第10話 嫌な上司
平日の朝。今日も甲斐は仕事で、出勤しようとしていた。
「あの……」
振り返ると、しえが立っていた。
「どうしましたか?」
「……ちょっとこっちに来てください」
何だろう……不思議に思いながら、しえに近づくと急に抱きしめられた。
「えっ⁉」
思わず顔が赤くなる。
「ど、どうしましたか?」
「じっとしていてください」
「……はい」
じっとしていると、甲斐の体に紫のオーラが纏われた。
「……!これは……」
しえが甲斐の体から離れると同時に、オーラが消えた。
「甲斐さんを守ってくれる力を施しました」
「僕を……?」
「世の中、何があるか分かりませんから」
「……はぁ」
「いってらっしゃい」
「い、いってきます」
甲斐を見送ると、しえはキッチンへと向かう。
(……まさか狼の獣人が来るとは)
詳細は導から全て聞いている。
(念のため、甲斐さんには攻撃が一切効かない『無撃の力』……そして、私の召喚魔法陣を刻んだけど……)
無撃の力は紫のオーラ。召喚魔法陣は抱きしめた時にこっそり背中に刻んだ。
(もし甲斐さんに危害を加える人がいるなら……私は絶対許さない。必ず仕留める)
しえの決意の表情からは殺意を感じた。
会社に着いて自分のデスクに荷物を置いた甲斐は、先に来ていた瑞希のところを尋ねた。
「おはよう」
「富田さん!おはようございます!」
「昨日言っていたプロジェクトの書類だけど、できてる?」
「バッチリです!」
瑞希が完成した書類を渡す。
「うん……うん……よくできてる」
「よかったです~」
安心して、ホッと息を吐く。
「ごめんね。急ぎになっちゃって」
「急に会議が早まったのですから仕方ないです」
「もうすぐ時間だな……最終確認しようか」
「はい!」
二人が打ち合わせをしようとすると、誰かが瑞希の肩をポンポンと叩いてきた。
「やぁ瑞希ちゃん。今日も可愛いね~」
声をかけてきたのは坪田敦。
この部署の課長であり、甲斐と瑞希の上司でもある。
「つ、坪田さん……」
瑞希が肩に触れられて嫌そうな顔をする。
「坪田さん。住野さんから離れてくれますか?」
「おぉ~すまないすまない。距離が近すぎたね」
反省の色も出さずに、瑞希から離れる。
「で?進捗は?」
「説明資料はできてます。後は最終確認だけです」
「そうかいそうかい」
瑞希に聞きたかったのに、甲斐が答えたためか、不機嫌そうに返す。
「この書類はお前が作ったのか?」
「いえ、住野さんが……」
「瑞希ちゃんが作ったの⁉偉いね~!」
急に態度が変わったのを見て、瑞希はゾッとする。
「ありがとうございます……」
「今日の会議、期待してるよ!」
敦が自分のデスクへと戻る。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないですよ!あんな人が課長なんて最悪ですよ!」
「坪田さんは上層部から気に入られているから、他の女性社員へのセクハラが告発されても処分は軽いんだよ」
「富田さんが課長ならいいのになぁ~」
「ありがとう。あの人より実績出せるように頑張るよ。じゃあ本題に入ろうか」
「はい!」
二人は会議のプレゼンに向けての最終確認を始めた。
1時間後。会議が始まり、甲斐は他の社員に向けてプレゼンする。
その中でも敦だけはつまんなそうに聞いていた。
「……以上が概要です。ご清聴ありがとうございました」
甲斐が頭を下げると、敦以外の社員がパチパチと拍手する。
「一つ質問があるのですが、よろしいですか?」
「どうぞ」
「資料の5ページに記載されているところなんですが……」
敦が貧乏ゆすりを始める。
(……ったくなんなんだあの男は。俺の瑞希ちゃんを取ろうとしやがって……)
怒りの表情で甲斐を見つめるが、本人は質疑応答をしていたため、敦が怒っていることに気づかない。
(最近成果を出して調子乗りやがって……このままじゃ俺より高収入になるのも時間の問題じゃないか!)
そう思っていたが、何かを思いついたのかニヤリと微笑む。
(調子に乗った部下には、上司としてしっかりこらしめないとなぁ……)
質疑応答が終わり、甲斐が敦の方を見る。
「課長も何か質問ありますか?」
「いや、甲斐君のプレゼンが良すぎて気になるところは何一つなかったよ」
「……?そうですか」
いつも嫌っている態度を取っているのに、ここで褒められるなんて……
他の社員もいるからか?
「ではプロジェクトは甲斐君のプレゼン通りにやっていきましょう」
こうして会議は終わり、甲斐のプレゼンは成功した。




