第194話 衝撃の一言
「……やっぱり話してたのかい。あの坊や」
会いに行っただけなのに、お婆さんはもう全部察してた。
思いっきりため息をついて、あたし達を――マユのことを見てた。
「あたしが強引に聞いたんです。最初は隠しておくつもりだったんだと思います。あいつも。だから……」
「別に責めやしないよ。あんな顔をしてたんだ。ここに来る前にある程度は見当がついてたんだろうね。……大したもんだよ、まったく」
――きっかけはあってないようなもの。最初は小さな違和感だった。
一番外れてほしかった、でも、一番あり得る可能性……とか、言ってた。
ああいう誤魔化し方だけは納得いかないけど。もうちょっと分かりやすくまとめなさいよ。
……もっと早く言ってくれればよかったのに。
「今日来てないってことは、素材でも探しに行ったのかい? 行くなっていったのにねぇ……」
「それは、その……詳しいかもしれない人にお話を聞きに行ったっていうか……だ、だよね? リィルちゃん」
「ちょっと遠いから時間がかかってるんです。明日は無理でも、絶対すぐに帰ってきます」
「だからってあの子まで行く必要はないだろう? ……一緒に行ったんじゃないのかい?」
「え、えっと……それは……」
……あの人、ヘレンも一緒にいるってことだけは最後まで喋らなかったのよね。
別に隠さなくてもいいのに。あいつの前でも出てきたんだから隠す理由なんてどこにもないじゃない。
あいつまでそれに乗ってるのが本当にわけ分かんない。何よ、こんな時ばっかり二人だけで通じ合っちゃって。
「隠さなくていいよ。見れば分かるからね。ただ、帰ってきたら伝えておくれよ? そんな無茶なんてしなくていい――」
「マユがお願いした、です」
「……なんだって?」
……あたし達がこっちに残った方がいいのは、分かるけど。
あの女の子はあいつがこっちに連れて帰ってくれるみたいだし。
「マユが皆さんに依頼した、です。今日だって、最初はマユが行くつもり、でした」
「……簡単に言うね。あんた分かってるのかい。黒目の坊やならまだ分からないけど、今のままじゃ怪我するだけだよ」
「だから残るかどうか、みんなで話し合った、ですよ?」
「……どうだかね。正直、ここにいない子が飛び抜けて強いようには見えなかったよ」
ヘレンが力を貸してるなら余計にお婆さんの近くにいた方がいい、とか。
いつもなら見つけるまで《小用鳥》に探させるくらいなのに。それでも見つからないって少な過ぎよ。いくらなんでも。
「それにね、もし全部集まったって、一生かかっても返せやしないよ? あんた知ってるのかい。一つ一つの相場を。踏み倒すなんてなしだよ」
「知るわけない、です」
「……誇らしげに言うんじゃないよ」
他のものなんてどれだけ手に入れるのが難しいかも分かってないのに。
アイシャがサーシャさんに手紙を出してくれたけど、あの人だって忙しいんだから。
レアムは『お姉さんの方も来てくれたりして』とか言ってたけど、多分無理よね……レアムも分かってて言った 。
キリハも分かってたならエルナレイさんに相談しておきなさいよ。誰か知り合いくらい紹介してもらえたかもしれないじゃない。
でも、またあの鞘職人のお爺さんみたいな人だったらそれはそれで困りそう――
「どうしても足りないなら、体で払う、です」
「ぶふっ……!?」
「はぁ!!?」
な、なんてこと言い出すのよこの子は!!
「り、リィルちゃん? そんな驚いて、どうかした……?」
「いつものことでしょーが。……で、理由は? ほら答えろです。トーリャ」
「……断る」
「分かってるってことじゃねーですか。勿体ぶってないでさっさと言いやがれってんですよ」
「そんなこと、言えるか!」
なんてこと考えてるのよ。本当に! なんてこと考えてるのよ、マユは!
「あ、あんたあいつのことなんだと思ってるのよ!? そういうのはもっと、こう……色々あるでしょ!?」
「あのね、マユ? あんたそれどういう意味か分かって言ってるのかい? あの坊や達だって全力で止めるだろうよ」
「? 家事とか、冒険者のお仕事とか、ずっと手伝うつもりだった、ですけど……断られる、ですか?」
「「………………は?」」
…………あいつ、まさか何かあったらあたしに止めてほしくてあんなこと言ったんじゃないでしょうね?
