第84話 絵に描いた餅
「……なんとか撒いたか」
余計な手間をかけさせてくれる。
多少ダミーも設置しておいたからすぐには見つからないだろう。
何故かアイシャ達のところへ向かったようだが。
「スカウト役のついでに探偵でも兼任しているのか? あの人は……」
ただ勧誘するだけならあの尾行能力は必要ない。
魔道具の力も借りていると思うが、それにしたって過剰だ。
あの見慣れない術式も、おそらくは。
「また妙な組み合わせを思いついたものですね。冷静な姿を演じすぎて禁断症状でも出ましたか?」
「演じてない。別に演じてなんていない。誰がボケ役だ」
「……重症ですね」
失礼な。
町の中心から離れた一区画。
通りと通りを繋ぐ小道や広場にも店が出ているおかげで話せそうな場所を探すだけでも一苦労だった。
この場所にもいずれ警備隊が巡回に来るだろう。長居はできない。
こんな美人がいれば嫌でも目立つ。
「それで? 今度は何があったんだ。わざわざ苦手な人混みの中をお前に突撃させるだけの理由があるんだろう?」
「ええ、真面目な話を少々。アレの事は聞いているでしょう?」
「リィルが会った、と。やっぱりあいつだったのか」
いつもの『きまぐれ』でないことくらいさすがに分かる。
そのつもりなら開口一番に『多少見て回るのも悪くないと思って』とでも言っていただろう。
「予想通り、まだあなたの前に姿を見せてはいませんか。今回ばかりは予想を裏切ってくれてもよかったのですが」
「……話もしていないのか? 一体いつから。多少距離が近い程度で文句を言うようなやつもいないだろうに……」
「そういう問題ではないんですよ。今は」
否定の言葉はなかった。
当然あの占いもあいつの独断。そのメリットがどこにあるのかはさておき。
わざわざ真面目な話とまで前置きして持ち出したくらいだ。相当拗れているのだろう。
(だが、あの二人が? そんな厄介な状況になるようなことがあったとでも……?)
多少意見が食い違うことこそあれど、本格的に関係が悪化するとはとても……
「あなたの件で少し揉めましたから」
「……は?」
だが見落としていた。
おそらく唯一、最大の要因を。
思い返せば妙だった。
アイシャ達の護衛を頼んだ時以外、基本的に話題に上げることもなかった。
それ以前、地球にいた頃もイリアの方から話題に出すことはほぼなかったが、状況が違う。
もっと早く気付くべきだったのだ。
そういう意味ならあの時のアイシャ達の言葉も正しかったと言える。
「私が準備を進めていると気付かれた時に一度。その後、まだ私が諦めていなかったと分かった時に一度。その後は……もう覚えていませんね。あなたを送り出す直前まで一貫して反対の姿勢を貫いていましたから」
「おいおいおい……」
どうしてそんなことに。
反対した理由もイリアの立場的な問題だけではないように思える。
勿論それも一つだろう。
あの戦いは、連中にとってプラスにもマイナスにもなり得るもの。
最終的に反対意見が消えたのもおそらく俺のままなら確実に御せるからというもの。
だがその前提は俺にとっても好都合だった。
俺が最低限妙な真似さえしなければ、イリアに危害が及ぶ可能性は格段に落ちる。
向こうからも、所かまわずかみつく輩でない程度の認識はある筈。
危うさを孕んだバランスの上に成り立つ関係だった。
「どこが少しだよ。日常化してないだろうなそれ。よりにもよってあいつと対立してそのままだったのか?」
「対立と言うほど険悪なものではありませんでしたよ。あなたの周りに手を出していないのがいい証拠でしょう」
「そもそもあいつがするわけないだろう、そんなこと」
この前のちょっかいのような軽いものはもちろん例外。
必要に応じて冷静な判断を下してくれるが、芯から冷たいわけじゃない。
どちらかと言えば気さくで、そういう意味でもイリアとはかなり違う。
「……私にもその程度の信頼は寄せてもらいたいものですね」
「しているとも。特に、諸々の理由を差し引いてもお前が絶対にアイシャ達の前に顔を出さないという信頼を」
