第197話 突然の申し出
「本当、ですか……!?」
やはりマユが一番に抱いたのは、喜びのようだった。
「もう向かってくれるって! すぐに集まるよ、きっと!」
「すぐ、に……!」
ここへ来て、予想だにしない形で飛躍を手に入れられる可能性がぐっと高まった。
希望が掴めた。
その状況に喜びの念を抱かない筈がない。
「(……なんであの人がそんなこと言ったんですか?)」
一歩引いた視点から見ると、違和感が大きいのもまた然り。
その人の超人ぶりを噂に聞いていれば、疑問を抱くのは当然のこと。
「(それを俺に訊かれても。会って本人に直接確かめてみるしか。まあ何かあるんだろう。何か)」
「(雑すぎ。もうちょっと真剣に考えなさいよ。あんた状況分かってる? 分かってないなら分かるまで教えてあげるわよ?)」
「(心配には及ばない。……自分に憧れる妹の前ならそう変なこともしないだろう)」
「(サーシャさん、ナターシャさんのやることならなんでもいいって言いそうですけど)」
「(それにしたって限度はあるということだ)」
少なくともこれまでの積み重ねは相応のものがある筈。
本来であればあまり利用するべきものではないが、もしもの保険としてはこれ以上ないくらい大きなもの。
……まあ、噂を聞く限りそんなくだらない真似をする必要はなさそうだが。
どこぞの無責任な誰かさんとは大違い。
サーシャさんではないが、一度見習った方がいいのだろう。そういうところに関しては。
もし、万一会うことがあったとしても出てくる言葉は罵倒だろう。まだそれだけの興味を持っていればの話だが。
罵倒が飛び出すだけまだましかもしれない。……考えるだけ無駄か。
「でも、[ラジア・ノスト]に頼むって……」
それより今は、思わぬ形で得られた助力をどう受け止めるか。
サーシャさんにも手伝ってもらえたらとは思っていた。ああは言ったが、一度本人にもその話はさせてもらった。
しかしまさか、まさかあの[ラジア・ノスト]のリーダー様が出てくるとは思っても見なかった。
「何、もしもの時は俺が身体で払わせてもらうだけだ。どうにでもなる」
「不思議だよね。キリハ君がそれ言うと何かやらかすんじゃないかって心配が真っ先に浮かぶんだから」
「レアムはほんとどうにかしろって、そういうの。お前キリハに恨みでもあんの?」
「んーん、これっぽっちも? レイス君達のことも含めて助けてもらってるし、感謝はしてるけどね」
「余計に酷い……」
「感謝のかの字もねーですよ。普段のレアム」
いくらなんでもそれはない。さすがに大袈裟。
それを言うならさらりと他人事をしているイルエも大概……ああ、よかった。トーリャも同じ考えか。
まあ、それはそれとして。
「何を言う。これまでの行動からして一番あり得る可能性じゃないか」
「そう思ってるなら少しは直しなさいよ!」
そう思われるだけのことをしでかしてきたのは疑いようのない事実。
……それに関しては、さすがに自覚しているとも。
「……それはまた、随分と奇妙な話になったもんだねぇ。確かなのかい?」
話を聞いた老婆は深いため息をついた。
にわかには信じられない話だったからだ。
「はい、皆様から直接……後程彼女がこちらで詳細を説明するそうです。いかがなさいますか?」
「いかがも何もないよ。来たら教えとくれ。……止めたって聞きやしないだろうけどね」
レティセニアにも[ラジア・ノスト]の噂は届いていた。
統括するナターシャ・ロクアニク・ソーアリッジという人物についても。
「それだけ本気なのだと思います。できることなら、私も手助けをしたいくらい……」
「勘弁しとくれ。あんたまでそっちに行かれちまったらどうやって生活すりゃいいんだい。……あの子達が戻って来るまで、精々頼むよ」
「その時までなどと言わず、いつまでも。そのつもりで戻ってきたのです」
「……本当に困った子だね」
これ以上ないほどに大きな助力。
それを得たマユが、彼女の仲間たちがどのような選択を下すのか、老婆には手に取るように分かってしまった。
「……で、どうなんだい? そっちの考えも聞こうじゃないか。詳しいみたいだからね」
「『そこを私に訊かれても、って感じですねー。まあ、あの人がソロで突撃するよりは可能性大幅アップしたでしょうけど』」
唯一、待ったをかけそうな人物でさえこの反応。
しかしその返答は、奇妙なものでもあった。
「おかしなことを言うね。あんた言ってたじゃないか。坊やが一人で向かう方がまだ可能性があるって」
「『それはこっちに来た……イクスなんたら? あの面子で行くよりはって話ですよ? 場所的にもそこそこヤバいのと戦わないとですし』」
「あの坊やならそういうのが相手でもなんとかなるって? ……あんたこそ過信してるじゃないのかね」
「『ただぶっ倒すだけならなんとでもしますよ、あの人。痛い目見ても中々治らないんですよねー、あの負けず嫌いっぷり』」
その原因は、ヘレンが多くの情報を語っていないことにあった。
(一回 たんだから少しはなんとかなるとおもったのになー……ナントカは死んでも治らないってマジだったんですね。あれ)
かつて繰り広げられた戦いについて、知っている筈がないのだ。
「『で、それなのにあの人、どっちかっていうとお一人様向けの仕様になってないんですよ。仲間と力を合わせて! みたいな。伝わります? 意味』」
「仲間ならいるじゃないか。あの子と一緒に来た子達は全員そうなんだろう?」
「『分かっててそういうこと言うのはむしろ意地が悪いですから覚えておきましょうね? 今のままじゃどう頑張ったって連携もとれないことくらいお婆ちゃんならよーく分かってる筈ですよ?』」
故にかつての、天条桐葉の全力も誰も知らない。
それを知っており、かつこちらの世界にも関りのあるヘレンやイリアが、他者に語ることはまずなかった。
「今のあんたにはあの子達も言われたくないだろうよ。……いい加減、本当の目的くらい話してもらいたいもんだね」
「『ですねー。言ってて自分でもないわー、ってなったんで。あ、それ以上はノーコメントでーす』」
「……もう少し分かりやすく言ったらどうなんだい。あんたは結局どっちの立場なのかも分からないよ。前は手助けをしたそうじゃないか」
「『するかしないかのラインくらいありますよぅ、私だって』」
イリアと比べても交流の多いヘレンに至っては、ひた隠しにしようとしている節すらあった。
少なくとも今日という日まで接し続けた老婆は、そう感じていた。
「『で、今回はアウト。即赤いカードプレゼントなお話なんで、まあ仕方ないですよね』」
「だからそういう冗談めかした喋り方を止めなって言ってるんだよ。何度言えば分かるんだい」
「『そーですねぇ…………じゃあ、ちょこっとだけ教えてあげます。ダイジェスト版で。そっちを見た方が分かりやすいと思うんで』」
「だ、だい……? 教えるったって、あんたが何を――」
そんなヘレンが、とうとうそのスタンスを大きく崩した。
「『あの人のことですよ? その辺りを知ってもらわないと、どうしても話しづらいんですよねー。本来、大前提で知ってることなんですから』」
あまりに唐突。
故に、ヘレンの口から語られる内容など予想できる筈がなかったのである。




