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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.2『学都騒乱』
24/33

ありきたりな一日

 

 ―――面倒、逃げたい、無理。

 ノノは、自分の短い学校生活を振り返り、そう思わざるを得なかった。


 まず第一に、魔法の授業が難しかった。

 ノノは確かに頭は悪くないし、理解も遅くない。ただ、魔法と言う概念について行くにはまだ保護者兼説明役(ライ)が必要だった。


 次に、友人。

 ノノに話しかける者はごまんといた。

 自覚こそしていないが、彼女は容姿端麗であり、無表情なそれも傍から見れば儚げな少女そのものだ。友人になりたいと近寄る者もいれば、男女の好意を持って近寄る者もいた。しかし、その全てが玉砕。


 ライと言う自動翻訳に慣れ過ぎると、他人と喋るのがこうまで難しくなるものか、とノノは自分の中で戦慄しながらも結局クラスメイトと碌に喋る事は出来なかった。


 そして最後に、ライの噂である。

 子供でありながら、非常に聡明で強い教師が入ったという噂。

 必然的ぼっちと化したノノの耳には、教室中の情報が入ってくる。その内の大半を占めるのが、その教師ライの存在だ。


「…私が大変なのに楽しそう」


 ぽつりと呟いたそれらは嫉妬と、ライを取られたと言う子供染みた独占欲から来る言葉だった。

 自分は毎夜ライが来てくれたりしないかな、とベッドの上で扉をじっと見つめているにも関わらず、あちらは先生を謳歌しているようでなんだか不公平だ。


「私の…なのに」


 ライの生徒は私だけ、という自負がノノにはある。

 ライは事あるごとに『お前は一人でもどうにかなるだろ』と言っていたが、それは偶に節穴になるライの戯言だとノノは知っている。

 ノノはこんなにもライを想っている。だから、そろそろライも私を恋しくなっても良い筈だ。そんな理論展開をしながら、難しい魔法授業をどうにか聞き、頭の中で内容を反芻する。


 ライに魔法知識を覚えろ、と言われたのだ。

 ならばどんなに難しくてもきっとこれは意味がある事だ。それならば、どれだけ難しくても、必死に食らいつくしかない。

 ざわざわと、授業が終わり、教室が騒がしくなる。先程の授業内容を今一度思い出そうと、ノノは一人の世界に入ろうとし――、




「――ノノッ!来い!!」


 がらりと勢い良く扉が開き、一人の少年が大声で少女の名を呼んだ。

 その教室どころか、その周辺教室一帯に響き渡る怒号にも似た叫びによって、一瞬の静寂が訪れる。しかし、それもつかの間――、


「――うんっ!!」


 ぱぁと笑顔を浮かべた少女が、少年の叫びに呼応する様に椅子を蹴飛ばして駆け出した。

 その少女の笑顔など見た事がないクラスメイトは一同にどよめいた。しかし、彼らにそんな事は関係なく、ただやるべきことを為すために駆け出した。


 ――少年(ライ)少女(ノノ)は生徒達の間をすり抜けて直走る。



 先の未来、最悪の結末と共にその二人が離れ離れになるという事を、まだ神すら(だれ)も知らない。


 ◇◆◇


「おはよう、先生」

「はい、はよ」

「最初の頃の丁寧さはどこ行ったんだよぅ」

「犬に食わせたんだよ」


 教師寮から出て早数分、ちらほらと学生寮から出てきた生徒が俺に向かって挨拶をする。誰も彼もが眠そうだが、俺は毎朝素振りを欠かさずやっている為そこそこ目が覚めている。


 ノノもサボってねぇといいんだが…。

 素振りと、授業…二つの意味でそう考えた。アイツならきっと努力をしなくても強くなれるだろう。それでも努力を覚えれば、成長も早くなるだろう。


 今日は最初迷宮分野の授業だったな、とそちらの棟に身体を向け、進み始める。

 実技と迷宮・遺物の受ける棟が違うのは正直面倒臭い。わざわざ棟から棟に移動しなくてはいけないし、変則的な日だと二、三度それを繰り返す。


「あとで物申すか」


 フュリンに訴えてやろう、と心に決めながら、教材を持って教室へと急いだ。





「迷宮内部に魔物が湧く理由が何か分かる奴」

「はいー」

「マルマ」

「”理由は正確には分からないが遺物や迷宮を守るため”、です」

「そう、正解。暗記できてんな」


 前の世界でも明確な理由は分かっていなかった。

 迷宮に魔物が湧くのは最早”そういうもの”であり、そこについて深く考える事は意味のない事だと言われていた。それこそ、『迷宮の成り立ちを考える』という意味のない事を考えるという意味の言葉を生み出したくらいだ。


