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狐姫の婿  作者: 鵲三笠


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第12話 狐姫の制裁

朝。甲斐が出勤すると、敦が驚いた表情で甲斐を見つめる。


「甲斐君……なぜ出勤しているんだ?」

「えっ?」


突然の質問に甲斐が固まる。


「なぜって……今日は平日だから当たり前です」

「いやそうだが……その……体調は大丈夫なのか?」

「……?平気ですけど」

「そ、そうか……ならよかった……」

「もういいですか?プロジェクトの書類。昼休みまでには終わらせたいので」

「あ、あぁ……」


敦は何食わぬ顔で仕事を始める甲斐を見て、戸惑う。


(どういうことだ?下剤が効かなかったのか?)


昨日、甲斐に渡したコーヒーに遅効性の下剤を入れた。

コーヒーの苦味で下剤を入れられたことには気づかれていないはずだった。


(効いているなら今朝に動けなくなるほどの腹痛が襲うはずだ。なのになぜ……)


このままでは奴をプロジェクトの担当から外せない……


(死んでもしらんぞ?)


敦はニヤッと不適な笑みを浮かべた。



あれから二時間程経ち、甲斐は無事に書類を完成させることができた。


(よし。何とか今日の会議までに間に合った……)


一息つくと、敦がニヤニヤしながらやって来た。


「甲斐君。お疲れ」

「……お疲れ様です」

「ほい。コーヒー」


敦がコーヒーの入ったマグカップを机に置く。


「……」

「どうした?暗い顔して」

「……何でもないです」

「頑張ってくれよ。このプロジェクトは君にかかっているのだから」


甲斐の肩をポンと叩くと、その場を去る。


(いちいち何なんだよ)


甲斐は少しイライラしながら、コーヒーを飲んだ。



夜。キッチンで料理を作っていたしえは、コンロの電源を切った。


(できた。そろそろ帰ってくるかな?)


チラッと玄関を見ると、ガチャッと鍵を開ける音がした。

ドアが開くと、甲斐が苦しそうに入ってきた。


「甲斐さん⁉大丈夫ですか⁉」


慌てて甲斐の元に駆け寄る。


「どうしましたか?」

「うぅ……またお腹が痛くて……」

「……失礼します」


しえが甲斐のお腹に触れると、手が輝き始める。


「……どうですか?」

「はぁ……とりあえずよくなりました」


甲斐が立ち上がるが、腹痛がなくなったとはいえ元気がない様子だった。


「……少し休んでください。ご飯はラップしておきますから」

「すみません……」


甲斐はトボトボとゆっくり歩きながら、部屋へと入っていった。

しえは今日の晩御飯だった豚肉のしょうが焼きをラップすると、冷蔵庫に入れる。


(病気なら念力で排除しないと……)


甲斐が寝た時に実行することにした。



少し時間が経ち、しえが甲斐の部屋に入ると甲斐は眠っていた。


(さて……)


しえが甲斐のベッドに座ると、両目が紫色に変色する。

甲斐の体を見るが、特に腹痛を引き起こす病原菌はない。


(じゃあ何かしら?)


しえは自分の額を甲斐の額にくっつける。

すると、甲斐の額が輝き始め、甲斐の記憶がしえの脳内に流れてくる。


(朝の満員電車……取引先との電話……上司からのコーヒー……)


その記憶を見て、しえがピクッと反応する。


(よく見たら上司の顔……何か企んでるような感じがする……)


しえはさらに甲斐の記憶に踏み込む。すると、甲斐の敦への心情が脳内に流れる。


(これは……最悪ね。典型的な社会を腐らせる人間の性格……)


しえが敦の人物像を理解すると、額を離し、甲斐の額の輝きもなくなった。


(甲斐さん……私に任せてください。甲斐さんの仕事を誰にも邪魔はさせません)


甲斐の頭を撫でると、しえは部屋を去った。



翌日。甲斐はいつも通り出勤してくる。それを見て、敦が怒りを露わにしていた。


(何出勤してるんだよお前は……!)


手に持っていた書類がグシャグシャになる。


(これじゃあお前をプロジェクトメンバーから降格させることができないじゃないか……!)


昨日は下剤の量をかなり増やしたのに!こうなれば……丸ごと入れてやろうか!

