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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.2『学都騒乱』
22/33

私が私であるために

  

「よく来てくれたの、”奈落の英雄”。とりあえずゆっくりしていくのじゃ」


 ―――その言葉を発したのは間違いなく赤ん坊だった。


 …それも、()()()いて、()()()()をしていて、()()()()


「夢か何かか…?」

「つねろうか?」


 ノノが、俺の返答を待つ前に頬をつねってくる。

 痛い…つまりこれは夢ではなく、目の前の奇々怪々な存在もまた、この世に存在する何かであるという事実である。


「それもそうじゃろう!まずは自己紹介をしよう」


 虹色の髪をした赤ん坊はふよふよと中空を浮遊しながらこちらに近づき、まだ歯も碌に生えていなそうな口を動かした。


「儂はフュリン。生徒会長とやらをやっている。こう見えてもまだ百歳程度じゃ」

「…あー…?確かに()()()にしちゃ若い方か?」

「えるふ?」


 ノノが、フュリンと名乗る赤ん坊と俺の会話を聞き、小首を傾げた。


 ――エルフ。

 高慢ちきな奴が多い連中だ。だが、そうしてしまうだけの魔法技術が種族全体としてあるのが、またその性格を加速させる要因なのだろう。

 耳が長く、先が尖がっており、それにより空気中魔力を霧散させずに集めるのが上手いのでは、と言われていた。


「こうまんちき…」


 ノノが、こくこくと頷きながらフュリンと名乗った赤ん坊を見る。


「ふむ!中々我が種族について詳しいようだが、儂は()()()()()ではない」

「…というと?」

「儂は”外れ”じゃ。人間の婆と爺によって拾われ、育てられた。まぁ八十年ほど前に死んでしまったが」


 フュリンがふよふよとソファに身体を落とし、俺とノノもそれを真似する様に向かい側のソファに腰を下ろした。


「して、英雄。早速で悪いが、儂らに協力してはもらえんかのう」

「協力って何するの」


 フュリンの言葉にノノが聞き返す。

 そう、問題はその協力の中身だ。俺達も、自分で言うのは嫌だが分かり易く言えば”英雄バレ”している。下手に腹いせと言った具合に情報を撒かれては溜まったもんじゃない。


「至極簡単じゃよ。―――一緒にこの学都ルビラを(おと)して欲しいんじゃ」

「おと、す?…なんで?」


 ノノの呆けた様な声が部屋全体に響いた。


 ――…薄々、分かっていた事がある。

 この学都ルビラは、俺が知っているそれらとはどこか似ていて、どこか異なっている。その色々なところで感じた違和感が、今になってようやく完全に溶けた。


 そうだ、前の世界で読んだ書籍にはこうあった。

 ―――”子供が支配権を握り始めたのは、非常に歴史が浅い。当時の生徒会長が武力行使により腐り切ったお上を引きずり下ろした”、と。


 簡単な話なのだ。

 しかし、例えそうだとしてもこちらには関係ないと思っていたのだ。だから、言わなかったし、言えなかった。――こうなるまでは。


「腐り切った学都の上層部…、行方不明になり続ける生徒を救う為じゃ…!」



 そう、つまり俺達は今、その支配権争いに巻き込まれようとしている――…!



「…それに協力するこちら側の利点(メリット)は?」

「こちらがお主らの存在を流布しない。学生棟で授業を好きに受けて構わない、取り計らう。最後に、()が何時如何なる時も味方になろう」


 一つ目の利点は当たり前だ。それが無くては始まらない。

 二つ目は単純(シンプル)でいい。部外者棟よりも学生棟の方が良い授業を受けられるだろうし、金がかからなくなる。

 しかし、三つ目はどうなのだろうか。確かに過去の文献では、”当時の生徒会長が武力行使をした”とあった。その生徒会長が、目の前にいるフュリンなら大きな力となるだろう。


