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小国の王女です。筋骨隆々の大国の王子に嫁ぎます。  作者: まる


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晩餐会

婚約式の当日は朝から大忙しだった。私ではなく周りが。大広間には花がこれでもかと言うほど運び込まれて、晩餐会の用意で厨房も忙しいと言うことだった。そのどれもをぼんやりと眺めていただけで本当になんの役にも立っていない。晩餐会を取り仕切ったのは王妃陛下らしく、将来晩餐会を取りし切れるようにならないといけないと思うと重圧を感じた。こんなに大人数で食事をすることなんてない。レティルム伯爵夫人の授業で学んだ貴族社会の構造を思い出す。公爵がいて、伯爵がいて子爵がいて、と考えながらもう私は無理かもしれない、と心が折れそうになる。シェーヌには貴族制度がないので馴染みがない。婚約式が終われば、各貴族に挨拶しなければならない。その時に人の顔と名前と地位を覚えなければ。侍女たちは私とは打って変わって楽しそうだった。やっと婚約式ですね、と弾けんばかりの笑顔で言われて、そう言えば侍女たちも貴族の家にゆかりのある人物が雇われていると聞いたことを思い出した。

婚約式まであと少し。くるくると動き回ってくれる侍女たちのおかげで私がしなければいけないことはあと着替えくらいになっている。段取りも何度も確認した。司祭様からの問いかけに誓いますと言って、婚約を許そう、と言われたら膝を曲げる。それだけだ。それだけなのにこんなに緊張する。


「お着替えを」


侍女にそう声をかけられて、視線をあげてドレスを見る。先日のドレス選びが懐かしい。白地に金色の刺繍が入ったドレスは、控えめながら質の良さが見て取れる。着替えるために立ち上がると、侍女が服を脱ぐのを手伝ってくれる。ドレスに袖を通すと、その布の良さに惚れ惚れとしてしまう。さらりとした肌触り。動きやすそうでもある。広がる形にしなくてよかった、と思っていると侍女が着付けを終えたのか離れていく。まだ時間があることを確認して、そっと椅子に腰掛ける。腰掛けた途端、こんこん、と扉がノックされた。侍女が開けてくれるとそこには花を持ったお母様がいた。


「入ってもいいかしら」

「もちろんです」


ふふ、と笑いながら入ってきたお母様は手に花束を持っていた。


「あなたに」


そう言って机に置かれた花束はいろいろな種類の花が入っているのに色は白で統一されていた。美しいな、と思って見ているとお母様が私のことを見ているのに気づく。どうかしたのかと、首を傾げてみると、お母様がほんの少し寂しそうに笑った。


「国のための婚約ね」

「私のためでもあります」


そう答えるとお母様が私の肩にそっと手を添える。肩に置かれた手を見てからお母様を見ると、お母様はまだ寂しそうだった。


「国のための婚約でも、そこには愛があるべきよ」

「お母様」

「幸せになってね」


そう言ってお母様が私の頭を抱きしめた。その温もりに思わず涙が滲む。今日結婚するわけではない。婚約式だけなのに、なぜだか寂しくなってしまう。お母様のことを抱きしめ返すと、お母様がより一層強く抱きしめてくれる。


「お時間です」


侍女の一人がそう言って、お母様がわかったわ、と言って最後に私の手を握って出ていく。自分の選択に後悔はないとはっきり言える。でもお母様に後悔させないようにするためには私が幸せになる必要がある。お母様の持ってきてくれた花束を婚約式に持って行ったら、怪訝に思われるだろうかと思ってから、別に怪訝に思われてもいいか、と思って手に取る。アルザーク様はきっと許してくれるだろう。部屋の外に出ると、アルザーク様が立っていた。私の姿を見て、微笑んでくれる。


「綺麗だ」

「ありがとうございます」


嘘ではないだろう、と思ってアルザーク様に差し出される腕に腕を絡めた。ゆっくりと廊下を歩いて玉座の間に向かう。玉座の間には予定通りならばもうすでに両陛下やお母様とお父様それに私たちの弟妹、そして貴族たちが待ち構えているはずだ。緊張したって仕方ないのに、緊張してしまう。廊下の両側には使用人たちがずらりと並んで頭を下げている。隣のアルザーク様を盗み見ることもできずに、静々と廊下を歩いていく。衣擦れの音だけが廊下に響いて、静寂が耳に痛いくらいだ。これが厳かな儀式であると言うことを突きつけられているようで、さらに緊張してしまう。玉座の間の扉につくと、扉の両側についていた護衛が扉を開けてくれる。眩しいくらいの光に目が眩む。目の前には一段高いところに立っている両陛下とお父様とお母様、そして両側に貴族たちが並んでいる。私たちが歩を進めるごとに、頭が次々に下がっていく。ああ、私は大国に嫁ぐのだと言うことをこれでもかと言うほど実感させられる。


