第39話 現れた男は
「あーあー、勢揃いだなこりゃ。よく来るよこんなトコまで」
「そこまで言わなくてもいいだろう。しかし、どうやってここまで……ストラからこの場所までかなりの距離があった筈だが」
「あ、うん。なんかたまたまトレスの方に用事があるって人がいてね? 話も聞いてたみたいで、馬車に乗せてもらって来たの」
馬車?
確かに早いだろう。トレスまでなら最悪、休憩なしでもいける。
だがやはり計算が合わない。飛ばしても半日はかかる筈。
それに、この違和感。何か力を使われたような……
「いいじゃんか、そんなの。それよりレアムは? いないのかよ?」
「警備隊がトレスに連れて行ってくれている。すぐに目を覚ます筈だ」
「あ、結局ここにいたんですね」
「?」
何の話だろう。
まあいい、今はルーラにいる親玉が先だ。
「向かうのは俺とリットと、それから――」
「その必要はないよ」
どこからともなく響いた声。
見上げると、そこには黒髪をかき上げた男。
どことなく中性的な顔立ちではあるが、間違いない。
「さすがって言うべきなのかな。天条――……いや、今はキリハだったね。衰えたことを考えれば十分過ぎる成果だ」
「いきなり現れた挙句名乗りもせずに人の批評か。いい気なものだな」
「勘違いしないでほしいな。僕は君と敵対するつもりなんてない」
「こんな事件を引き起こしておきながらか? 笑わせるな」
アイシャ達の間に動揺が走る。振り向かなくてもはっきり伝わって来た。
このタイミング、さっきの発言。他にあり得ない。
何よりズクロから聞き出した情報とも合致していた。少なくとも見た目だけは。
「んー、あながち間違いではないんだけど、僕に全面的に非があるような言い方をされるのはなぁ……」
「身体の主が元々やっていたことだろうと知った事か。止める手段がなかったとは言わせない」
「まあそれはそうだね」
男は悪びれもせず開き直る。
そのふざけた態度には覚えがあった。
教団を統治する側、とでも言えばいいのだろうか。
魔戦の長期化・深刻化の元凶とも言える神が新たに作り出した配下。
あれらの中の誰かというわけではない。もうどこにも存在しない。
しかしよく似ている。著しく悪い意味で。
「だ、誰? キリハの知り合い?」
「まさか。こんな知り合い、居てたまるか」
知り合いだったら止めていた。
それでも聞かなければ最悪、武力行使に発展していただろう。
しかしこの男の事を俺は知らない。今日、初めて会ったばかり。
「じゃあ分かってる範囲でいいから説明してよ。なんなのあいつ。あんたの事知ってるみたいだけど」
「大方故郷にいた頃の噂を聞いたんだろう。他はさっぱりだ。それより後ろに。何を仕掛けて来るか分からない」
「君以外に用はないよ。こんなところで会うことになるとは思わなかったけど」
「背中に着けた機械の照準を合わせておきながらよく言う」
可変式のアームの先端。おそらく小型砲。
本来この世界には存在しないであろう代物。
弾速。威力。そのどちらをとっても大きな脅威となるのは想像に難くない。
「あくまで牽制用だよ。邪魔されたくないからね」
「邪魔だと? 呑気に話し合いがしたいとでも抜か気か」
「そうだよ? 何か問題でもあった?」
「寝言は寝て言え」
小型砲は全部で三つ。
そのうち二つが俺に向けられている。
他にも何か武器はあると見た方がいい。
例えば右手の奇妙な筒。このタイミングで取り出して何もない筈がない。
「……参ったな。ここまで怒りを買うつもりはなかったのに」
「白々しい。戦う気でこの場に現れたくせに」
「まあね。今回、君との戦闘は避けられないと思っていたよ。僕らとは相容れない存在だろう? 君は」
「ああその通りだ。こんな行動を黙認できるような連中と意思疎通できる気がしない」
「……君らしいね。実に君らしいよ」
男の本体――上位存在とみられることの多い者全てと敵対した覚えはない。
警戒こそされているだろうが、俺の方から手を出さないという『確信』が向こうにはある。
「念のために聞いておくけど、このまま終わらせるつもりは?」
「ない。少なくともお前がのっとっているその男の身柄は抑えさせてもらう」
被害者の搬送が終わった後で本当によかった。
おそらくそのタイミングを見計らっていたのだろう。癪だがそれだけは感謝しなければならない。
「き、キリハ? なんでそんな……」
「いいから下がりなって。ほら皆も。太刀打ちできる相手じゃねぇよあれ」
この場所にあの男の本体はいない。
それは分かっている。いずれは戦うことになるだろう。
「……残念だな」