「――儂の力が分からないといった具合じゃな」


 その通り、と言った具合に俺は頷く。

 本当に目の前の赤ん坊のフュリンが、文献にあった”当時の生徒会長”ならその強さは相当の筈だ。寧ろ、俺達の助けなんていらないくらいに――。



「――…はっきり言おう。今の儂は、あんまし強くない!」


「そっか」

「…ぁあ?」

「い、色々あるんじゃよ。あと五年くらいしたらのぅ…」


 ”あと五年”。

 その言葉で、俺の頭の中で一つの知識に光が当たる。


 前の世界で、仲間だったエルフが酒に酔った勢いで色々と話していた。その話は実に興味深く、今に至るまで鮮明に覚えているほどだ。

 その知識の名は――、


「”エルフの成長法則”…!」

「…お主、何処でそれを…!」


 ――”エルフの成長法則”。

 至極単純な法則だ。

 エルフと言う種族は、丁度百歳になった機会(タイミング)で覚醒する。

 魔力が爆発的に増え、天才的な技術を会得する。更に多くの属性を操れるようになり、正に話によく聞くエルフそのものと化すのだ。


 フュリンがあと五年と言ったという事は、奴の年齢は九十五歳、つまりまだ百歳にすら到達していない覚醒前のエルフだ。


「…お主がそんな事まで知っているとは驚きじゃ。だが、分かったじゃろう。儂は()()それほど強くないのじゃ」


 フュリンは少し俯くが、すぐにばっと俺達の方を見て、


「だから!…だから、”奈落の英雄”と呼ばれる子供のお主らに協力して欲しいのじゃ。頼む、共に戦ってはくれぬか…?」


 その切実な問い掛けに――、



「―――いいよ」



 凛とした声が俺の耳朶を震わせた。

 隣を見ると、いつになく真剣な表情をしたノノが、フュリンをじっと見つめていた。

 俺はそんなノノを値踏む様に凝視する。しかし、ノノはそんな俺の視線なんて気にしないと言うばかりに、




「――きっと、ここで断ったら私は…私じゃなくなる」




 ――俺はきっと英雄になれない。

 ノノの言葉を聞いて、どうしようもなくそう思ってしまった自分がいる。損得でしか判断できない自分がいる。

 そして、それ以上にやはりノノはあの”戦乙女(ヴァルキリー)”なのだ、と安心してしまった自分がいた。


 はぁ、と溜息をついて頭を掻く。

 現状、立場が上なのはこちらだ。あちらもこちらが不利になる情報を持ってはいるが、今フュリンが話した内容をそのまま持っていけば、不利になるのは圧倒的にフュリンだ。


 だからこそ、断るのも容易だった。だが、そういうのはなしだ。


「――…だそうだ、フュリン。こいつがこう言うなら俺も付き合うよ」


 親指でノノを差しながら、仕方が無しと言う様に答える。

 その回答にフュリンはぱぁっと嬉しそうな笑みを浮かべ、ふよふよと俺とノノの周りを浮遊して、喜びの言葉を口にした。


 ちらとノノを見ると、奴はいつも無表情の顔を少しだけ笑顔に歪ませて嬉しそうにはにかんでいた。


「まだ自己紹介をしてなかったな、俺はライ。英雄は無しだ」

「私、ノノ。英雄はライ君で、私は違う」


「うむっ、うむっ!改めて、フュリンだ!よろしく頼む、ライ、ノノ!」


 ◇◆◇


「直ぐに動くことはできない。取り敢えずはライ、ノノ。主等(ぬしら)を学園にねじ込む」


 これは後々面倒臭い事にならない為だ。

 もしも、この先も英雄絡みの事が起きて、その時に”部外者でありながら学都ルビラに頭を突っ込んだ”とあっては、便利屋扱いされかねない。


「ノノ、お前魔法だぞ」

「ぐぅ」


 きっと、ノノはこんな事しなくてもいつしかは自分で魔法に辿り着く。

 それでも、それに辿り着くのが早ければ早いほど、成長は大きく強くなるものだ。俺がこいつから離れるまでは色々としてやらなくては。――そう、お嬢にも言われたしな。


「ふむ、魔法か!ならば魔法棟の方のクラスに転入生として迎えるよう取り図ろうぞ」

「そりゃいいな」

「よくない…」


 ノノは俺以外の友人が少ない。

 ベリルさんの依頼の時に一緒に依頼をこなしたアレイ、ウィン、ソーニャとは友達になれたようだが、あの依頼以来数回しか会っていないし、奈落都市に戻れなくなった為、別れの挨拶も出来なかった。


