少年とおじさんと(3)
食堂でCランチセットを注文すると、エマも同じものを注文した。
そして、「今日は歓迎のおもてなしをさせて下さい!」と言って、エマが二人分を支払ってしまった。
なんなら俺がエマの分も払いたい気持ちではあったけれど、どう考えてもそれは俺の独りよがりだったから、控えた。どうせ、エマの心は金では買えないのだ。
メインディッシュ、サイドディッシュ、そしてスープに口を付け――ふと、エマが顔を上げた。
「あの時のスープ、美味しかったですね」
エマの言葉が指すものにすぐに思い至って、「ああ」と頷く。
「でも、このスープも美味い」
そう返すと、エマはキラキラとした光を目に浮かべて、にかっと笑った。
「私もそう思います! あの後一人で食べに行ったりもしたんですけど――今日のスープの方がずっと美味しいです」
スープに向けられた賞賛だというのに、どうしてか胸が熱くなって変に気恥ずかしくなる。
「そうか」と短く返して、食事に集中する振りをしてみたものの、エマが気になって仕方がなかった。エマのカトラリーが再び動き出したのを見て、こっそりエマの顔を窺ってみると、にこにこと美味しそうに肉を頬張っていた。その姿に、世の女性が身にまとわせている「可憐」さのようなものは微塵も感じられない。それでも、俺の目には一番可愛く映る。
「アキレアと何を話してたんですか?」
ふいに顔を上げたエマと目が合い、「えっ?」とひっくり返った声が出てしまった。
「何って……」
……釘を刺されたのだと思う。きっとあいつは、エマのことが好きなのだ。彼女に変な虫がつくのが嫌なのだ。だが、それをどう説明すべきだろう。ありのままのやりとりを開示してしまえば、妙な空気になりそうだ。
しばし逡巡していると、エマがくすくすと笑い出した。一体何事だろうかと怪訝な目を向けると、
「アキレア、よっぽどハリスンさんとお話したかったんですね、いち早く会いに出て行っちゃっうくらいに」
と言う。
……絶対に違うと思う。いや、ある意味では正解なのか……? いやそうだとしても、エマが想像しているであろう微笑ましいものではない。
「いや、あいつは……」
続く言葉がやっぱり見つからない。半ば無意識に頬を掻き、ぐるぐると無難な言葉を探していると、
「きっと、そうですよ!」
エマが自信満々に笑った。
「私とダリャルバンがいっつも話題にしているから!」
あんまり綺麗に笑うものだから、思わず見惚れてしまって、頭の中で掴みかけていた「無難な言葉」は全て霧散してしまった。
「すっごい剣技があって、すっごい伝説が沢山あるんだよーって――」
「どれも、昔の話だ」
持ち上げられて嬉しい反面、それと対極にある感情も覚えて複雑な気持ちになった。
当時の俺は、傍から見れば立派な剣士だったに違いない。でも実際はそんなことはなかった。いつも人に囲まれた人気者のように見えてその実、そこに俺を本当に好いている奴なんていなかった。俺の持ち物に用のある奴や、俺を恨んでいる奴ばかりだった。そうして、呪いをかけられた。そして俺は、そんなことでぽっきりと折れるような、気概のない木偶だった。それこそ、エマと出会う前までは。
「それだけじゃないですよ!」
エマは、ほんの少し眉を吊り上げて続ける。
「私は、今のハリスンさんがすごいってことも知ってますし! きっと、入庁後もすっごい活躍するんだろうなーって話しているんです! 華々しく活躍して、それでみんなの視線を集めて、女性陣にはキャーキャー言われちゃって――」
そこで言葉を止めて、あからさまに「しまった」という顔をした。
「まあそれに関しては、ハリスンさんの望むところではないでしょうけれども……」
おずおずと俺を窺い見るエマは、多分、俺のことを今でも少し誤解しているのだろう。
「エマから見て、今の俺は、女性にモテそうか?」
「それは、まあ、そうですね……」
「どういうところが?」
「それは、剣の実力も素晴らしいですし、性格もできる男感バッチリですし、……見た目も好感を持たれるでしょうし……」
「そうか。じゃあ、エマは――」
エマもそういう男が好きか? ――褒められて良い気になって、危うくそんな女々しい質問をしそうになった。口に出る寸でのところでどうにか思いとどまって、これじゃエマと別れた時と何も変わらない、とため息をついた。
「私が……何でしょう?」
「……いや」
「あの、私また、何か余計なこと言いました……?」
「いいや。……本当は、エマ『さん』と呼ばないといけないんだろうなって思って」
誤魔化すつもりで言ったものの、思った以上に神妙な気配を孕んだ声色になってしまった。
「え! そんな、他人行儀な呼び方、やめてくださいよ。エマで良いですって」
「いいのか?」
「ええ、もちろんです! 私とハリスンさんの仲じゃないですか!」
私とハリスンさんの仲、か――。含蓄を感じる言葉に思わず頬が緩む。
「そうか。じゃあ、エマ。今度は俺から、食事に誘っても良いか?」
「もちろんです!」
「ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ、楽しみです!」
「そうだな」と返しながら、ごくりと唾を飲み込む。
「……楽しみだな、デート」
「デ、デート……?」
エマが、目が丸くしてオウム返しにした。
それに微笑みで応える。平静を装って。どうにか。
「……何と言いますか、そういうことを言うから、モテてモテて困ることになるのでは……」
「……エマが初めてだ、デートに誘ったのは」
「えー……っと……」
エマの口がぽかんと開き、それから、みるみるうちに頬が朱に染まっていった。そんな様を見てしまったら俺の辛抱も限界で、つられたようにどんどん頬が熱くなっていく。
堪らずコップを引っ掴んで、一気に中身を口に流し込んだ。はあ、どうにも格好が付かない。
「じゃあ、楽しみですね、デート」
「……!」
危うく水が気管に入りかけて、慌ててコップを口から離した。ゴホッと一つ咳をして、エマの方を見やると、彼女はほんのりと赤みの残る頬を持ち上げて、にこにこと笑っていた。
……はあ。エマを惚れさせたいと思うのに、逆に、俺の方がどんどんエマのことを好きになってしまっているようだ。
……まあ、それも仕方のないことか。
「ああ、すごく楽しみだ」
エマも承諾してくれた、まぎれもない「デート」。しかも、楽しみだとさえ言ってくれた。今度こそ、男を見せないといけない。
俺は心の中でぐっと拳を握り突き上げた。
なかなかポップな気持ちを思い出すことができず、遅筆となってしまいましたが、本話をもって完となります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!