 迷宮は奥が深いし、救いようがないゴミだ。

 あれに潜れば、確かに一発逆転を掛けられるが他の方法で稼げるのならそれが理想だ。


「でも先生は文字書けるのに迷宮潜るんですよね」

「まぁ、な」


 確かに、文字を書ければ生活は安泰だ。

 仕事は降って湧くし、金にもしっかりと仕事をこなせば困らない。ただ、俺の場合は既に迷宮に魅入られている。逃げたくても逃げられないのだ。そういう者達が迷宮潜りで遺物漁りなのだ。


「お前らもあんまし迷宮に夢見んなよ。特に実技受けてる連中な」


 自分が強くなってくると、一種の無敵感を覚えてしまいがちだ。

 それがただ大海を知らないだけというのに気付けない。勿論、俺もそうだ。俺は弱い、ただそれ以上にまだ周りが弱いだけだ。

 前の世界の事を思い出せば、強者と言うのは無数にいる。それこそ、偶々そこらへんに転がっていたって可笑しくないのだ、――ノノの様に。


「…と言う所で今日は終了。次の俺の授業実技だから、受けてる奴は運動棟に行くように」


 そうして、授業をこなして一日が終わる。

 ほんの少しノノの事を気にしながら、偶に生徒会長(フュリン)副会長(ルイド)と学都落としについて話を進める。

 教師寮に戻れば、子供の身体のせいでもみくちゃにされども、基本は良い人ばかりだ。腐っているのは上層部だけであり、大人全員が俺達の敵と言う訳ではないのは有難い。


 教師寮の食事を口にし、自分の部屋に戻る。

 教師の日誌とやらをつけて、生徒の動向や授業についてを記す。明日やる授業の内容を確認してから、弱く輝く魔鉱石に布を被せる。光度的に朝にはもう光らなくなっているだろう。迷宮に魔鉱石は必須の為、こういう使用寿命は間違えた事がない。


 明日の夜にでも交換するか…。

 そう思いながら、ベッドに入る。子供の身体のお陰か直ぐに寝れるのはこの身体の良い点だ。しかし、眠りが深いのは欠点と言えるだろう。

 重くなる瞼を感じながら、俺は意識を手放した。





 ――朝起きて、素振りをしに行く。

 昨日と同じ面子の生徒が運動棟に顔を出し、一緒に汗を流した。

 各自寮に戻り、他の教師陣と一緒に朝食を取る。子供だからと言う理由で毎朝大量に飯を分け与えてくるのはやめて欲しい。


 教材を確認し、今日する予定の授業内容を確認する。

 昨日寝ぼけていたせいでするべき授業内容が間違っていた為、修正して寮を出る。


「おはよう、先生」

「おはよ」

「丁寧さがないなぁ」

「何度言うんだよ」


 昨日もそんなこと言ってたじゃねぇか。どんだけ丁寧さを取り戻して欲しいんだよ。

 今日は遺物の授業からだ、と教室に入り、準備を進める。そして、授業を始めようと生徒の顔ぶれを見た時――、


「…ぁ?おい、グーリュにルルノマに…あとその辺、お前ら遺物授業取り始めたのか?」

「?ライ先何言ってんすか。遺物じゃなくて迷宮分野でしょ?」


「…うぇ?」


 そう、だったか?

 おかしいな、俺が間違った?予定表を確認するが、今日の初めは間違いなく遺物分野だ。だが、俺以外の全生徒が今日は”迷宮”分野だという。

 なるほど、この予定表が間違えてんのかこれ。まぁ、複写の魔法でやったらしいし、凡ミスだろうな。


「悪い、勘違いしてた。んじゃ”迷宮”分野の授業を始めよう」


 俺はそう言いながら、黒板に文字を書き始めた――。





 ……なんか今日は色々と大変だった。

 授業が丸々一日ズレていたし、授業もどこかズレているようで認識を直すのが大変だった。教師生活で今日が一番大変だったんじゃねーか?初日よりも地獄だったぞ。


 はぁ、と溜息をつきながら寮に戻る。

 両端を固められ、頬を指で突かれながら食事をとり、自分の部屋に戻る。明日の最初の授業は何だろうか。俺の持っている予定表が違う可能性がある為、何とも言えないが流石に今日の一か所だけが間違っていると信じたい。

 明日の準備をし、薄く光る魔鉱石に布を被せる。


 ………?

