第83話 一口食べて
「ん~! おいし~!!」
今回のバスフェーに合わせて用意されたレキュアト。
外見的に一番近いのはおそらくガレット。
ドライフルーツとの組み合わせは実際かなりいい。
さすがに期間中毎日食べられるような価格設定ではなかったが。
「ね、キリハのはどうだった? 味、違ったよね?」
「酸味が効いて――ああいや、少し待ってくれ。一通り具が乗っている辺りを……っと。とりあえず、このくらいで」
「ぁむっ」
ちょっと待て。
「ほんとだ、甘酸っぱい感じ。私、これも好きかも。ありがとう、キリハ!」
「「「………………」」」
「あ、あれ?」
あんないい笑顔を見せられてもこの状況では素直に受け取れそうにない。
普通に受け取ってもらおうと思っていたのに。
まさかそのままかぶりつくなんて。……高さからでも察してほしかった。
「みんなどうしたの? すごい顔してるけど……」
「いやだって……なぁ、トーリャ?」
「オレに、振るな」
「もしかして見せつけるために呼ばれた?」
「考えてみろですレアム。アイシャにそんな計算高いことできるわけねーですよ」
酷い。酷いがあながち間違ってもいない。
実際、そんなつもりで呼ぶような性格はしていない。生活しているからよく知っている。
そもそもメリットがない。咎めるならもう少し他の言い方にしてほしかった。
「あっ、ごめんね? ちゃんと拭くから。さっき貰った紙だけど……」
「そうだけどそうじゃない、です」
「ほら貸しなさい。自分の落としたらもったいないでしょ」
ナイスフォロー。
別に手の心配なんてしていない。
そもそも掴んでいたのに今更な話だろう。
「わたしももらっていいですか? おいしいんですよね、それ」
「そいつからばっかり取ってどうするのよ。あたしのわけてあげる。味は同じだから」
「……そういえばそうでしたね。キリハさんが選んだあと言ってましたもんね」
「か、関係ないでしょ!?」
また別の火種が。
こうなった時の対策は一つ。なにも余計な事を言わない。
「でもいいんですか? こんなことしてて。さっき言ってた絵だって見つかってないのに」
「変に考えても仕方がない。下手に動けば警戒される。ある程度は協会と警備隊に頼むしかない」
犯人がこの町にいるかも分からないというのに。
「それに、俺がそいつだったらもうどこかで処分している。本人達には言えなかったが見つからないと思った方がいい」
「……あんまり、です。頑張って描いたもの、なのに」
「展示できないようにしたいんだったらその場でやっちゃえばいいじゃないですか」
「その場に留まりたくない理由でもあったんだろう。……運び役の足取りが途絶えた区画だけでも分かればまだやりようはあるんだが」
「その場所まで飛んでいくとか言わないでくださいね?」
「他にどうしろと。さすがにトレスより先まで《小用鳥》は飛ばせない」
「そこまで届くだけでもやばい、です」
それにしても、何故どこからも連絡がなかったのだろうか?
個人が運搬しているならともかく、上司か誰かが定期的に連絡を取り合っていた筈。
メモ書きくらいなら伝えられる仕組みも構築されている。
まさか知らないだなんてことはないだろう。
そして前日の夜から展示を始めるのであれば遅くともその時点でストラまで搬入されている必要がある。
つまり、それより速い時点でトレスかルーラか……とにかくどこでもいいから近くの町を経由しておかなければならない筈なのだ。
絵を紛失してしまった二人の居住地はそれぞれリーテンガリアの端も端。
当日の朝着けるようスケジュールを調整していたと聞く。
途中の町で馬車の行方を尋ねていればまた変わったのかもしれない。
しかし今までそういった話は特になかったとも聞いている。それなら疑わなくてもおかしくはない。
ストラへの入出記録。本人の証言。
付近の町から手を広げていったとして、特定にどこまでかかるか……
「なに辛気臭い顔してるのよ。せっかくおいしいもの食べてるのに」
「真面目な話をしてるんですー。嫉妬のリィルはちょっと静かにしててください」
「んなっ……はぁ!? 誰がそんなこと!」
「分かってる顔、です」
「ですよね、マユもそう思いますよね? さっきアイシャがキリハさんの手を食べたときだってすごい顔してたじゃないですか」
「違うわよ!! 変なこと言わないでくれる!?」
「私そんな怖いことしてないよ!?」
おい逃げるな。逃げるなレイス。
バスフェーで賑わっていて本当に良かった。多少大きな声を出しても誰も気にしていない。
「……なんかごめんなさい。キリハさん。めんどくさい子で」
「いや、別にめんどくさいということはないだろう……? そもそもユッカが悪いわけじゃない」
「朝の特訓もそれくらい優しくしてくれません?」
「どうした急に。そんなに全身筋肉痛コースを味わいたのか」
「キリハさんの故郷で優しいと残酷って同じ意味なんですね」
「冗談だ」
まさか本気でやるとでも?
