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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VII ここにいたいと思うから
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第188話 再会を果たしたものの

「(な、な、マユちゃんが捜してた人ってやっぱお金持ちなのか? 世話役なんてそうそう雇えないだろ)」

「(かもな。正直、そんな気はしていた。必要以上に深く探るつもりはないが)」


 この状況で気になることがあるとすれば、この人をこちらに使わせた理由くらい。


 ただマユや俺達を出迎えるつもりなら、本人が動くことも出来た筈。

 特に一方は、できる事なら外れてほしい予想だった。


「ほわぁあああ……!」


 門を潜った先に広がった、小川が駆け巡る白い町並み。

 両脇の歩道も決して狭くはないが、遊覧船を使いたくなる気持ちも正直分かる。


 ものの一分もしない内に渡り切れるだろう短い橋から、透き通る水路を眺めてもよし。

 迷路のような水路の上から、景観を堪能するのもよし。


 そういう理由からか、協会へ繋がる大通りは複雑に折れ曲がっているようだった。

 枝分かれと合流を繰り返しているから余計にどこがどこなのか分からない。


「綺麗……」

「さすがにびっくり。水の精が集まってもこうはならないよ、普通。あの水とかそのまま飲んでも大丈夫なんじゃない?」


 ふとあたりが暗くなったと感じたら、その理由はきっと更に大きな橋の下に差し掛かったから。


 そもそも橋と呼んでいいのだろうか。

 二階半ほどの高さに置かれた遊歩道は円を描くように続いている。


「できないとまでは言いませんが、おすすめはしません。飲み水でしたら容易に手に入りますが……ご案内いたしましょうか?」


 それに合わせてか、二階に入口を構える店舗が隙間から見えた。

 この町ではむしろ珍しい、木製であることを押し出した三角屋根の建造物。


 外壁をわざと高く設置していたのにはこういう理由もあるのだろう。

 魔物が近付くことは少なくても、油断はできない。


「そうだけど、そうじゃなくって。川の水だから飲んでみたい、みたいな?」


 おかげでレティセニアに発着場を置かなかった理由にもおおよその察しがついた。

 この景観を保つためだろう。


「はやく止めてくださいよ、イルエ。レアムまで変なこと言い出したじゃないですか」

「ほっときゃいいんですよ。ああなったら。好きに喋らせとけです。バカがうつるですよ」

「こらこら、二人とも聞こえてるよー?」


 全く気にしないと言う人もいれば、おそらく苦言を呈する人もいるに違いない。

 諸々のバランスを考慮した結果こうなった、といったところか。


「キリハ君もすっかり観察モードに入っちゃったみたいだね? さっきから方向音痴の話もしてるのに反応しないし」

「水の精が集まらないことと、迷子には何の関係もないがな」

「……うん?」


 むしろこれほど分かりやすい場所も早々ない。

 泉に多くの精霊が集まっていることも。


「透き通り過ぎているんだよ。自然な状態とは思えないくらいに。だから精霊が集まることもほとんどない。……まあ、俺が知っている通りなら集まらなくても問題はなさそうだが」