「アルザーク・ギルレルタ様、メル・シルレーヌ様です!」


大声で名前が呼ばれてびくりと体が動いてしまう。それを宥めるように腕に手がそっと添えられた。進んでいって両陛下とお母様とお父様を見ると、ふんわりと微笑んでいるのがわかった。


「婚姻とは人生を共に歩むと言うことだ」


静かに口を開いたのはお父様だった。その言葉を引き継ぐように、ギルタ王国の王陛下が口を開く。


「お互いを支え、案じ、間違った道を選べば正す。そういった夫婦になってもらいたい。司祭」

「アルザーク・ギルレルタ様、メル・シルレーヌ様、神に誠実であることを誓いますか」

「誓います」

「誓います」

「きっと神もお許しになることでしょう」


司祭様の声は優しく、両陛下もお父様もお母様も嬉しそうに微笑んでいる。私たちの婚約が祝福されるものであったことが嬉しい。


「二人の婚約を両国の王の名の下に許そう」


そう言われて膝を曲げる。隣でアルザーク様が頭を下げるのがわかった。緊張していたけれど、終わってみればこれだけだ。ほっと息を吐いたのがアルザーク様にバレたのか、声を出さずに笑った気配がした。退出するために体を後ろに向けると、貴族たちの視線が突き刺さってくる。あからさまな視線を向ける方はいないけれど、貴族社会でうまく生きていけるか不安になる視線はいくつかあった。アルザーク様が微笑んで手を振っている隣で、軽く会釈をするだけにとどめておく。握りしめていた花束は何も言われなかった。これを握りしめていてよかったと思った。

玉座の間から出ると、本当に気が抜けてしまった。まだ使用人たちが見ているから、と足に気合を入れる。おめでとうございます、と言ってくれる人もいて、その素直な祝辞に嬉しくなってしまう。ニコニコと笑いながら廊下を歩いていると、自室が見えた。夜は晩餐会が控えている。着替えて用意をしなくては、と思っていると自室の扉が内側から開かれる。完璧な時間取りだ。そのままアルザーク様の腕から腕を離してアルザーク様に向かい合う。


「それでは晩餐会の準備をしてまいります」

「ああ」


アルザーク様がそう言ったのを確認して自室に入ると、足から力が抜けた。ずっと微笑んでいたから顔が攣りそうだ。ムニムニとほおを強く撫でると、やっと人心地ついたきがした。


「お茶をお入れします」


私が長椅子に腰掛けると、そう言って侍女がお茶を持ってきてくれる。こんなに短時間のために作られたドレスだと思うと勿体無い気がしたけど、また着る機会もあるだろう、と先に着替えるのを優先してもらう。普段着のドレスに着替えると、やっと落ち着けた気がした。


「メル様、本当におめでとうございます」

「ありがとう」


微笑んでお茶に口をつける。緊張で喉がカラカラに乾いていたことがわかった。


「晩餐会の準備もしなくちゃ」


そう声に出して言うと、侍女たちがもちろん、準備できております、と言ってくれて拍子抜けした。本当にギルタ王国の侍女たちは優秀だ。








シャンデリアの灯りが眩しくて、目を開けていられないくらいだ。煌々とてらされた大広間に広いテーブルが用意されている。席順は貴族の格によって厳格に決められているらしい。王族のそばに座るのは公爵たちで、端にいくほど貴族としての格は低くなっていくと言うことだった。挨拶はこの晩餐会を取り仕切ってくださった王妃陛下がしてくださり、私は杯に注がれた葡萄酒をアルザーク様がしたように一気に飲み干した。それが礼儀だと思ったのだ。その直後から頭はくらくらとしているし、視界はぼやけている。けれどどうにか体裁を保とうと必死だった。目の前にいる公爵家のご婦人が、本当にアルザーク様は可愛らしいお方を選んだのね、と言う言葉に微笑んで、アルザーク様の瞳の色のドレス、素敵ですわ、と言うご婦人に相槌を打つ。チラチラとこちらを見てくるアルザーク様に微笑んで、注がれた葡萄酒の2杯目を飲み干す。テーブルマナーはこの日のために完璧に仕上げた。不自然ではないはずのそれをアルザーク様はずっと心配そうに見てくる。私が失敗しないかどうかが気がかりなのかもしれない。それに大丈夫ですよ、と言うふうに見せる。二杯目の葡萄酒を飲み干してから、明らかに体の温度が上がった気がする。首の後ろがチリチリと熱い。


