第二十六章:嵐の前触れ
春の日差しが降り注ぐある午後、施設の静けさを破るように、一本の電話が山口施設長のデスクに鳴り響いた。
受話器の向こうから聞こえた声は、冷たく、そして重々しかった。
「天川澪さんの保護者である斎藤様から、正式な抗議が届いております。今後の対応を至急協議してください。」
斎藤の怒りは収まることなく、彼は地元の福祉監査局にも連絡を入れていた。
澪の生活環境、惇也との関係性を問題視し、施設全体の管理体制にも疑問符を投げかけたのだ。
山口は電話を切ると、深いため息をついた。
「これで、俺たちの試みも一気に危険な状況になった」
彼は職員たちを集め、厳しい口調で告げた。
「今後は規則を徹底し、問題の芽を摘む。決して利用者の安全を脅かすようなことは許さない。」
その日の夕方、惇也は佐伯から呼び出され、相談室で話をすることになった。
彼女の目にはいつも以上の真剣さが宿っていた。
「状況はかなり深刻です。斎藤さんの動きは、単なる家族の心配という枠を超えています。
監査局の介入は、施設全体にとって大きなリスクです。」
惇也は言葉を詰まらせながらも、強い口調で言った。
「澪のために何かできることはありませんか? 俺は諦めません。」
佐伯は彼の手を取った。
「あなたの気持ちはよくわかります。けれど今は冷静さが必要。
この嵐を乗り越えるために、私たちは計画を練り直さなければ。」
数日後、施設には監査員が訪れ、細かい調査が始まった。
職員一人ひとりに事情聴取が行われ、利用者の生活状況が事細かにチェックされていく。
惇也の動きも当然ながら注視され、彼の存在はますます孤立していった。
そんな中、斎藤から直接の連絡も届いた。
「惇也、お前の存在は澪の未来を台無しにする。
すぐに彼女から離れろ。さもなければ法的措置をとる。」
その文面には、冷徹な決意が見て取れた。
惇也は返信せず、ただ深く息を吐いた。
夜の澪の部屋で、彼はそっと手を握った。
澪はいつも通り、静かに彼を見つめていた。
言葉がなくても伝わるものがあった。
「嵐は来る。でも、俺たちの絆は壊せない」
その思いが、二人の胸を満たしていた。