俺の時と違って休憩時間もない。
将来的にそのくらいのメニューになる可能性まで否定するつもりはない。
だがそれはユッカがその内容を十分こなせるようになった後の話。
いつも言っている筈なのだが。
「やめてよ? ユッカに変なこと教えるの。ただでさえあんたに影響受けまくってるのに」
「いいじゃないですか別に。アイシャとの話はいいんですか?」
「話題が変わったから戻って来たみたい、です」
「そ、そんなつもりじゃなかったんだけど……あはは」
「大変だなー色男は」
「誰がだ。そもそもお前は人の心配をしている場合じゃないだろう?」
「おまっ、やめろって! くそ、反撃ありかよ……!」
「むしろないと思ってやがったですか。おめでてー頭ですね」
明らかに向こうは気付いていたがそれはそれ。
最低限周囲への警戒は続けつつ、打ち合わせ通り空いた時間を狙って支部に顔を出せば――
「……げ」
とうとう血迷ったか。
「どうした? 今、随分嫌そうな声が……」
「それでいい。それでいいから後を頼みたい。ちょっと野暮用を思い出した」
「お、おい!?」
「すぐに戻る!」
その予定があるなら先に言っておいてくれと伝えたのも忘れたか。
一語一句覚えているとかいう話はどうした。
「死ぬほど人混みが苦手なくせに何を考えているんだあいつは……!」
伝えたいことがあるにしたって、何も直接出向くことはないだろう。
「――彼はどこに行きましたか!?」
キリハがどこかに行ったって聞かされただけでもびっくりだったのに、いきなり声をかけられたときはもっとびっくりだった。
「えっと、サーシャさん……でしたよね? どうして……」
この前、キリハが言ってた。[ラジア・ノスト]の人が勧誘に来たって。
ちょっとだけ話したこともあるけど、あんまりよく知らない人。
キリハは断ったって言ってた。
その話を聞いたときから、なんだかずっとモヤモヤしてる。
(キリハと離れるのは嫌だけど……それでキリハの邪魔をしちゃうのも……)
キリハはそんなことないって言ってた。
(……大丈夫、だよね?)
絶対、絶対に嘘なんかじゃなかった。……きっと、大丈夫。
「キリハ君なら用事を思い出したとか言ってどこか行きましたよ? まさか気付いてなかったんですか?」
「そんなわけがないでしょう!?」
思い出したって言ってたけど本当なのかな……?
教えてもらったけど、何かに気付いて慌てて向かったみたいな……そんな感じがした。
でも、キリハが急いで会いに行くって一体……昔の友達?
絵を隠した人のことは分からないってさっき言ってたし、違うよね。きっと。
「見失ったから行き先を聞きに来たんですよ! 何故誰一人として把握していないんですか!?」
「うわっ……」
「それが[ラジア・ノスト]のやり方ですか」
「キリハのことつけてたの……?」
「悪い人みたい、です」
……入らなくてよかったかも。
ほんとはサーシャさんが来てちょっとだけほっとした。
キリハが急に[ラジア・ノスト]に入りたくなったわけじゃないって分かったから。
「ひ、ひっでぇ……」
「平常運転でしょーが。特にアイシャは」
「わ、私?」
私そんなに変なこと言った?




