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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三幕 終章
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第三幕 エピローグ

 夜の帳が下りて久しい、午後十時過ぎ。

 一台の大型バンの車内は、穏やかな静けさに包まれていた。行き先は九州、宇佐神宮。

 伊勢での死闘を潜り抜け、休む間もなく次なる神域を目指す日本独立党の面々を乗せた鋼の車体は、夜の高速を淡々と滑っていた。


 運転席には浜田が座り、その隣では、数日間の激闘と緊張から解放された尊が、こくりこくりと船を漕いでいた。


「浜田さん……帝国の関東包囲網は、まだ生きてますよね……? このまま九州へ?」


 眠気に抗いながら、かろうじて言葉を紡ぐ尊に、浜田はバックミラーで後部座席で眠る煉や葵の姿を確認し、優しい声で応えた。


「ああ。だが、ちょっとかんがえがあってな。少しの間だが、尊も寝てていいぞ」


 低く、安心感のある浜田の声と、穏やかな運転が刻む心地よいリズム。ラジオの低い音が、夜気に溶けていた。

 怒涛の日々を過ごした後の緩んだ心では、抗うことなどできはしなかった。尊の意識は、ゆっくりと深い眠りの底へと沈んでいく。




 ***


 出雲大社。その荘厳な本殿の、さらに奥深く。

 今まで誰もその存在を知らなかった地下へと続く階段の先には、異様な空間が広がっていた。


 石のおおきなタイルが敷き詰められた、リビングほどの広さの部屋。その床には、神凪皓一朗の手によって、巨大な円と幾何学的な模様、そして神代の文字とも思える記号が、儀式のように描き続けられていた。

 部屋の隅にある神棚には、いくつかの仏像が鎮座している。その一体、額に第三の目を持ち、三叉の槍を携えた異形の像が、まるで全てを見通すかのように円の中心を睨みつけていた。



 入り口に、薩摩訛りの男――東郷灯史郎が片膝をついて控える。神凪が筆を止め、言葉を発するまで、彼は石像のように動かない。発しない。


「腕の調子はどうだ?」


 神凪が、背を向けたまま静かに問う。


「治療班のお陰で、刀は持てるようになりもした。じゃっどん、まだ本調子とは……」

「そうか。……それで?」

「はっ。藤堂尊は、力の使い方を完全に御し、新たな段階へと至ったかと。神凪様にも、ご満足いただける逸材にございもす」


 東郷の報告に、神凪は「楽しみだ」とだけ呟くと、再び床の陣へと向き直った。その口元に浮かんだ笑みは、純粋な期待か、それとも――。


(誉よ、お前もようやく神域の重要性に気づいたか。だが、一歩遅い)


 神凪は、独立党が宇佐へ向かっていることを感じ取っていた。


(この出雲の力……『国譲り』に秘められた真の力を得た我らの前では、取るに足らぬ。お前の駒も、やがて礎となる)


 彼の瞳の奥で、神々すらも駒と見なす、傲慢で揺るぎない野心が、暗い炎のように揺らめいていた。


 ***


 国土防衛軍、幕僚長指令室。

 金城戸景綱の前に直立する鴫野成実の顔に、表情はなかった。


「申し訳ありません。すべてにおいて、私の認識の甘さが原因です」

「責任はとるように伝えたはずだが?」


 金城戸の氷のように冷たい声に、鴫野は淡々と続ける。


「自爆すら止められまして。故に、プランを変更します。これが私の、そしてゲネシス・キメラ隊全兵士の、帝国に捧げる最後の奉公です」


 鴫野は、恐るべき計画を口にした。自分を含めたゲネシス・キメラ隊の全兵士に最終改造を施し、完全に自我を捨てる。帝国に仇なす者すべてを排除するだけの、生きた殺戮兵器へと変えるのだと。


「奴らが狙うであろう巨大な神域に目星はついています。その周辺に生産基地を築き、ドローン、ゴーレム、そして我々キメラの物量で、独立党と残光、まとめて圧殺します」


 金城戸は、こめかみを押さえながら、忌々しげに別の報告書を叩いた。ゲネシス・キメラ全体を解体するには、独立党にぶつけて失敗させようとは思ったが……

「……愚か者が」

「先日、ゲネシス・キメラ隊で、伊勢神宮内宮の境内で発砲した馬鹿がいたそうだな?」

「はっ。伊勢神宮に侵入した不審な集団を確保するため、実力を行使しましたが、逃走されました」

「境内で発砲した挙句、逃げられた、か……」


 鴫野は、神仏への不敬後に起こる呪いや祟りなど、非科学的な事象を一切信じない。データこそが全てであり、それ以外は偶然かノイズでしかない。帝国軍内に存在する暗黙のルールを、彼は意にも介さなかった。


 頭を抱える金城戸が「俺は一体、本国に何と報告すればいいのだ……」と呻いた、その時だった。


 けたたましいアラート音が、指令室の空気を切り裂いた。

 モニターに表示されたのは、最高レベルの緊急通信を示す赤文字。


 ――通常の軍用暗号とは異なる、特別回線。

 帝国本土からの、最優先入電だった。


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