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少年とおじさんと(2)

 エマに会うためにここまで来たはずだというのに、突然の邂逅のせいで頭が真っ白になってしまった。会ったら伝えようと思っていた言葉は、ことごとく消え失せてしまっている。口をぱくぱくとさせ、どうにか、

 

「エマ……」

 

 とその名を口にした。

 

 久しぶりだな。そう言おうとしたところに、

 

「エマさん!」

 

 少年が叫ぶように言うのを聞いて、しまった、『さん』を付け忘れた、と慌てて口をつぐむ。会って早々、目の前で幼い子供に叱られることになるとは……。

 

 気まずい気持ちになりながら、ちらりと横目で少年を見る。

 どうせ鬼の形相で俺を睨んでいるだろう。そう思っていたが――実際には、くりくりとした双眸が真っ直ぐにエマを見つめていた。

 

「こ、こんにちは、エマさん」

「こんにちは、アキレア」

 

 アキレアと呼ばれた少年は、ぴくっと反応すると、頬を赤く染めて、視線を斜め下へと逃がした。

 俺への態度と、百八十度違う。一体誰なんだ、このしおらしい少年は……。

 

「まったく、何でこんなところにいるの」

「え、えっとお……」

 

 アキレアは、もじもじと口籠る。

 

 ほんの少し前に垣間見せた利発さはどこへやら。今や、悪戯に失敗し、言い訳の一つも用意できない、ただのがきんちょだった。

 

 しかし、この年頃の子供はこうも愚かしいものだっただろうか。少なくとも俺自身は、こんな風ではなかった気がする。この少年の様子は、どうにも引っかかる……。

 

「あ、わかった!」

 

 突然、エマが明るい声を上げた。

 

「ハリスンさんに早く会いたくて、部屋を飛び出しちゃったんでしょう?」

 

 曇りない笑顔を向けられた少年は、「え!?」と絶望したような声を上げた。

 

「そ、そうじゃなくて……」

 

 エマは、ふふふと笑っている。

 

「その、僕はただ、エマさんが心配だなって思って……」

 

 そして、おどおどした上目遣い。

 エマはほんの子供にやるように、その頭を撫でて、

 

「大丈夫。あとで、そっちの部屋にも行くから、待ってて。アキレアが帰らないと、ダリャルバンがソワソワしていつまでも仕事しないから」

「わ、わかりました……あ、あとで絶対来てくださいね……」

 

 アキレアは俺の存在などすっかり忘れたように、そそくさと去って行く。

 そうしている間も、もじもじすることは忘れない。

 少し、可笑しくなってきた。

 

「アキレア、かわいいですよね?」

 

 エマは、俺の失笑を見て勘違いしたようだった。俺に花のような笑みを向けて、同意を求めてきた。

 

「ああ……かわいいな。エマと初めて会った時を思い出した」

「あー、あはは。そんなこともありましたね」

「あの時は、変な子供だと思ったけど、今ようやく、合点がいった。あいつの真似をしてたんだな」

 

 あいつは多分、エマの前ではいつもああして、もじもじしているのだろう。エマは何も気付かず、子供はもじもじする生き物だと思い込んでいるのだろう。そして、それを可愛いがっている。それこそ、本当に小さな子供だった時から……。

 

「うーん、やっぱり下手でした? 子供のフリなんてしたことがなかったので。……でも、もう、いいんです! 今後子供のフリすることなんてきっとないですし、何なら男のフリだってしなくても良いかもしれません! ハリスンさんが来てくれたので!」

 

 全幅の信頼を寄せたような、太陽のように晴れやかな笑顔を向けられて、心臓が鷲掴みにされたような心地になる。

 

 エマは、最初からこうだった。いくら表面上でどこぞの子供のふりをしてみても、そのガキとはまるで違う。全く隠せてない。年齢も、性別も関係なしに、最初からエマだった。最初から、眩しくて仕方がなかった。

 

「今日は半休をもぎ取ってきたので、私がご案内します。まずは、食堂に行きましょう!」

注)日本語の用法として「垣間見える」「垣間見せる」は(厳密には)誤用です。

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