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小国の王女です。筋骨隆々の大国の王子に嫁ぎます。  作者: まる


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上空から見えるもの

条約はシェーヌにとって大変有利な条件で締結された。特にシェーヌに飢饉が起こった際にはギルタ王国の穀倉地帯からの援助を約束してもらえたのは本当に大きい。関税の撤廃はシェーヌにとってそれほど有利に働かないために、こちらから遠慮した。シェーヌとギルタ王国は遠い。関税を撤廃してもらえたとしても、ここまで特産品を運ぶ方法がない。それ以外にはギルタ王国で育つ作物の種苗の提供は大きい。シェーヌは小さい国土しか持たない。つまり失敗ができない国なのだ。だから確実に育つ種苗を譲り受けられるのは大きかった。こちらの言い分をほぼ全て書き込んでくれた条約の締結だった。そして、私の持参金に関しては、持参金は無しではなく補償という形に落ち着いた。シェーヌが贈った持参金相当のものをすぐにギルタ王国からシェーヌに返してくれるという約束だ。そうすれば貴族にも国民にも面目が立つということだった。もっと入れたい内容があれば入れる、と言ってくれたけれどもう十分だったので遠慮した。欲をかくと後が怖い。シェーヌに攻め込まれれば、ギルタ王国が必ず守ってくれるという内容だけでもありがたいものだった。だってシェーヌの国力を考えれば、一方的に守ってもらうだけの関係だ。


「条約の締結ができて安心しました」

「よかった」


今日も庭園の花は美しく咲き誇っている。綺麗だな、と立ち止まって花に触れようとしてやめる。人間の手が植物にとってはそんなに綺麗なものではないことを私は知っている。アルザーク様は私の隣を静かに歩いてくれている。


「明後日は婚約式ですね。緊張します」

「緊張する必要はありません。あなたはそこにいるだけでいい」

「でも、マナーを間違えたりしたら」

「大丈夫です」


その言葉に微笑んでみせる。シェーヌではマナーなんてあってないようなものだった。最低限のマナーだけを気をつけていればよかったけど、ギルタ王国ではそうはいかない。レティルム伯爵夫人に習っているけれど、貴族の中では悪目立ちするかもしれない。自分がいつになく弱気になっているのがわかる。ナイフとフォークもうまく使えないのに、晩餐会では大丈夫だろうか、と思うと余計に気が重い。


「気が重いなら晩餐会に出なくても構いません」

「そんなわけにはいきません」

「私がどうしてもと言って、婚約してもらうのです。それだけでもギルタは感謝をするべきだ。それ以上のことを望むなんて」


アルザーク様がそう言った瞬間、ふわりと風が吹いた。何、と思って手を目の上にかざして上を見ると、すぐ近くにディルムが浮いていた。


「ディルム」


ディルムは緑の瞳をしばらく瞬かせたあと、くるりと空中を回転した。その優雅さに見惚れていると、自分の体が浮き上がる。


「わ」

「メル!」


初めて名前を呼ばれたことに驚く間も無く、私の体はぐんぐんと浮き上がる。頭が下に向かないようにジタバタと両手を動かしていると、体の下にディルムが入ってくる。ディルムは私のことを自分の背中に乗せると、ウルル、と言ってバサリと大きな翼を広げた。慌てて首に抱きつくと、ディルムがどんどん上昇を始める。はるか下方から、アルザーク様が何かを叫んでいるのが聞こえたけれど、何を言っているのかはわからない。とりあえずディルムの首に抱きついて目を閉じていると、ディルムがクルル、と鳴いた。

恐る恐る目を開けると、一面に海と街が広がっていた。


「わあ」


ディルムがまたクルル、と鳴いてゆっくりと飛行を始める。ディルムがゆっくりと飛んでくれるので怖さは無くなってしまった。それよりも世界ってこんなに広いのか、という驚きの方が大きい。水平線で空と海が交わっている。こんなのを初めて見た。さっきまであった婚約式の不安がどこかに飛んでいって、胸の中は清々しい。


