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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
II 歩み出すリヴァイバー
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第38話 逃げ道はなく

(チクショウ……チクショウ、ドチクショウが!)


 降り注ぐ紅蓮の雨を掻い潜るズクロ。

 必死に走り回る一方、苛立ちは全く収まらなかった。


(なんだってんだ……なんだってんだよあの化け物は!)


 突如現れ、瞬く間に場を支配した黒髪の少年。


 何が起こったのか分からなかった。

 強烈な眠気に襲われ、気付けば手下が一人残らず倒れてしまっていたのだ。

 足をナイフで斬りつけ痛みで意識を取り戻しはしたものの、状況は全く改善されていない。


 唯一記憶にあるのは少年が口を動かしていたこと。

 それが魔法だということは分かっても具体的な種類が分からない。


 炎が燃え上がるわけでも、辺り一面が凍り付くわけでもない。

 たった一瞬にしてズクロを除く全員が眠りに落ちてしまったのだ。

 そんな魔法をズクロは知らない。直径三〇メートルを超える空間全域に広がるとなれば猶更。


 しかしズクロにとっての悪夢はそこで終わらなかった。


(予備動作も詠唱もなしに魔法を放つ! こっちの駒を簡単に吹っ飛ばしやがる! なのに魔力はこれっぽっちも減りゃしねぇ!)


 襲撃への備えをしていなかったわけではない。

 冒険者の部隊が制圧に派遣されることも考え、魔物を手なずけもしていた。

 その数は百。多くはないが、地形を利用して時間を稼ぐ。その筈だった。


 しかしその魔物の姿はない。少年によって一匹残らず魔結晶へと変えられていた。


(連れてきた連中を人質に取ろうとしたら一歩も動かずに魔物を切り刻む! 防壁で囲うなんてセコい真似しやがって……!)


 馬のようなその魔物は最後の切り札となる筈だった。

 ズクロがそれを受け取った時、そう聞かされていた。

 ストラに現れたゴブリンの変異種を大きく上回る個体だと。


 誇張はあったかもしれない。だが、低級の魔物を容易く蹴散らすだけの力を持っていたのは事実。

 それすら、一撃で。最早ズクロに打つ手はなかった。


(今この辺りに特級はいない筈だろうが! 大体あんなインチキ、あの“精霊騎士”だってできやしねぇぞ!)


 単純な威力を比較する手段をズクロは持たなかった。

 速射性や弾速。何より、減らない魔力。

 それら全てが合わさった結果、ズクロにこれまで感じたことのない恐怖を与えていた。


 ズクロも“精霊騎士”と呼ばれるその人の戦いを間近で見たわけではない。

 しかし、見たことがなくてもその戦いぶりを簡単に想像できてしまう程に噂が流れていた。

 曰く、剣を一振りするだけで山を更地に帰る。

 曰く、魔法使いが千人集まっても彼女の技には及ばない。


(一体こいつは誰なんだよ!)


 しかしこの場所に現れたのは名前も知らない冒険者。

 ありきたりな皮装備。それ以外、武器すら持っていなかった。

 魔物との戦闘を考えれば心許ない。他の装備を身に着けるのが当然の筈。


(噂になってた”ストラの新星”か……? クソ! 本当にいたのかよ!)


 荒唐無稽な噂話。

 つい先日、誰かの創作だと笑い飛ばしたもの。


 登録して日は浅い一方多くの魔物を討伐し、協会職員によって引き起こされた騒動の収集に大きく貢献したという人物。

 故郷で戦いを経験し、二級の冒険者も上回るのではないかとすら言われていた。


 いくらなんでもあり得ない。自らの経験に基づきそう判断を下したズクロ。

 信頼できる情報を集める事もできなかった。


(ふざけやがって……!)


 そんな人物が今、目の前にいる。自分達を倒すために。

 大きな動きは見せない。部屋の隅の檻の前に陣取り、淡々と魔法を放っている。

 そして。


「――いぃっ!?」


 突如として手を変えた。


 これまで乱雑に放たれていた炎の魔法。

 一つ一つは微細ながらも地面を砕く程の威力を秘めた魔法。

 それが途切れた次の瞬間、ズクロの前に氷の壁が立ち塞がる。

 辛うじて衝突は免れたが、振り返る頃にはもう完全に包囲されてしまっていた。


「そんな、馬鹿な……!」


 拳を叩きつけても微動だにしない。殴りかかった右手が痛みを感じるだけだった。

 何故今になって。そんな思考を巡らせる余裕もない。

 そのため両脇に出現した土の柱に気付かず、たちまち手足の動きを封じられる。

 氷の壁が取り払われても逃げ出す手段は残されていなかった。


「……やはりこの男が最後だったか」

「クソが……! どこから嗅ぎつけやがった! あの小娘か!」

「小娘……? ああ、お前か。あんな鉄クズを無理矢理装着させたのは」

「だったら、どうしたってんだ!」


 低く高圧的な声。

 言い返す声は力ないものだった。


(こいつ、本当にガキか……?)