「それを信頼というのであれば私にもありますよ? あなたがあれらとの関係にしばらくは四苦八苦するという信頼が」
間違っていないだけに反論できない。
こんな調子だから色々言われてしまう。頭では分かっていてもどうしようもないのだ。
「あれの存在に思うところもあったでしょうに。……それはそうと、彼女達が私との関係を知った時の反応が楽しみですね?」
「絵に描いた餅は食べられないんだがな」
「試してみましょうか。本当にできないか」
「力の無駄遣いはヤメロ。本物を作り出すんじゃない」
その気になればほんの一瞬で用意できてしまうから余計にたちが悪い。
だがしばらく顔を出さないのも本当だろう。今に始まった事でもない。
「ああそうだ。餅じゃないが、このくらいなら。名前は忘れたが味は保証する」
「あら、用意してくれていたんですね?」
「今日来ると分かっていたらレキュアトも選んでおいたんだがな」
「構いませんよ。あなたが不審に思われるだけでしょう。それとも、食べさせてくれるんですか?」
「こんな食べ残しじゃ味も分からないだろう。……明後日の午後は?」
「あなたが誘ってくれるなら全てを後回しにしますよ?」
「管理役としての責務だけは全うしてくれ。頼むから」
むしろこれが通常運転。一番ひどかったころに比べたらかなりよくなった方。
ドライフルーツクッキーとでも言えそうなお菓子。
口に運ぶ些細な動きさえ人の目を自然と引き付ける。
「それで? 今も冷戦同然の状態が続いているわけだ」
「大袈裟ですよ。最低限こちらの指示に従っているのなら構いません。あれにも思うところがあるのでしょう」
「変に抱え込んだりしてないだろうな……お前みたいに」
「あなたらしからぬ勘違いですね。私がいつそんなことをしたというんですか」
いつだって? 今もだろう。
なんて、言ったところですっとぼけるだけか。
「お前はお前で本当に相変わらずか。今更隠す事でもないだろう。……だが分かった。次あいつに会う時は一〇〇発殴られるつもりで向き合うことにする」
「させませんよ。手を上げようとしたその瞬間に連れ戻します」
「おいヤメロ。悪化する。そんなことしたら確実に状況が悪化する」
分かって言っているだろうイリアお前。
話す機会を妨害された、なんて事になったらもういよいよ手に負えない。
俺だけでその場を収められる気がしなかった。
「では見逃せと? あなたも酷なことを言いますね」
「今こうしてこの世界で生きているんだ。ほとんど俺の問題みたいなものだろう」
「……あなたは相も変わらず……さほど余裕もないでしょうに」
「そのくらいはどうにでもなる。いや、する。少しばかりイリアの手を借りることもあると思うが、その時は頼んでもいいか?」
「言い出したのは私でしょう。それよりその目……どうやら、本気のようですね」
「当然だろう?」
当時は迷惑も散々かけた。
リィルの話ではないが、頼りにもしていた。
「何より俺の我儘だ。あいつとは個人的に話したいこともある」
「あなたのその言葉だけでも十分に響きそうですね」
「チョロすぎか。ないだろうさすがに」
ない。絶対にない。
そのくらいの事なら今まで何度も言った。今更動揺するものでもない筈。きっと。
「そもそもどうやって伝えるんだ。誰かさんみたく年中監視しているならともかく」
「見守っている、と言ってもらいたいものですね。私をなんだと思っているんですか」
「やっていることは何も違わないが?」
どうしてこの悪癖だけは治らないんだろう。
ただ一点、この一点にだけ限れば力を取り戻さなくてもよかったと心底思う。
これなら同じ部屋で生活していた方がまだ健全だ。
「それと、念の為。あれも似たような事はしていますよ、おそらく」
「……冗談だろう?」
「私があなたに嘘をつく筈がないでしょう?」
あいつが? よりにもよって? ……なんの悪夢だ。
「そんなところまで似なくてもいいだろうに……」
「一言余計ですよ。桐葉」
……話さなければならないネタが、一つ増えた。




