を離れて人間界で暮らしている。
異世界に住むという、狐里とは常識が異なる世界で彼女は生きていけるのだろうか?
「導。お前はどう思う?古は人間界でやっていけると思うか?」
「甲斐がいるなら大丈夫でしょう」
「そうだな……そうだと信じたいが……」
不安が消えない十六夜を見て、導はある提案をする。
「では行ってみますか?人間界に」
「……何?」
「そんなに心配なら実際に自分の目で確かめて安心する方がいいでしょう」
「だがその間の狐里の管理はどうする」
「彼が適任かと」
導が後ろを向くと、一人の狐が立っていた。
「えっ?まさか僕ですか?」
「他に誰がいる?」
「そう言われてましても……」
「どうでしょう父上?曙に任せるのは」
「ちょっと!勝手に話を進めないでくださいよ!」
十六夜は無言のまま、腕を組んでいる。
「……いいだろう。曙。頼んだぞ」
「そんなぁ~」
「いつ行きますか?」
「今すぐ」
「かしこまりました。曙。里を頼んだぞ」
「今すぐって……いきなりすぎですよ!」
導が無言のまま、曙に近づく。顔が近くなった瞬間、導が口を開いた。
「……ここは頼まれてくれ。他の獣人によって里が壊滅するのだけは避けたい」
「……!」
「我々が敵対している獣人はたくさんいる。猪・虎・狼……奴らがいつ攻めてきてもおかしくない」
その言葉を聞き、曙はゴクリと唾を飲みこむ。
「それに最近、壊滅している里が増え続けている。『百獣の王』の息がかかった獣人によって……」
それを聞いて、曙は黙ってしまった。少し時間が経つと、再び口を開く。
「分かってますけど……僕に里を守れる力は……」
「ある。曙は父上―――王と僕の次に強い。それは確信している」
「導さん……」
導が再び、十六夜の方を向くと、曙の顔を見ずに語りかける。
「何かあったらすぐに戻る。里を頼んだぞ」
「……はい!命を懸けて里の皆を守ります!」
曙が敬礼すると、その態度に安心したのか、十六夜に話しかける。
「行きましょう。父上」
「あぁ」
二人は人間界への扉に向かって進み始めた。
二人が来るとは知らず、しえはスーパーで買い物をしていた。
(%offって何かしら……?)
聞きなれない言葉に、疑問が生まれる。
(安くなる……ってこと?でもどれだけ安くなるのか分からないわね……)
狐里にいた頃と比べると、生活がかなり変わったことを実感する。
(人間界での生活……分からないことがまだまだあるなぁ……)
商品を手に取り、かごに入れると待ちなさい!という声が聞こえた。
声がした方を見ると、老婆が出入口に向かって走り、店員がそれを追いかけていた。
「誰か!あの人を止めてください!万引きです!」
それを聞いたしえは老婆の方を見つめ、瞳を変色させると、老婆の動きが止まった。
「あら?体が……」
その間に店員が取り押さえる。
「くっ……!離せ!」
「大人しく鞄に入れた商品を返すんだ!」
二人のやり取りを見つめていたしえは、視線を別方向に移し、レジへと向かう。
「さすがだな。古。相変わらず精度の高い念力だ」
その声を聞くと、驚いて振り返る。そこには見知らぬ男が立っていた。
いや……その姿が見知らぬだけと言うべきか……
「……なぜここに?お兄様」
「妹が心配だからという理由じゃ不満か?」
男の正体は人間に化けた導だった。
「父上も近くにいる。案内してくれよ。人間界を」
「……詳しくなったわけじゃないよ?」
しえがため息を吐くと、仕方がないといった表情で口を開く。
「お会計だけ済ませてくるから、外で待ってて」
レジで会計を済ませると、外には導と老人に化けた十六夜が立っていた。
「お父様も私が心配で?」
「あぁ。不安で夜も眠れない」
「心配しなくても大丈夫よ。それに……私には甲斐さんがいる」
「もちろん甲斐君は信用してる。だが、古が人間界に慣れてるか不安でな」
「……立ち話もあれだし、家まで来て。安心させてあげるから」
家に上がると、しえはスーパーで買った食材を取り出し、冷蔵庫に入れた。
「何が食べたいとかある?」
「美味いものを」
「父上。具体例を言わないと古が困る」
「……確かにそうだな」
十六夜は何が食べたいかを考える。
「……体が温まるものがいいな」
「分かった。ちょっと待ってて」
しえはエプロンを着けると、手を洗い始めた。
「甲斐君はいないのか?」
「仕事」
「そうか。会えると思ったが残念だ」
「夜には戻ってくるけど」
「夜か……」
「さすがに夜まで人間界にいるわけにはいきませんね」
しえは冷蔵庫から食材を取り出す。
「古。何を作ってくれるんだ?」
「きつねうどん」
「「……え?」」
二人は顔を見合わせる。きつねうどん……
人間は狐を使った料理を作っているのか?
しえはそれを何の気持ちも抱かずに作ろうとしているのか?
「導……」
「はい。父上」
「今のは聞き間違い……だよな?」
「あ、当たり前じゃないですか。古がそんなことをするはずがない」
「……もしだ。もし……これが聞き間違いじゃなかった場合……甲斐君を殺さなければならない」
十六夜の瞳には殺意が宿っていた。それを見た導はごくりと唾を飲みこんだ。