 そうした中で、ズクロは疑っていた。

 身体が竦む程のプレッシャー。躊躇いのなさ。とても十五、六の少年のやり方とは思えなかったのだ。


「別にどうもしない。ルーラにいる仲間の情報を吐かせるだけだ」

「ルっ……!? てめぇ、どこでそれを!」

「見くびられたものだ。あんな怪しげな施設が堂々としているのを見れば誰かが手引きした事くらい分かる」


 あんな施設。ズクロにも心当たりがあった。

 突如退去されたと聞いたが、目の前の子供がやったのなら説明もつく。


「そうだろう? リット」

「あら、バレてた?」

「隠そうとすらしていなかったくせによく言う」


 計画を狂わせ続けた少年が振り向いた先。

 確かに誰もいなかった筈のその場所に、新たな人影。


「なんっ……“閃刃”のリット!?」

「おー懐かしいなその名前。まだ覚えてるやついたのか。こんなオッサンじゃなけりゃもっと嬉しかったんだけどなぁ」


 そこにいたのはかつて名を馳せた冒険者。

 現在はストラに身を落ち着かせているという話は聞いていた。

 居城の備えも彼とその相方、“灼砲”のルークを想定したもの。

 引退して久しいルークであれば、と希望的観測を込めて。

 彼らの上司が出て来ることはまずないと考えた上での計画だった。


「言ってる場合か。――さあ、話してもらおうか。仲間の居所を」


 その片割れ。何より自身を含めた全戦力を容易く捻じ伏せた少年。

 二人を前に、抵抗という選択肢など残されていなかった。






「お前さぁ、もう少し考えて行動しろって。あの子達みんな置いて来たんだろ? この前の話忘れたのかよ」


 リットが呼んでいた警備隊にズクロという男を引き渡した後のこと。

 呆れ半分といった様子のリットに今回の件を責められる。


「今回に限れば考えたからこそだ。それとも、アイシャ達と一緒に戦えばよかったなんて言うつもりか?」

「そうじゃないって。言わせんなよ」

「……分かってる」


 協会側が見過ごせないということくらい。

 リットをトレスに待機させていた――俺の行動を予想していたとしてもそれとこれとは話が別だ。


「で、結局どうするよ。乗り込むか?」


 閉じ込められていた人達の身元確認は終わった。もっとも、俺の魔法で眠ってしまっているのだが……

 とにかくレイスの仲間だというレアムさんも無事。誰かがいないという話もない。


 しかしだからと言って放置していいわけではないだろう。逃せばまた他の場所でやらかすに決まってる。


「いいのか? 止めなくて」

「今更引けるかよ。……ったく、こうも支部長の予想通りとは参るね」


 やはり誰かの予想ありきか。

 俺のようなやり方をしない限り、ストラから数時間で辿り着ける距離ではない。

 元々目星を付けていたのだろう。


 一方で疑問も残る。

 今回の予想を立てたのは果たして本当に支部長なのだろうか?

 他の誰か。もっと言えば俺の思考を読める誰かの入れ知恵と言われても違和感はない。


 先日の一件でそういう風に思われていてもおかしくはないだろう。

 言ってしまえばただの勘だ。それがさっきからどうしても頭を離れない。


「行くならさっさと行って終わらせようぜ。キリハもその方がいいだろ?」

「まあそれはそうだが――」


 言いかけて、そのまま止める。


(……誰だ?)


 ふと耳に届いた声。

 遠いせいか内容は全く聞き取れない。

 だが、確かに聞こえた。何かに抗議するような声が。


「だがなんだよ。勿体ぶるなって」

「そうじゃない。今、声が聞こえた」

「……あそこの誰かのじゃなくてか?」

「ああ、絶対に違う。もっと高い……若い女性のような――」


「――だから通してくださいってば! ストラの支部長から許可もらってるんですよ!」


 幻聴だろうか。

 不思議な事に聞き覚えのある声だった。具体的には今朝。


「なあキリハ。お前、逃げた方がいいんじゃね?」

「そんなことしてどうなる。そもそもどこに逃げろと」

「……上?」

「ああ、ぶち抜けば逃げられるな。誰の仕業か一発で分かる上に残ったリットがあれこれを受け止める事になるが」

「よし却下」


 問題の先延ばしにしかならない。しかも事態悪化という返品不可のおまけ付き。誰がそんな事をするというのか。

 それにしても、支部長の許可? 何をやってくれているんだあの魔法スキー。


 予想した誰かが他にいるという前提だが、その人物の提案の可能性もなくはない。

 とはいえそれも『そのまま許可するのはどうなんだ』という話になる。


「……なんかさっきからあいつの魔力感じるんだけど。あたしの気のせい?」

「まっさかー。支部長も言ってたじゃないですか。別の人だって。というかなんですかキリハさんの魔力を感じるって。普通そこまで分かります?」

「え、違うの? 私もキリハの魔力だと思ったんだけど……」

「……アイシャが言うならわからないですね」

「合ってたら覚えときなさいよユッカ」


 耳を済ませば声はすぐそこまで近付いているのが分かった。


「いいですよ? どうせ誰か特級が――……えっ」

「ほら見なさいよ」


 あとはもう、なるようになるしかない。

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