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ティアナの願い<最終話>

「答えは見つかったようじゃの?アマーリア」

 ゲーゼが少し微笑んで言った。

「はい、大神官。ルーベル、ごめんなさい。そしてありがとう。彼を最後まで看てくれたのでしょう?本当にありがとう···」

 ルーベルはぼろぼろと泣いて首を振っていた。

「ツェーザルは···ツェーザルは本当に息を引き取る直前まで君を心配して···君を愛していたよ。だから僕は···それを伝えたくて···」

 アマーリアは感謝を込めて幼馴染の肩を軽く抱擁して解くと、すっと顎をあげてレギナルト達に向いあった。もうその顔に涙は無い。誰にでも横柄な彼女が皇子達の前に跪いた。

「この度の数々の無礼な振る舞い。申し訳ございませんでした。そして冥の花嫁の前世に纏わる真実を秘めた事。いかようにも罰して下さいませ」

「いかようにもと?」

 レギナルトは頭を低く垂れるアマーリアを冷やかにに見下ろしている。最愛のティアナを苦しませた罪は重いだろう。誰もが息を呑んだ。


「皇子!私が悪いのです!私が前世術を頼んだから、だから、お願いします!それに途中までしか視なかった私が悪いのです!罰なんて与えないで下さい!」

「いいえ。冥の花嫁、それは違います。貴女が途中で止めて無くてもわたしはあの続きを見せるつもりはございませんでした。それで貴女はとても悩まれ苦しまれた筈。わたしを庇う必要はございません」

 頭を垂れたまま潔く言うアマーリアにティアナは首を振った。

「でも、術から戻って来られない私を助けてくれました!不幸になったらいいと思っていたのならそのままにしていたら良かったでしょう?皇子、お願いです、お願いですから罰しないで下さい!」

「···ティアナ、お前はいつも他人を庇ってばかりだな」

 見上げたレギナルトは怒ってはいなかった。

「皇子?」

「アマーリア、顔を上げよ―――良い顔をしている。これからも精進して迷う民を導くように。この老いぼれだけでは心もと無いからな」

「皇子!老いぼれとは何ですかっ!」

「本当のことであろう、ゲーゼ。はははっ···」

「レギナルト皇子···」

 アマーリアは信じられないと言う顔をした。

「アマーリアさん、良かった!」

 ティアナがそう言いながら微笑んでアマーリアを立ち上がらせたが彼女はまだ呆然としていた。極刑もしくは投獄は免れないと思っていた。良くて神官位の剥奪。


「アマーリア、兄上はティアナのお願いには弱いからね」

「イヴァン皇―」

「皇子はなしだよ、神官アマーリア。これからも宜しく。僕も君に負けないように早く正式な神官になるように頑張るからね」

 アマーリアはイヴァンの陽気な笑顔につられて、くすりと笑った。

「あっ、それ!美人なんだからいつもそうやって笑っていた方が良いと思うよ。そうしたら煩い神官達も君にぼう~とするよ」

「そう?じゃあ今度試してみるわ」

「これ!そなた達、何を俗っぽいことを言っておる!我々神官は世俗を絶ち―――」

 レギナルトとイヴァンが目を合わせた。

「ゲーゼ、分かったから此処でこれ以上説教するな。謁見が始まってしまう。お前達はその前に拝礼があるだろう?」

「さようでした!これ急ぐぞ」

 慌てふためいて去って行くゲーゼの後をイヴァンが付いて行き、アマーリアがレギナルト達に会釈をしてその後を追う。答えを見つけた彼女はとても輝いているようだった。颯爽と赤銅色の髪をなびかせて歩くその姿は誰もが足を止めて見ている。そんな彼女は大神殿の神官達も驚き注目したものだった。



~エピローグ~


 アマーリアはふと足を止めた。大神殿の礼拝堂―――いつも誰も利用しない時間帯にいる人物が熱心に祈りを捧げている。

「熱心ね、イヴァン。でももうそろそろ皆が来る時間よ」

 跪いて熱心に祈っていたのはイヴァンだった。はっと顔を上げると目の前にはアマーリアが立っていた。ほんのりと朝日が差し込む祭壇の前に立つ彼女の表情は以前とは違って棘が無い。

