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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VII ここにいたいと思うから
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第189話 確かめておきたかったこと

「…………」


 重い足取り。俯いた顔。


 ひどく沈み切った様子のマユを、アイシャ達は見ていられなかった。

 あの家に着くまでの様子を間近で見ていたからこそ、猶更見ていられなかった。


「だ、大丈夫だよ。たまたま今日は駄目な日だったとか、何か理由があるとかかもしれないし……ね?」

「ちょっと待ってからもう一回行ってみればいいんですよ。家の場所は分かってるんですから」


 頷きこそすれど、表情は変わらない。


 ひたすらに待ち望み、ようやく果たす事のできた再会。

 その結果は誰にとっても想定外の、想定などできる筈のない結果に終わろうとしていた。


「旅の話を聞いた時は楽しそうだったじゃない。嫌いになんかなってないわよ。あの人」

「そうかもしれない、ですけど……」

「かもじゃなくて絶対よ。絶対。もっと自信持ちなさいってば」


 励ましの言葉をかけるリィル達でさえ、妙だという感覚は晴れないままだった。

 彼女達の目には、紛れもなく老婆がマユの話を楽しんでいるように見えた。


 穏やかな表情で相槌を打ちながら、懸命に話すその姿を母親の様に見守っていた。


 カップの中を何度も空にして、用意されたお菓子も気付く頃にはあと僅か。


 それだけ話が弾む状態にありながら突如起こった急転直下に、アイシャ達もまた困惑していた。


「ったく、どーいう神経してやがるですか。話聞くだけ聞いていきなり帰らせるって。」

「それに最後のあれ、いくらなんでもちょっと言い過ぎな気がするんだよねー……しかも唐突。なーんか、違和感あるなぁ……」


 それを説明する具体的な何かが浮かんだわけではない。

 しかし、居合わせた誰もがその違和感を拭うことができずにいた。


 安心をしたからこそ、これからもやっていけると判断した。

 その事実だけを端的に言葉にすれば、一同にとっても、まるで納得のできないものではなかった。


 その筈が、どうしても腑に落ちないものを感じていた。


「ね、キリハ君。いつもみたく何か解決策とか浮かんできたりしない? さっきからやけに静かだけど――……」


 ひょっとしたら、何か。

 そんな期待がレアムの中にはあった。

 これまでがそうだったように、何かしら閃いているのではないかと期待した。


 レアムだけではない。

 アイシャも、ユッカも、リィルも、イルエも、程度の違いこそあれど考えは同じだった。


 しかし。


「ちょっとまって。どこ? キリハ君いないんだけど。いつの間に?」


 キリハの姿はそこになかった。

 忽然と消え失せていた。前後左右を見回してもその姿はない。


「あ、いや、それが……」

「……『どうしても確かめたいことがある』と言って、それっきりだ」


 その理由を知っていたのは、レイスとトーリャだけだった。

 キリハがそうなるように仕向けた。


「言った瞬間に捕まえとけですよ。いつもやりあってんなら動きくらい分かるでしょーが」

「あっという間に消えたのに?」

「予想して、罠でも張っておかなければ、無理だ」


 レイス達にとってもあっという間の出来事だった。

 考え込んでいた様子のキリハの突然の行動に驚かされたのは彼らも同じだったのだ。


「いや、でも……むしろ大丈夫なんじゃない? まさかキリハ君がこのタイミングで関係ない場所に行くなんて思えないよ」

「だから、確かめたいことがあると言ったんだろ」

「けど、その内容までは教えてくれなかったんだよなー、あいつ。ちゃんと聞いたのに」


 ただ一言『はっきりするまでは言えない』とだけキリハは残した。

 レイスもトーリャも推測のしようがなかった。


「ほんとに? 本当になにも聞いてない? ちょっとしたことでもいいんだけど……」

「なにか気付いてたってことですよね? ね?」

「それも教えてくれなかったんだって。だからほんとになにも分かんなくて……ごめんっ」

「……レイスさんのせいじゃない、です」

「まったくよ。……あたし、やっぱりちょっと聞いてくる」

「答えてくれますかね? キリハさん。なんかだめそうな感じがしません?」

「それでも行くの! とりあえずあんた達は宿だけとっておいて。すぐ戻るから!」


 迷う余地などない。

 リィルの選択も一つの手だと、誰もが薄々ながらに感じていた。


(……確かめたくなるようなこと……なんだろ。さっぱり心当たりがないんだけど。普通にホホホって笑いながらこっちの話を聞いてなかったっけ?)


