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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VII ここにいたいと思うから
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第192話 ヘレンの手助け

「……おや、もうよかったのかい?」

「本当はもう少し先までお送りするつもりだったのですが……大丈夫だから、と」


 迎え入れた老婆の表情は穏やかそのものだった。

 穏やかな表情のまま、老婆は深々と頭を下げる少女に待ったをかける。


「ああ、言い方が悪かったね。今聞いたのはあんたの中にいる方さ。直接話すのは久し振りじゃなかったのかい?」

「『別に直接じゃないのでセーフです。これでも予定より伸びまくって遅くなったくらいなんですけどね?』」


 ヘレンの存在に老婆が気付いたのは、少女が老婆を訪ねて一〇日も経たないある日のことだった。


 キリハに明かすことこそなかったものの、ヘレンにとってレティセニアで一番最初の誤算となった。

 今のように開き直るまで、三日三晩悩み続けたほどに。


「『信じられます? あの人、私に力を貸してほしいとか言ったんですよ? よく頼みますよね、ほんと』」

「そんな台詞は断ってから言うんだね。それと……」

「『はいはい、分かってますよー。この子にもあっちの子にも危ないことなんてさせませんってば。ああいうのは得意でやりたがりの人に任せとけばいいんですよ』」

「それもだけど、今言ったのはじゃないよ。分かってるんだろう。あんたも」

「『止めて大人しくしてる人ならいいんですけどね』」


 今にも準備を進めようとしているだろうという確信がヘレンにはあった。

 今更キリハが予定を変更するとは思えなかったのである。


 それでも、最低限の情報だけ集めて飛び出した時に比べればまだいい方。

 話を聞いてそのまま現地へ向かうよりは堅実な選択。


 しかしキリハは、桐葉には、その堅実な選択を採らず行動する悪癖もあった。

 今回も、このレティセニアでなければそのまま向かっていたに違いない。


「『それはそうと、いいんですよ? あんなことまで覚えておかなくて。お婆ちゃんは自分の身体の心配だけしておきましょう? 自分の容体、ほんとに分かってます?』」

「あれだけ口を酸っぱくして言われたんだからね。分かってるよ」

「『だといいんですけどねー。そういう人に限って全っ然大丈夫じゃないんですよ。今はこっちから診られるだけまだいい方ですけど』」


 かつて、桐葉が師と並び組織の最高戦力と称されていた頃。


 それ以前の戦いの、一つ一つの戦いで膨大な数の魔法を行使の代償。

 不安視されていたからこそ様々な対策が練られた。故にある程度は回避できたと考えられていた、あまりに大きな問題。


 他でもない桐葉が、それらしい素振りをまるで見せなかった。


 破竹の勢いだった桐葉も、定期的な診断は受けていた。

 何より、とある理由により今のように様子を探ることができなかった。


「それもさっきのあの子の話かい? 見たところ随分元気そうだったじゃないか」

「『……そりゃまあ、うちのご主人様が権能剥奪も上等でなんとかしちゃいましたからね。それでも万全じゃないですけど』」

「で、あんたはそれに納得がいかないってわけさね。どうしてあんなことをしたんだ、って」


 そのことを語るのは、ヘレンにとって初めての出来事ではない。

 胸の奥で渦巻く感情も、覚えのない者ではなかった。


「『そんな丁寧に振り返らなくてもいいですからね? とりあえず自分のことだけ心配しちゃってください。人の心配してる場合じゃないですよ』」

「すまないねぇ。つい細かいことが気になっちまうんだよ。ほんの些細な違和感に気付けないとやっていけない仕事だったんでね」

「『……だったら、これ以上お婆ちゃんに余計なこと考えさせないように私は引っ込んでおきますよ。ヤバそうならこっちから出ますけど、ちゃーんと警戒しといてくださいね?』」