「もう、そんな時間?まいったなぁ~」

「···わたしいつも思っていたのよね···誰もいない早朝や夜中に長々といるのは何故だろうと···ようやく謎は解けたけど」

 イヴァンは立ち上がりながら、くすりと笑った。

「それを見ていたと言うことは・・・君もそうしたくて此処に来ていたからだろう?」

「―――まぁ~ね。貴方に今更誤魔化しても仕方が無いものね。今は二人分だけどね」

「じゃあ、僕が居たら帰っていたんだね。知らなかったな」

「貴方が鈍いのよ」

「はぁ?相変わらず容赦無い言い方だなぁ」

「あら?じゃあ、みんなみたいに恐れ多いって感じで接してあげましょうか?」


 神官の中で浮いているのはアマーリアよりイヴァンの方がもっと浮いているのが現実だった。皇家直系の皇子が神職に就くなど余り例が無いからだろう。神殿では過去の身分での序列は無いのだが彼の場合そう思っている者は殆どいないに等しい。誰もが口にこそ出さないが皇子イヴァンとしか接していない感じだ。その点、アマーリアは違う。

「嫌だ。君にまであんな風に扱われると思うと、ぞっとする」

「なるほど···今度貴方に意地悪する時はそうすれば良いのね。了解したわ」

 イヴァンは肩をすくめたがお互い顔を見合わせて、くすりと笑った。

「アマーリア様――っ!どちらですか――っ!」

 見習い中の女神官がバタバタと声を上げながら走っている。

「わたしは此処よ!」

「あっ、アマーリア様!」

 まだ歳若い見習い女神官はアマーリアの信望者のようだ。頬を染めて興奮していた。

「駄目よ、神殿内で大声を出したら」

「言っている本人も大声だしたけどね」

「何か言ったイヴァン?それで何かわたしに用なの?」


 アマーリアと親しそうにしているイヴァンにビックリしていた見習いの少女だったが憧れの女神官の問いに用事を思い出した。

「お、おめでとうございます!今、発表がありまして第一級神官に昇格なさっています!ですから神官長がお呼びです!」

 第一級になれば他神殿の長になれる資格を持つ。序列でいけばかなり高位の神官だ。

「···受かったのね」

「はい!史上最年少の合格者だそうです!私達、もうっ嬉しくって!」

 伝言を終えた少女は仲間にも知らせようと急いで去って行った。

「おめでとうアマーリア、流石だね」

「ん···ありがとう。正直、今回は受かるとは思わなかったわ···色々あったし···何時ものように自暴自棄で無茶苦茶した訳じゃないし。それって意外と成績は良かったのよね。でも今回はね···」

「そこが良かったんじゃない?すっかり肩の力が抜けてさ」

「まぁ、そう言う言い方もあるわね。ところでイヴァン、貴方はどうだったのかしらね?見習いは脱したのかしら?」

「うぅ――っ、それを言うなよ。発表を見に行く前に胃が痛くなるだろう」

「貴方なら大丈夫よ」

 あのアマーリアからそんな風に言われるとは思わなかったイヴァンは驚いた。

「アマーリア···」

 いつも皮肉な顔をして微笑んでいた彼女はもういなかった。


「さあ、見に行きましょう」

 その途中、神官グスタとぶつかり彼の手にしていた書物が散らばってしまった。

「気をつけろよ!」

 アマーリアを良く思っていない彼は喧嘩ごしに言った。しかし共に歩いていた神官がグスタの袖を引っ張った。

「グスタ、止めろよ。今や彼女は第一級···私達の上だよ」

「ぐっ····」

 悔しそうな顔をしたグスタにアマーリアが微笑んだ。しかもその手には散らばった書物を持っている。彼女が拾ったようだ。

「ごめんなさい。急いでいたものだから」

「えっ?あ···ああ」

 何故か頬を染めて受け取ったグスタは過ぎ去って行く彼女を呆然と見るだけだった。

「効果抜群!」

「何か言った?イヴァン?」

「なんでもないさ。美人は笑顔が一番!」

「馬鹿!」

 アマーリアの周りには自然と人々が集まる。そしてその輪の中から彼女が手を差し伸ばしてイヴァンを引っ張り込むのが常となった。初めは緊張していた仲間達も二人の様子にほだされて壁のようなものが無くなっている感じだ。時代は建物だけでなく人々にも新しい風が吹いているようだ。