 キリハが確かめたかったこと。

 その手掛かりに、心当たりがなかったのだ。






「……帰れと言った筈なんだけどね」

「二度と来るな、とまでは言われませんでしたから」

「だからって、その日のうちにまた来るやつがあるかい?」


 言葉の割に、驚いた様子はなかった。

 向こうにとってはおそらく万に一つでも、可能性として想定されていた。


「ご心配なく。頼もしい仲間がマユに付き添ってくれています。何を言っても、聞かれることはありませんよ」

「…………用件は?」


 ジロリ、と睨むその姿。

 まだ信用を得られていないのは明らかだった。当然と言えば当然か。たとえ予想の範囲内だったとしても。


 追い返したばかりの相手がまた押しかけて来たのだから、叩き出されないだけマシだろう。

 二度も同じ手を食らうつもりは微塵もないが、余計な話をするつもりは俺にもない。


「こう見えて、協会の方々とも少しばかり仲良くさせてもらっていまして。おかげで、しっかり調べないと知る機会もないような話を教えてもらえたりもするんですよ」

「そんな自慢話がしたいなら他所でやりな。生憎、こっちも暇じゃない――」


「たとえば、あの書類を一枚破ったところで実際にはあなたが言ったような効力がないこと、とか」


 表情が大きく変わることはない。

 この際、眉の先が僅かに動くだけでも十分。


「何もおかしな話ではありませんよね。従者の制度自体、今では協会も深くかかわっているわけですから。ちょっとやそっとの保護なら力業で押し破ることもできるでしょうし、バックアップくらい用意してある筈です」


 一方からの宣言だけで解除できてしまっては話にならない。

 制度について聞いていなければ、確証まではもてなかったが。


「あちらの方が出掛けようとしていたのは、本命の手続きのためでしょう? 勝手ながら止めさせてもらいました」

「も、申し訳ございません……ご主人様……」


 ……この反応、大したものだ。

 俺が引き返してくることも、何もかも予測済みだっただろうに。


「なんだい。あんた部外者のくせして口を出すつもりなのかい? これがあの子にとって一番なんだよ」

「部外者のつもりはありませんが……その議論はひとまず脇に置かせてもらいますね。長くなりそうですから」


 そちらで揉めたところでお互い損をするだけだろう。

 いまするべきは、もっと重要な話。


「あなたとマユがしっかり話し合った上で決めたのなら、それが最善だと思います。……少なくとも、事情も伝えず一方的な通告をするよりは、いい結果になっていたのではないですか?」

「……知らないね。今度はなんだい。訳の分からないことを言って邪魔するなら警備隊に突き出すよ?」

「実は、この町の名前に辿り着いた時から気になっていたことがありまして。……お仕事、お辞めになられたんですよね」


 その時やっと、視線を脇に逸らした。

 やはり、予想が当たっていたということだろう。……正直、それしかないと思った。


「書類上完全に止められたわけではないのでしょうけど、ほぼ完全な休業状態。それでも最後の手続きを済ませなかったのは……マユのことがあったからじゃないんですか?」


 その通り、だったのだろう。

 深いため息はまるで堪ったものを全部吐き出すかのようにも見えた。


「マユが従者のままあなたが看板を下ろせば、次の管理役に引き継がれる事になる。勿論あなたも次の担当者探しに最善を尽くされていたんだと思います。ただ……」

「もういい。そこまでだよ。……恐ろしいね。見てきたように話すじゃないか」


 資金的問題。労力。その他諸々。

 考えられる理由は山のようにある。ひょっとすると、全部が当てはまるのかも。


「確かに、あんたの言う通りだよ。……まったくとんでもない子供だね。どこのどいつだい。あんたみたいなやつのことを“新星”なんて呼び出したのは」

「それに関しては俺もさっぱり。冒険者として登録したばかりだからつけたんじゃないですか? ……それより」

「分かってるよ。……話してやろうじゃないか。後悔するんじゃないよ?」

「自ら乗り込んだ船ですから」


 降りる理由などどこにもない。

 そんなつもりなら、最初からこの場所に戻ろうともしなかった。

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