 どこか、違和感がある。何か、忘れているような気がする。

 しかし、それを思い出すことはできず、仕方ないとばかりにベッドに入る。明日は失敗しないようにしたいもんだ。

 そうして、瞼の重みと共に―――。





 また朝を迎えて、同じ事を繰り返す。

 今日は全部の授業が終わったらフュリンに会いに行こう。ノノもそろそろ誘わないと拗ねるかもしれない。


 朝食を食べ、教材を持って寮を出る。


「おはよう、先生」

「―――」

「どしたの?」

「…はよ」

「えぇ~、最初の頃の丁寧さはどこ行ったんだよぅ」


 ……既視感(デジャヴ)

 いや、ここ二日全く同じ生徒に似たような挨拶をされる。これは、果たして偶然なのだろうか。だが、俺に別条は無いし、何か変わった点も見られない。


 予定表通りに運動棟に行き、生徒を待つ。

 ―――しかし、そこに誰も来ることは無かった。


「あれ、噂の子供先生じゃん。こんなところでどうしたんですか?」


 中級学生と思わしき団体が、各自武器を持って集まってくる。どうやら彼らは今からここで授業らしい。


「…あぁ、申し訳ない。授業予定を間違えたらしい」

「えー!?じゃあ急がないと!」

「あぁ、そう、だな」


 その生徒の言葉に従って、俺はいつも遺物や迷宮分野の授業をしている棟へと移動する。


「あ、ライ先!全然来ないから心配しましたよ!」

「なんかありました?」


 ざわついていた教室の扉を開けると、そこには見慣れた顔触れの生徒たちの姿があった。

 こつ、こつと足を動かし、教壇に教材を置くと目を抑えて、



「なぁ、今日の授業ってなんだ――?」



 それは、只の確認だ。只の確認でしかなくて、



「?今日は迷宮分野の”迷宮内部について”ってとこだって前回先生が言ってたんじゃないですか」


 ――その確認が、これほど恐ろしいものだとは思わなかった。


 既視感の正体、違和感の真相。

 それら全てが、脳裏に蘇る様に溢れ出る。

 …平和ボケしていたのかもしれない。俺は所詮、因果に囚われた者だ。これほどの平和に長く浸りすぎたんだ。



 つまり、俺は今…この一日を繰り返している――!


 ◇◆◇


 魔鉱石は、明日の朝には光らなくなる。それは絶対だ。

 にも拘らず、昨日の夜まだ薄く光っていたのに俺は気付けなかった。忘れていたんだ。その違和感に気付けなかった。


 夜、教師寮で薄く光る魔鉱石を見ながら、思案する。

 俺がもしも死んでいるならば、寝ている間だ。寧ろそこしかないのならば、分かり易いことこの上ない。

 早速子供の身体故の短所が突かれたわけだ。


 「――眠りが深い」


 子供の身体は不自由だ。前の世界では物音一つで起きられたのに、その程度じゃ起きられない。死んでも起きられなかったのならば酷いものだ。


 だが、今回は違う。

 己の死を自覚している。いつ死ぬのかを把握している。眠る夜から、起きる朝、その数時間の間にライという人間は死ぬのだ。ならば話は早い。


 ――起きていればいい。

 それだけの話だ。幸い、心臓は強く鼓動を鳴らし、辿り着いた真実を確かめようと躍起になっている。この状態で眠れるはずもない。寧ろ、どこかに身体を動かしに行ってもいい位だ。ベッドに座り、時間が過ぎるのをただ待つ。


 思えば、こんなにも遅くまで起きているのも久しぶりだ。

 子供の身体故と言うのもあるが、教師生活を始めて規則に縛られるようになったせいで夜更かしをしなくなったのだ。

 シルヴァ商会に住んでいた頃の、ノノに秘密で食べた夜食も、お嬢との夜の散歩も、全てが今はもうできない事だ。


 魔鉱石の光が弱まっていくのが見える。

 そして、それと同時に――、


「っ、…?……?」



 ――自分の身体が唐突に床に倒れ込んだことも分かった。

 ごぼり、と喉の奥から血の塊のようなものが零れる。

 攻撃を受けた?いや、違う。窓は空いていない。扉も鍵がかかっている。天井や床から侵入した形跡は無いし、既に内部に潜んでいる可能性も潰してある。


 無力感が襲う。何もできない。何一つ、得られない。

 生が一つ、無駄になる。声を出そうとしても、掠れて何も喉から出てこない。寧ろ、痛みと共に血の塊だけが零れ出て――、


 ぶくぶくと血泡が口から溢れ、せめて何かないかと身体を起こそうとし、それすらも叶わないことを悟る。


 この感覚を知っている。

 この苦しさを覚えている。

 幾度と無く踏み抜いたこの苦しさを、俺は確かに記憶している。これは、この感覚は、間違いなく――、



「…ど、ぉ…く…」



 ―――『毒』だ、と。

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