「私の娘にもいいご縁があることを願っておりまして」

「お父様」


公爵家のご令嬢は先ほど紹介してもらった。アメリア様というらしい。アルメリア様は公爵を咎めるように目配せをすると、公爵夫人があらいいじゃない、と今度は娘を嗜める。


「私の娘の婚約者選びもしないといけないと思っていますのよ」

「アルザーク様の婚約者がお決まりになったのですからね」

「そうですわ。私の娘には優しい男性がいいと思っていますの。それこそヴィーン様のような」


その話を聞いてピンときた。アメリア様の婚約者にヴィーン様を推薦してくれとアルザーク様に言っているのだ。そのヴィーン様は公爵家に名を連ねる方だそうだけれど、この場にはいない。アルザーク様を見ると、渋い顔をしていた。こんな顔初めて見た。


「ヴィーンに任せています」


それだけ言って食事を続けるアルザーク様に、私も習う。アルザーク様の三つ年上だというヴィーン様は婚約者がいないのか、そう思っていると手元がぐにゃりと歪んだ。これは危ないかもしれない、と思って誤魔化すように葡萄酒を口に含むと、隣のアルザーク様がその手を止める。


「水を」


近くの使用人にそう言ったアルザーク様は私の葡萄酒を私の手が届かない場所に置いた。どうしてだろうと思って微笑んでみると、アルザーク様が困ったように微笑む。


「水にしておいてください」

「まあ、アルザーク様は思っていたより過保護なのね」


公爵夫人にそう言われて、そちらを向いてそうですね、の意味を込めて微笑んだ。お酒が入っているからかずっと微笑んでいることが苦にはならない。使用人が持ってきてくれた水を、アルザーク様が私の前に置いてくれる。


「どうぞ」


それにお礼を言わずにとって飲み干すと、体の温度が少し下がった気がした。失言をしないようにしないといけないと思いすぎて最初の挨拶以外ほぼ喋っていない。


「アルザーク様は、メル様のどこに惹かれたのですか」


アメリア様が視線を下げたままそうアルザーク様に問う。どうしてだろう。この美しいご令嬢はずっと緊張しているように見える。美しい金色の髪は結い上げられていて、首につけている真珠の首飾りが華やかだ。誰が見ても美しいと口を揃えるだろう。体の線に沿って作られたドレスも完璧に着こなしていらっしゃった。なのに、なぜだかずっと緊張しているように見える。


「全てに」


アルザーク様がそう答えると、アメリア様はフォークとナイフを置いて、私少し風に当たってきます、と席を離れてしまった。あんなに美しい方が一人で王城をうろうろするのは良くないのではないか、と思って思わず腰を浮かせるとアルザーク様に止められる。


「アメリア嬢をお一人にするのはよろしくないかと」


アルザーク様がそう言うと、公爵がああ、とかうん、とか言って席を立ち上がる。それに続いて公爵夫人も立ち上がった。大丈夫かしら、と言って夫の後をついていく夫人を見送ってやっと息がつけた。


「酔っていますね」

「酔いのうちに入らないと思うのですが」

「水だけにしておいてください」


そう言われてまた水を口に含む。その口調が優しかったこともあって、周囲をそっと伺う。誰も彼もおしゃべりに夢中で私たちのことなんて見ていない。それと酔いが手伝って、隣のアルザーク様の肩に頭をもたれさせた。アルザーク様の体が揺れたのはわかったけれど、そのままもたれておく。優しくしてもらえると嬉しくなるのは人間の性だろう。


「あの」

「駄目ですか」

「いいえ」


アルザーク様がそう答えたから、少しの間頭をもたれかけさせた。もたれかけさせた後、すぐに元の位置に戻す。ちょっと息をつくことができた。周りの人間は誰も見ていないか、見ていても一瞬だったから無礼だとは言われないだろう。


「疲れましたか」

「少しだけ」

「あの、今日からは」


今日から?と思ってアルザーク様をみると、顔が赤くなっているのがわかった。ああ、これは酔っているのではないなと思ってから私の顔も少し赤くなる。自分が恥ずかしいことをした自覚があった。


「メルと呼んでも」


モゴモゴとそういったアルザーク様に微笑んでみせる。メルと呼んだことは前にもあったはずなのに、そう訊いてくれるのが嬉しかった。それに頷くとアルザーク様が嬉しそうな顔になった。


「では、アルザークと」

「呼び捨てはできません。アルザーク様とお呼びします」


そう言うと今度はしょんぼりとした顔になる。普段の顔からは想像できない表情の豊かさだ。でも将来の国王を呼び捨てにすることはできない。


「二人きりの時に頑張ります」


そう言うとアルザーク様の視線が上がる。私の旦那様は可愛らしいかただと思った。


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