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小国の王女です。筋骨隆々の大国の王子に嫁ぎます。  作者: まる


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毒味は必要

アメリア様にお茶会に呼ばれたのは婚約式が終わってから一週間後のことだった。婚約式が終わってからすぐに弟たちとお父様とお母様はシェーヌに帰っていった。また会いにくるから、と言われたのに別れる時は泣いてしまった。そんな私を見ていたアルザーク様が会いたい時はシェーヌに帰れるようにすると言ってくれた。婚約式が終わってからもレティルム伯爵夫人の授業は終わっていない。ずっと続いているし、それに加えて刺繍もしている。なんだかんだと忙しく過ごしていると、アメリア様からお茶会のご招待が届いた。貴族たちと友好関係を築いておくのも仕事のうちですよ、と言われていたし、何よりアメリア様は私が思う都会のご令嬢なので一緒にお茶をしてみたいと言う気持ちになった。ぜひ一緒にお茶を、と返事をしてから二日後、場所は王城の私の部屋になった。レティルム伯爵夫人に教えを乞い、お茶会の準備を進めた。お茶会といってもアメリア様と二人きりだ。侍女たちの助言もあって体裁は整えられたと思う。部屋でソワソワとしていると、アメリア様の到着が知らされた。ソワソワしていたことを悟られないように椅子に座ると、アメリア様が入ってきた。今日は体の線に沿わせた服装ではなく、腰から広がるドレスをお召しになっている。髪の毛は背中に垂らされていて、美しく波打っているのがわかった。


「お招きいただき光栄です」

「こちらこそお誘いいただいてありがとうございます」


アメリア様に席を薦めると、静かに座られる。公爵令嬢として教育を受けているのが一目でわかる。侍女がお茶を入れると、アメリア様はそのお茶をじっと見つめている。何か話しかけようとしたその時、アメリア様が口を開いた。


「アルザーク様とはどのように出逢われたのですか」


こないだもアルザーク様に私のどこに惹かれたのか訊いていたことを思い出す。恋のお話が好きなのかもしれない。


「お茶会で出会いました」

「アルザーク様とはどのような会話を?」

「会話らしい会話はそのお茶会ではありませんでした」


そう言うとアメリア様はまたお茶を見つめて固まってしまう。それに戸惑いながらも自分のお茶に手を伸ばしてカップを持ち上げる。アメリア様のことを思って選んだカップは白に黒の線が入っているもので、予想通りアメリア様に良く似合った。お茶を飲まないのかしら、と思っているとアメリア様がまた顔を上げる。


「どうしてアルザーク様に選ばれたとお思いですか」

「わかりません。ただ、幸運だったと思います」


正直にそう答えると、アメリア様が侍女に別のお茶はありますか、と訊く。侍女が用意しております、と言うと別のお茶を、と頼まれた。このお茶は気に入らなかったらしい。公爵令嬢ともなるとやはりこだわりがあるのかもしれない。二人いた侍女が出ていくと、もう一人の侍女にアルメリア様が焼き菓子をもう少し持ってきてちょうだい、と頼んだ。戸惑いながらも承知しました、と言う侍女に頷いてみせる。ここは大丈夫よ、と言う合図だった。侍女が出ていくと、アルメリア様と二人きりになる。少し気まずい。


「どうしてメル様なのでしょう」

「え?」

「どうして小国の王女を選ばれたのでしょう」


そうアメリア様が言い直されて、私は微笑むしかなかった。そして彼女から感じる違和感はもしかすると敵意かもしれないと言うことに気づいた。彼女は私がアルザーク様の婚約者になったことを良く思っていない。それに気づくのが遅かった。


「アルザーク様は素敵な方ですよね」

「もちろんです」

「隣に立つのはアルザーク様に似合う方でないといけないと思いませんか」

「努力します」


私がそう言うと、アメリア様が立ち上がってお茶を淹れますね、とカップに注いでくれる。侍女がいないから仕方ないのだけれど、させるのが申し訳なくて止めようとすると、その前にカップが目の前に置かれた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


湯気が上がっているカップを持って、一口口に含む。そして途端に吐き出した。何、この味、と思っているとアメリア様が驚いているのがわかった。どうしてこんな味になったのだろう。ドレスが汚れてしまった。どうしよう、と思っているうちに視界の端から暗くなってくる。瞼を開けようと思っているのに上手に開いていられない。


「大丈夫ですか」


アメリア様がそう言って席を立つ。紅茶を飲まないでください、と言おうとしたのに口が開かない。私の口からわずかに発せられたのはうめき声だけだった。アメリア様が何かを話しかけてくれるのがわかる。それに答えたいのに何も言えないし、アメリア様がなんと言っているのかわからない。そのまま私の視界は真っ暗になった。