「ディルム、すごいね」


抱きついたままディルムの首を撫でると、ディルムががお、と一声鳴いた。悠々と飛んでいるディルムのことは下からは見えないらしい。下の街では、人々が盛んに行き交っている。これがギルタ王国なのか、と思うと身が引き締まる思いがした。シェーヌからギルタ王国に嫁ぐということは、私の国が変わるということだ。これからはギルタ王国のために自分の身を捧げなければならない。こうやって見るとシェーヌとは違っているところが大きい。街は大きいし、人も多い。商売も大きいのだろう。そう思って見ていると、街の裏路地まで綺麗に整備されていることがわかった。


「治安も良さそう」


思わずそう呟いてしまう。裏路地には貧困層が溜まりやすくなっているのだけれど、そこも綺麗に整備されている。ふと、首を動かすと子供達が遊んでいるのが見えた。あれはなんだろう、と思っているとディルムが心を読んだようにその看板が見えるところに移動してくれる。あれは、と思って目を凝らしてみると、孤児院、と看板に書かれているのが見えた。孤児もいるのか、当たり前か。


「孤児院」


孤児の子供たちも元気そうに走り回っている。そこまで支援の手が回っているとは驚いた。シェーヌに孤児院はない。その代わり里親制度をとっている。すぐに里親が見つかるのは、小さい国だからなのかもしれない。里親には十分な支援が届けられるようになっている。でもギルタ王国は孤児院の制度をとっているのか。今度アルザーク様に孤児院の見学に行きたいと要望しよう。孤児院をでた子どもたちがどんな仕事に就くのかも知りたい。

そう思っているうちに、自分が婚約式のことをすっかり忘れているのを思い出した。ふ、と思わず笑ってしまう。


「ディルム、ありがとう」


ディルムの首にギュッと抱きつくと、ディルムがウルル、と鳴いてくれた。不安に思ってしまうことは仕方のないことだけど、私は私がやれることを探したほうがいいだろう。ディルムがゆっくりと下降を始める。くるくると回りながら降りてくれるから怖さもなかった。風が頬に当たって気持ちがいい。庭園に降りると、そこには不安そうな顔をしたアルザーク様がさっき別れた時と同じ位置に立っていた。背中から降りようとしなくてもふわりと体が浮き上がって、そっと地面に下ろされる。


「ありがとう」


ディルムの顔をそう言って撫でると、ディルムはするりと擦り寄ってくれたあと、そのまま浮かび上がっていなくなってしまった。アルザーク様を見ると、驚いた顔をしたままだ。それからはっとすると、すぐに私に近づいてきてくれた。


「怪我は」

「ありません」

「怖くはなかったですか」

「ええ」


アルザーク様が私の返答を聞いて、はーと深いため息をつかれた。その様子に本当に心配してくれていたのがわかる。


「ディルムはあなたを危ない目に遭わせるわけがないとわかっていても、心配しますね」

「本当に楽しい飛行でした。街もよく見えました」


私がそう言って笑うと、アルザーク様が困った顔をして、私の髪の毛を整えてくれた。その自然なふれあいに、なぜか私の方がドキドキしてしまう。あまりにも大事そうに触れられたからだ。


「今度は私も一緒に行きます」

「ええ、ぜひ」


自分でも髪の毛を直しながらアルザーク様にそう答える。手を下ろすとその手をアルザーク様に繋がれる。自然に繋がれたことに驚いていると、その手がかすかに震えているのに気づいた。その震えが私にも伝染してしまいそうで、ぎゅっと手を握り返す。ぎゅっと手を握り返すと、アルザーク様の手がびくりと震えた。そっと顔を窺うと、赤くなっているのがわかった。


「お茶もご一緒してくださると言いました」

「いいんですか」

「楽しみにしていました」


私がそう言うと、今度はアルザーク様が手を握り返してくれた。その力の弱さに笑ってしまう。だって、そんなに弱く握らなくても折れたりなんかしないのに。アルザーク様にお茶の時に孤児院を見に行きたいと言おう。きっとアルザーク様は叶えてくださるだろう。なんだかいい気分になって、繋いだ手を大きく振った。アルザーク様が驚いているのがわかったけれど、今はこれでいい気がした。


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