そう思っていると、奥の方からしえがやって来た。

しえは近くにいた瑞希に話しかける。


「すみません。ここに富田甲斐っていう人はいますか?」

「いますけど……あなたは?」

「私は甲斐さんの妻のしえと申します。いつも夫がお世話になっています」


しえが頭を下げると、瑞希が固まる。


(妻……夫……)


驚きのあまり、固まっている瑞希の後ろから甲斐がやって来る。


「あれ?しえさん⁉どうしてここに……」

「今朝お弁当を忘れていったので……届けにきました」

「あれ?いつもリュックに入れてるはずなのに……」

(まぁ……その当たり前の記憶を消去したから当然ね……)


これで会社に入ることには成功した。あとは……

しえがきょろきょろオフィスを見渡すと、敦と目が合う。


(いた)


すると、しえの両目が赤色に変色し、背後から黒い空間が広がり、社員の姿が消えていく。


「な……!」


黒い空間はしえと敦の二人きりとなった。


「あなたが甲斐さんの上司の……坪田敦さんですね。いつも夫がお世話になっています」

「こ……これは一体……」

「あなたとお話したくて少々乱暴な手を使わせていただきました」


しえが一歩ずつ歩き、敦に近寄る。


「甲斐さんを体調不良にしたのはあなたですね?大量の下剤を入れたコーヒーを飲ませて」

「ど、どうしてそれを……」

「甲斐さんの記憶を覗かせていただきました」


近づいてくるしえを見て、敦は逃げようとする。

しかし、地面から生えた複数の黒い腕が敦を捕らえる。


「は、離せ~!」

「甲斐さんになぜあのようなことを?」


しえが鋭い目つきで敦を見る。


「あ、あいつは仕事ができるから……このままじゃ奴が部長になるんじゃないかと思って……」

「役職を取られることへの焦り……」


地面からさらに黒い腕が二本生えて、敦の首を絞める。


「が……っ!」

「そんな理由であんなことをするなんて……甲斐さんが死んだらどう責任を取るつもりだったんですか?」


首を絞める力がさらに強くなる。


「ぁ……ぁ……」

「……」


もういい……このまま……

絞める力を強くしようとすると背後から声が聞こえた。


「しえさん!やめてください!」


ハッとなり、振り返るとそこに甲斐が立っていた。


「甲斐さん……どうしてここに?」

「分かりません……気が付いたらここにいて……」


なぜ甲斐がここにいるのか。しえはすぐに理解した。


(私が無撃の力を付与したから……)


無撃の力は打撃だけではない、念力等の特殊能力も無効化する。

だから甲斐だけ影響を受けずに、この空間に閉じ込められたのだろう。


「でも……あと一歩間違えてたら甲斐さんは死んでました」

「けど僕は生きてます。坪田さんを殺していい理由にはなりません。それに……しえさんの手が汚れるところを見たくありません」

「……!」

「だから……やめてください」


しえは無言で甲斐を見つめる。


「しえさん!」


すると、敦を捕らえていた黒い腕が消滅し、敦がバタリと倒れる。


「坪田さん!」

「大丈夫です。まだ息はあるので」


苦しそうに息をする敦を、しえは怒りの表情で見つめる。


「……本当にいいんですか?」

「確かに坪田さんはひどいことをしています。でも……人の命はどんな理由があっても奪ってはいけないんです」

「……わかりました」


甲斐の方を振り返り、再び話し始める。


「後のことは甲斐さんにお任せします。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「いえ……しえさんが僕のためにやろうとしたのは分かってますから。だけど……人を殺さない。これだけは絶対に約束してください」

「……」


しえの顔を見つめていると、甲斐さん!甲斐さん!と自分を呼ぶ声が聞こえる。


「甲斐さん!」


ハッと目を開けると、目の前には天井が広がっていた。

周りを見渡すと、病院であることが分かる。


「大丈夫ですか?急に倒れてびっくりしましたよ!」


瑞希がホッとした表情で話しかける。


「急に……倒れた……」


あの後自分はどうなったのか……分からない。


「……坪田さんは?」

「それが……急に会社を出ていっちゃって……何かに怯えるように……」

「そっか……」


二人がいる病室を外からこっそりしえが見つめる。


「……」


―――「人を殺さない。これだけは絶対に約束してください」


病室には入らず、そのまま廊下を歩く。


(……できないですよ。甲斐さんが危険な目に合ったら私は……)


彼女の背中は、愛する人を失う怖さを物語っていた。

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