吹き飛ばされた魔物が、地面を叩いた。
一度跳ね、浮かんだ瞬間。
俺達を飛び越えるように放物線を描くそれが、振るった刃と重なる直前。
「――《魔斬》」
剣に宿った魔力が刃に光を灯す。
外見的特徴以外何もかもがゴブリンと異なったその魔物を両断する力を与える。
飛行能力もなく、ただ勢いに身を任せていた魔物はたちまち消え去った。
「すれ違いざまの一撃で戦闘終了、っと。……なんかここまでやることがないとさすがに申し訳ないね?」
「魔物は違う意味でなにもできなかったみたいですけどね」
「ユッカちゃんまで乗るなって。……キリハのやつ、《魔斬》の威力は限度があるとか言ってたのに……」
山全体で見れば、下も下。
見上げるほど先に見える頂があまりに遠い。
そんな場所でありながら、あれほどの能力を備えた個体が平然と現れる。
肌はまるで鋼鉄のよう。
右腕一つで軽々地面を砕き、その速度はユッカ達が目で追い切れる範囲を大きく超えていた。
「今の一撃がその域に達していない。それだけのことだ。あの魔物が相手なら、おそらく上手く当てなければ倒せない。……さすが、危険地帯と呼ばれるだけのことはあるな」
「そういうのがおかしいって言ってるんだよオレは!?」
実際それだけの手ごたえがあった。
場所が場所なら、あともう少しだけ感覚を取り戻せていれば、躊躇なく《万断》を振るっていた。
一点を正確についたところでそうやすやすとは仕留められないだろう。
一度、あれと同種の魔物に右足を犠牲に逃れられた時がそうだった。それでも平然と動き回っていた。
「実際、なんか私達の知らない内にパワーアップした感はあるよね、キリハ君。そんな調子だとまたリィルちゃんのお説教じゃない?」
「ご心配なく。リィルもアイシャも事情は知ってる。特に今回の件でストラを離れてからはできることも限られていたから余計にな」
その出来る範囲を無理矢理広げないかと言う心配もあったのだろう。
さすがにそこまではしない。思いついても実行には移さない。
「待ってください、それどういうことですか。わたし聞いてないですよ?」
「それに関しては済まなかった。俺が強くなったとして、ユッカが困ることはないと思って」
「……それもそうですね?」
「そこで説得されたら駄目だろ!?」
問題はその方法。
自身を不必要に追い詰めるような方法を選ぶ利点は薄い。
意味のない怪我を誘発するだけだろう。
「まあ特に心配しそうな二人にだけはっていうのも分かるけどねー。まさかオッケー出すなんて。ちょっとびっくり」
……それはそうだろう。俺も少しだけそう思っていた。最初は。
「…………だからサーシャさんの監督付きだった。どうだ、羨ましいか?」
「あはは、その顔を見ながら言われても説得力皆無だね?」
「お前がそんな顔するっていったい何があったんだよ……」
俺の知らないようなことも知っているだろう。
その予想は間違いではなかった。しかし、最大の障壁に対する備えがあまりに足りていなかった。
「まずナターシャさんの戦い方を学べと三日三晩……合わないことをようやく納得してもらえたかと思えば、適合させるように言われて更に五日……そこから先は、言わなくても分かるだろう?」
「「「あぁ……」」」
淡々と問題点を指摘してくれるなんて甘い考えは持っていなかったが、あれはさすがに。
合わない。致命的なまでに身体に合わない。
動きをなぞろうとする一つ一つに身体が拒絶反応を示す程度には合っていない。
「キリハ君もよくそこまで耐えたね? いつもみたいにはっきり言えばいいのに」
「言ったとも。あの時はアイシャもリィルも俺の意見に賛同てくれた。……それが無かったらあと何日かかっていたことか」
「あちゃー、それはまたなかなか強烈な……お疲れ様だね」
その後に関しては実際に成果が大きかったから何も言えない。
的確な指導には、俺も感謝しかない。その前段階がすさまじかっただけで。
「『まーた言葉のグーで殴りかかっちゃったんです? それも初対面時に。いい加減直した方がいいですよ。ほんと悪い癖ですよ?』」
「出るだけ出てきて言うことはそれか?」
お前の方が余程勢いをつけて殴りかかってきているじゃないか、おい。