 一方ルーベルの登用が決まって本格的な工事に入る前にレギナルトは、彼を皇子宮に呼んでティアナの意見を聞かせていた。先に殆ど出来上がっている大神殿に話が及ぶとレギナルトが、ふと思い出したように呟いた。

「あのアマーリアとか言った女神官、かなり優秀らしいな···ゲーゼも良い後継者を見つけたものだ」

「え?皇子どういうことですか?」

 ティアナはもちろんだが、お茶を用意していたドロテーと彼女の幼馴染もレギナルトの言葉に驚き耳を傾けた。

「奴は自分の次の大神官に彼女をと思っているようだ。そうほのめかしていたからな」

「じゃあ···アマーリアさんが次ぎの大神官に?」

「まだ、先の話だ。あのゲーゼが早々くたばりそうに無いだろう?しかし彼女が就任したら···ゲーゼより煩いかもな」

 ドロテーが、ぷっと噴出した。

「皇子と良い勝負ですよね?」

「ドロテー、こんな時だけ口を挟むな!」

「アマーリアが···」

 ルーベルは涙ぐんでいた。うれし泣きなのか遠い人になってしまうという寂しい気持ちなのか分からない。でもアマーリアが本当に立ち直ってくれたのだと感じた。過去に囚われていたのでは成長もなかっただろう。大神官がこのままでは残念だと言っていた意味がようやく分かったのだ。大神官の法衣を着て祈りを捧げる彼女の姿が見えるようだった。


「ルーベルさん」

「あっ、は、はい」

 想いに耽っていたルーベルを現実に引き戻したのはティアナだった。

「お仕事、頑張って下さいね。私、とっても楽しみです」

「あ、は、はい!」

 真っ赤になって返事をするルーベルにレギナルトが不愉快そうな視線を送った。

「ティアナ、頻繁に築城現場に行くのは許さないからな。行く時は一緒だ、分かったな」

 また嫉妬しているとドロテーは呆れた顔をした。ティアナにもそれは分かったようだ。

「はい、皇子、約束します。あの···それとは別にお願いしたいことがあるのですけど···」

 ティアナの願いは珍しいことだ。レギナルトは即答した。

「分かった、叶えよう」

「皇子!私、まだ何も言っていませんよ!」

 レギナルトは笑ってティアナを抱き寄せた。

「何だ?何が欲しい?何でも言うがいい」

「もうっ!ゲーゼ様もそうですけど皇子も私を甘やかし過ぎです!」

「ゲーゼと一緒にするな!私の方が何でも叶えられる」

 ティアナは呆れて少し意地悪が言いたくなった。


「じゃあ、夜空の星を下さい!」


「それは···」

 何でも叶えると言ったレギナルトだったが出来ないものは出来ない。ティアナが、くすくす、笑い出した。

「嘘ですよ。でも似たようなものを新しいお城に持って行きたいのです」

「似たもの?」

「はい。夜の花園です!」

「夜に光る宝石の道のことか?」

「はい、そうです。皇子が紫の石を埋めてくださったでしょう。あれは新しい場所にでも持って行きたいのです。駄目ですか?」

 ささやかな可愛らしい願い事にレギナルトは微笑んだ。

「もちろん、持って行く。そうでないと夜の逢瀬が楽しめないだろう」

「お、皇子!」

 真っ赤になってしまったティアナにレギナルトが口づけを落とす。やれやれと見守るドロテーはいつ咳払いをするか思案中だ。そして先日から冷たくあしらっていた恋人を思い出した。


(今度会った時は優しくしてあげようかしらね···)


 少し反省したドロテーは心の中でそう呟いたのだった。

 帝国の雪解けと共に発表された皇城の移転計画は民を驚かせ、新たなる幕開けの象徴となった。そして婚礼の鐘が鳴り響くのを待ち望んだのだった。


新しい登場人物アマーリアがメインになってしまった話でしたが、本当はイヴァンの新しい恋人になる予定が書き進める間にこうなってしまいました。やっぱりイヴァンに春は訪れない感じです。他に片付いていない主要人物はハーロルトとエリクですが今のところ書く予定はありません。ティアナとレギナルトの婚礼はまだまだ先になりそうですが···とりあえず書き溜めていた話はこれで終わりです。ありがとうございました。

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