 まぁ、俺も友人の数の少なさはノノとほぼ同じようなものだ。

 アレイ、ウィン、ソーニャに加えて、奈落都市の教会にいた司祭、フィア、修道女見習いのガキ共くらいだ。どんぐりの背比べだが、俺と違ってノノはあまり口数が多い方ではない。そこら辺の改善も、学園には求む。


「して、ライ。主はどうする?」


 …そう、問題はそれだ。

 俺は特に受けたい授業がない。

 魔法や学問の授業は前の世界で高い金を払ってここで受けた。中々勉強にはなったが、結局魔法は使えないし、学問も武器を振るう仕事の為、使う機会は少なかった。


 実技の実践的な授業も、ガキの身体を使いこなしてきた今、下手な教えを身体に取り込んでぐちゃぐちゃにしたくない。


「一緒に魔法行こうよ…」


 ノノが、くいと服の裾を引っ張ってくる。

 俺はもう魔法の知識については理解してるし、適正も無いから良いの。お前はまず魔法の理解が足りないんだから色々学べ。

 そう言うと、ノノは「ぐぅ」と俯いてしまった。


「…そうじゃのう。ライ、お主、講師でもやってみるか?」

「講師ぃ?んだそりゃ、俺はノノだけで手一杯だぞ」

「そのノノも、暫くは魔法を習うんじゃ、負担にはならんじゃろ」


 フュリンはそう言って、俺の前に幾枚かの問題が書かれた紙とペンを用意した。それらは、それぞれに簡単な計算、文字の読み書き、迷宮や遺物の成り立ち、種族の成り立ちや特徴と言った幾つかの分野に別れたものだった。


「どれ、解いてみぃ」

「んな適当な…」


 俺は仕方ないとばかりにペンを握って問題を読み始める。…というか、これまず文字の読み書きが出来ねぇと問題も何も出来ねぇじゃねーか。それなら文字の読み書きの問題は必要ないだろうに。


 ノノが隣から紙を覗き込み、ちんぷんかんぷんと言った表情を浮かべる。

 俺はそんなノノを尻目に見ながら、ペンを走らせるのだった。




「…ふむ、迷宮や遺物の類はほぼ正解、種族の成り立ちや特徴も正答率は高い。文字の読み書きは勿論、計算も難解で無ければ問題ない、と…高性能(ハイスペック)じゃの~!」

「難しい分野の問題を出してこなかっただけだろうが」


 実際、経済学や宗教関連は俺はさっぱりと言っていい。常識的な部分のみは知っているが、深いところは何一つ知らないのだ。


 その後は、フュリンが部屋の家具を全て浮かせて端に寄せると俺とノノで武器無しの組み手をするように指示された。

 奈落都市の朝に素振りに飽きたノノとよくやっていた事だ。お互いの癖を読み合う勝負――、まぁノノが俺に勝ったことはまだ一度も無い。怪我をした左腕は多少痛むが、普通に動かす分には何の問題も無い。


 いつも通り組み手をし、今回も俺の勝ちだった。

 少し膨れっ面のノノを手を握って立たせると、フュリンの方を見る。


「ふむ、実技も問題なしっと。なるほど、それならライ。お主には”実技”と”迷宮”、”遺物”の授業に講師として入って貰おうかの」


「…あのなぁ、フュリン。流石に生徒会長のお前でもただのガキでしかない俺を講師にするってのは流石に無理が―――」






「―――と言う訳で、本日より着任しました…。実技、迷宮、遺物分野の授業を担当するライです…」


 どうして…。

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