だからこそ、今はまず。
「本調子じゃないからって、手加減はしないからね」
「思い上がりも甚だしいな」
この乗っ取りをどうにかしなければならない。
踏み込んできたかと思えば姿は目の前。
魔力の刃が受け止めたのは一筋の光。光線状の剣。
レイピアよりも太い。
その重さが《魔力剣》にのしかかる。
押し返した時にはもう部屋の奥まで引いた後。
(遠い……)
おそらく男によって捻じ曲げられた。
広さは先程の約五倍。広間の外に出たアイシャ達は影響を受けていない筈。
この手の能力を見たのは初めてではない。あの連中の力としては飛び抜けて珍しいものでもない。
「《魔斬》」
一気に距離を詰めると今度は上に。
飛び上がったまさにその瞬間、光が地面を貫いた。
男の行く手を遮る筈の《氷塞》は両者の足場となって一度の衝撃で崩れ去る。
すれ違いざまに二つの刃が粒子を散らして混じり合い、短い筋が現れては消えていく。
すぐには切り返さず《魔斬》を放つと、たちまち炎に包まれた。
それを払うと今度は雷が迫る。
弾き飛ばした直後に氷の礫を降らせたが、円を描く双刃刀に全て切り刻まれる。
そしてやっと男を土の柱に抑え込むことに成功した。
「……思った以上に力を失っているようだね」
「場所を考えたまでの話だ。それに、負けたのはお前だろう」
「まだだよ」
しかし男は不敵に微笑む。
負け惜しみ。そんな考えはすぐに捨てた。
「こんな時間をすぐに終わらせるなんてもったいないじゃないか」
その証拠はすぐに現れた。
力で高速を破った男の右手から伸びた光の柱が証明した。
ブレる事なく伸び続け、壁を貫いた光が。
(今の光……!)
あの能力を。
いつ、誰が、どこから。
全くと言っていいほど分からない。
「フフ、少しは驚いてもらえたようだ。苦労した甲斐があったよ」
「ああ。模造品にしてはよくできている」
受け止めていた剣を振り切り、その勢いで遠ざかる。
俺が知るそれに比べれば幾分劣る。どれだけ高く見積もっても初めて相対した頃よりは上。その程度。
しかし決して油断のできるものではない。全く同じというわけでもないだろう。
「まったく手厳しいなぁ……一体オリジナルのどこを評価しているんだい?」
「誰があんなもの。お前のそれが更に劣るというだけの話だ」
それ以上、余計な言葉は要らなかった。
三日月と光の柱。
洞窟内を照らす暴力は初撃以外、地面に触れることなく霧散する。
鋭角を描くように切り返す光線。
あえて衝突し、勢いを増して飛ぶ斬撃。
「《吸奪》……!」
消えかかった斬撃を《魔力剣》ですくい上げ、新たな《魔斬》に変えて撃ち出す。
一方、二つの光がぶつかり枝分かれさせ数を増やしつつあった。
魔力消費を抑える以外のメリットもあった。
一度、そういうものとして形を変えた後。一から放つより威力を高めやすい。
細分化した光線も交差し斬撃を抉る壁となる。その代償に数を減らしながら。
「っ、へぇ……」
次第に男の顔に焦りが見え始めていた。
何か仕掛けてくるとしたらこのタイミング。
光線は次第に俺を狙いに変えていた。
左右、上下、垂直――更には交差し複数の三角を同時に作り出す。
残されたのは僅かな隙間。そこへ新たに光が降り注ぐ。
細分化を繰り返す以上、一発一発の威力は知れている。発射直後でなければ《吸奪》のコストに見合わない。
それも《魔斬》が次第に押していく。
「……こんな手は使いたくなかったけど」
男の呟きが耳に届いたのは、おそらく偶然。
(今になってまた拡張を……!?)
すぐさま《加速》をかけたが距離が縮まらない。
その間にも可変式のアームが伸びる。照準を変えないまま。
「……こんな屈辱を味わうくらいならいっそ消えてもらうよ。彼女達には」
「……は?」
意味が分からなかった。
屈辱? 誰が?
「仕掛けられるタイミングは幾らでもあった筈だよ。なのに君はしなかった。……それどころか、彼女達へ向かう攻撃を優先した」
収束していく光。男の狂気が集約される。
俺にとっては当たり前。むしろ、そうしない理由がない。
「こんなことが許されていいものか。……恨むなら自分を恨むことだよ。天条桐葉――!」
とうとう放たれたレーザー。
剣先から伸びるそれより細く速く、しかし威力に欠ける。
「このっ、《魔力槍》――」
ギリギリでも間に合いさえすれば――!
「――はぁっ!!」
しかし、魔力の槍が光を防ぐ事はなかった。
「っはぁ、はぁ、はぁ……っ! させませんよ、そんなこと……
っ!」
弾いたのは、少女の短剣。
「……なんだい? 君は」
咄嗟に前へ出たユッカの、渾身の一振りだった。