すごく良く寝た気がする。ぼんやりとした視界の中でそう思った。何度か瞬きをしないと視界がはっきりとしない。視界がはっきりとした途端、悲鳴をあげそうになった。なぜ、アルザーク様がいるんだろう。体を少し起こしてみると、自分の手がアルザーク様に繋がれているのがわかる。アルザーク様はベッドの横に置いた椅子に座っていて、そのまま上半身をベッドに倒れ込ませて眠っているようだった。その態勢では風邪を引いてしまう、と思ってから自分の身に起きたことを思い出した。私、生きてる。そのことにホッとする。アルザーク様のことを揺り起こそうか迷ってから、やっぱり揺り起こすことにした。


「アルザーク様、風邪を引いてしまいます」


肩のあたりを揺すると、アルザーク様の目がパチリと開かれる。その寝起きの良さに恐れ慄いていると、がばりとアルザーク様が上半身を起こされた。


「メル」


それから私のことを確かめるように両手で頬を挟んでくる。アルザーク様に隈ができているのがわかって、もしかして眠ってないのだろうか、と心配になった。そのまま抱きしめられて、私も抱きしめ返す。婚約者が毒を盛られたらそれは心配だろう。


「メル、身体は?」

「なんともありません。それよりアルザーク様、風邪を引いてしまいます」

「そんなことはどうだっていい」

「良くないです」

「メル」


アルザーク様が私の頬を挟んだまま、私に口付ける。婚姻前の口付けって許されるんだっけ、と思いながら抵抗もしない。口付けはそのまま角度を変えて何度も行われる。ふ、と声を漏らすと、アルザーク様が慌てたように離れた。


「すまない」


恥いるように離れたアルザーク様を今度は両手を広げて抱きしめる。いつだって紳士的だったけれど、死にそうな婚約者を前にしたら口付けだってしたくなるものだろう。それに話し方が少し砕けたのは疲れているからでもあるだろう。私としてはそっちの方がいい。近づけた気がする。


「メル」


強い力で抱きしめられて、私も抱きしめ返す。良かった、生きてて、と思ったのはアルザーク様も同じだろう。あれはなんだったんだろうか。アメリア様は大丈夫だったのだろうか。少し落ち着くと疑問が次から次に湧き上がってくる。


「アルザーク様、アメリア様は」

「自宅軟禁になっています。騎士団の者がついています」

「侍女は」

「…拘束されています」


言いにくそうにそう言ったアルザーク様の腕から逃れて立ちあがろうとすると止められる。


「メル」

「あの侍女は関係ありません」

「侍女はあなたの飲んだ紅茶を淹れました」

「それならば好機はいくらでもあったはずです」


小国であるシェーヌでさえも、王族の対する殺人は死刑になる。それが未遂であってもだ。ギルタ王国ではより大きな罪になるのかもしれない。侍女に家族はいるのだろうか。一族まとめて斬首刑に処せられてもおかしくはない。けれど、私は死んでいない。どうにか彼女のことを逃してやれないだろうか。一瞬のうちに頭の中をいろいろな考えが駆け巡る。私についてくれていた侍女がどうなるかを想像しただけで怖かった。それに私を殺したかったのであれば、彼女に好機はいくらでもあったはずだ。アルザーク様は私の両肩を持って私が起きあがろうとするのを止めている。それから逃れるように身を捩ると、アルザーク様の手の力が強くなった。


「あなたが殺されそうになったことは事実です。ウルゾート家にも事情の説明を求めています」

「アルザーク様」

「あなたの目が覚めない三日間、どういう気持ちだったか想像できますか」


そう言われてアルザーク様の顔を見る。アルザーク様の緑の瞳が揺れているのがわかった。泣いているのか、と思うほど瞳の表面には水分が溜まっている。何も言わずに体の力を抜くと、アルザーク様が私の肩から両手を離してくれる。


「すみません」

「あなたが謝ることではありません」


今の時間はわからないけれど、深夜であるに違いない。アルザーク様は確かにこの三日間、私にずっとついていてくれたのだろう。どんな気持ちだったのか想像するとそれも辛い。私はふう、と息を吐いてアルザーク様のことを見た。手を伸ばして隈をなぞると、アルザーク様が困ったような顔をする。私が今すべきことは侍女の命乞いをすることではなく、この人に自分の無事を実感させることだ。


「アルザーク様、とりあえず一緒に寝ましょう」

「それはできません。寝所を共にできるのは結婚式が終わってからです」

「婚約を破棄するつもりが少しでもあるのですか」


悪戯っぽくそう言うとアルザーク様の瞳の水分が引っ込んで不満げな顔になる。私が布団の裾を上げると、アルザーク様がそっと入ってくる。とりあえず寝かさないと、冷静な判断はできないだろう。私ももう少し眠った方がいい。考えるのはそれからだ。


「抱きしめても」

「いいですよ」


控えめにそう言うアルザーク様はベッドの中だと言うことで遠慮をしてくれたのだろう。腕が伸びてきて抱きしめられる。私も抱きしめ返した。誰かとベッドで一緒に寝るのは、久しぶりだった。眠れない日にお父様とお母様のベッドに潜り込んだこともあるけれど、随分と昔の話だ。久しぶりの人肌は思ったよりも暖かい。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


そう言って額にキスが落とされる。目を瞑ると眠気は急速にやってきて、私はその日もぐっすりと眠ることができた。




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