 深いため息。

 仕方がないと言わんばかりの態度。


 止める暇も、手も、止めようという気すらない老婆に阻まれることはない。

 一見すると何の変化もない光景。しかしヘレンの声は完全に途絶える。


「……まったく、儘ならないものだね。人生ってやつは。ちょっと大層な力があったって、結局はこれだものねぇ……」


 思いもよらぬ形で知り合った、素顔を見せない異能の持ち主。


 それでいて、どことなく親近感を覚える悩みを抱えるヘレンを思い、老婆は大きく息を吐き出した。






「………………なんて?」


 やはり、リィルは目を丸くしていた。


「さっきの世話役。あの人にヘレンが協力していると言ったんだ。それもかなり積極的に」


 しかしその反応は至極真っ当なもの。


 俺でさえ、あの声を聞くまで内心密かに疑っていた。

 あの時感じた力の正体に気付いた時は、すぐには自分の導き出した答えを信じることができなかった。


 あのお婆さんのことで話を聞こうとしていたリィルの驚愕は、きっとそれ以上だったに違いない。


「だったらもっと話せばよかったじゃない。あんた、あの時だって凄く気にして……」

「リィルにあれだけ励ましてもらったんだ。いつまでもくよくよしてはいられない」

「……だったらその時言ったことも覚えておいてほしかったんだけど」


 俺達の側に対して何かしらの干渉を行ったのは、今回が初めてというわけではない。


 しかし、さすがに予想外だった。

 そもそもその可能性を考慮すらしていなかった。


「真面目な話、今はあくまであの人と一部の感覚を共有しているだけだ。この町を隅々まで探したところで、絶対にあいつは見つからない。それに、おそらく……」


 この町へ先回りしていたということは、あいつの目的は一つ。俺達と同じ。


 その結論に至った経緯はどうであれ、ヘレンの助けを間接的にでも得られる。


 しかも、今度はしっかり言葉を交わした上で。

 それだけでも状況は大きく変わる。ヘレンの真意を確かめる術は、当然ない。


「これ程いい条件が揃う機会なんてそうそうない。治療薬の素材を集められるとしたら、それはきっと今だけだ」


 老婆の容体もあいつが傍にいるのなら安定するだろう。


 時間をかけていい理由にはならない。

 しかし、ヘレンの意思がどうであってもこの状況が長く続く保証はない。


「病気……って、言ってたわよね。治療薬って何を使うのよ。あたし達より詳しい知り合いだっているんじゃないの? あの人」

「だから今もあちこちで交渉に回っているらしい。……が、どこもほぼ枯渇寸前だそうだ。期待はしない方がいい」


 採取するにはあまりにリスクが高い。


 そして、他でもあないあのお婆さんが、『そんな場所に誰かを行かせるくらいなら』と待つ方を選んだ。


「でも、あいつがいるんでしょ? だったらあんたを眠らせた時みたいに用意すればいいじゃない」

「あいつにもいろいろと事情があるんだ。いろいろ。そもそもあの薬を作ったのはヘレンじゃない。手を加えられるだけでも大概だが」

「誰? どこの誰なのよ。あんな危ないものを作ったのは。……聞いてる?」


 そんな怪訝そうな表情を見せられても答えようがない。

 イリアの存在を伝えたところで、当の本人が姿を見せるつもりがないのだからどうしようもない。


 そこに誰かいたことを匂わせるくらいのことはやりそうだが。これからも。


「まあまあ、その話はまたいつか。効果はヘレンから聞いているだろう? 文句を言いたくなる気持ちもまあ分かるが」

「あんたが平然としすぎなのよ!」


 ああやって薬を盛られたのは何も初めてのことじゃない。

 ただ、さすがにそれを今のリィルに言うことはできなかった。


 やはりその辺りは見慣れているかどうかの違いだろう。見慣れてほしいとまでは思わない。


「さ、ひとまず今は皆の所に。……これからしばらく、忙しくなるからな」


 やるべきことは見えた。

 向かうべき方向も定まった。


 あとはもう、丁寧にその道筋を辿っていくだけだ。

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