 意図せず魔物すら呼び寄せてしまうことを考えれば、むしろこの状況が最善と言ってもいい。

 少なくとも、このレティセニアという都市においては。


「……お詳しいのですね」

「聞きかじった程度の知識です。専門の方には到底及びませんよ」

「とてもその程度とは思えませんね」


 やはり、そう言い切れるだけのものを持っているわけだ。


 あえて触れはしない。

 少なくとも俺達の前でひけらかすつもりではないのだろう。


「それで、あとどのくらい、ですか? もうちょっと、じゃなくて、ちゃんと……」

「すぐですよ。本当にあと少しです。ここの角を曲がれば――」


「……おや、思ったよりも早かったみたいだね?」


「……ね?」


 小首を傾げ、その人は優しく微笑む。


 一見普通に見える建築物にすら、何かしらのアクセントが添えられているこの町。

 それは目の前にある、ダークブルーの屋根の家屋も同じ。


 だが、それすらこの場においては些末なことだった。


「まさか本当にここまでやって来るとは思わなかったよ。……遠いところから、よく来たね」


 探し求めていた人が、そこにいた。

 マユにとってはきっと、それで十分だった。


「あっ……!?」


 わき目もふらず駆け出すほど、待ち望んでいた瞬間だったのだから。


「ぉ、っと……相変わらずの力だね。あんたは。年寄りに無茶させるんじゃないよ、まったく」


 言葉の割に、優しそうに微笑む老婆。

 抱き着き顔を埋めるマユの姿を見れば、本当に好いているのだとすぐにわかった。


 これまで話に訊かされていた――いや、それ以上に大切な人なのだと、分からない筈がなかった。


(今のよろめき方……それに……)


 だからこそ、分かってしまった。

 突っ込むような勢いで抱き着いたマユを受け止めるその動きを見て、分かってしまった。


 何より、やつれた顔を見ればその答えに辿り着くのは自然なことだった。

 明るく振舞って取り繕ってはいるが、おそらく……


「……どうして、連絡もしてくれなかった、ですか?」

「色々あったんだよ。色々。だから送り返すしかなかったのさ」

「……ずっとお話したかった、です」

「……ほんとに甘えん坊さんだね、まったく」


 そこまではっきり分かっていても、言い出せなかった。


 この空気を壊したくなかったのがまず一つ。

 何もしどうにかできるのなら、せめて解決策を用意してからにしたかった。


 本当に申し訳ない限りだが、いざとなったらサーシャさんの元を訪ねるつもりで。

 魔力を辿れば見つけられる。お説教がどうした。


「そちらさんも。ストラからだったっけ? よく来たねぇ、こんなところまで。折角だから上がっていくといいよ。大したものは出せないけどね」

「では、私は一足先に用意を」

「頼んだよ」


 探るつもりなど、なかった筈なのに。


 家の前の段差は極力取り除かれ、緩やかな傾斜が置かれていた。

 その隣に更に手すりまで。


 今はしっかりと立っているようにもみえるが、この人のものとは魔力を感じる。

 おそらく、補助魔法に系統する何かを使っているのだろう。


「それにしても……あの頃は心配になるくらいの引っ込み思案だったのに、いつの間にか随分友達も出来たみたいじゃないか。え?」

「……余計なお世話、です」


 ふくれっ面のマユも、別に心から起こっているわけではなかった。


 どうとでも理由を付けてあの人について行くべきか、万一に備えるか。

 その時は次の機会を待つしかなかった。


 マユに抱き着かれたまま案内され、途中で世話役の女性と交代し、ティーカップとお菓子の並んだ一室まで通される。


 突如始まったお茶会の中でも、やはりその機会を作り出すのは難しい。


 ストラでの出来事。


 迷宮を攻略した事。


 カウバまでの遠征。


 レティセニアまでの道のり


 昨日のことのようによみがえる数々の出来事も、悠長に訊いてはいられない。


「――ねぇマユ。あんた、楽しいかい? 向こうでの生活は」

「勿論、です。親切な人もいっぱい、ですから」

「……そうかい。だったら、あれは間違っちゃいなかったみたいだね」

「? それ、どういう……」

「あんたを見てくれる人がいるなら安心だって話だよ。素敵な話も聞けたしね。……あれを」

「そう仰られると思って、既にこちらに」


 タイムリミットが迫りつつあるような、危機感にも似た何かがあった。


「ぇ…………」


 そして、その瞬間はすぐに訪れた。


 世話役に盛って来させた一枚の書類を、突如破るという形で。


「これで正真正銘、あんたは自由だよ。マユ。アタシのことを……まぁ、忘れろとまでいは言わないけど、とにかくあんたの好きに生きな。帰りの便は手配してあげるから」

「どういうこと、ですか……?」

「あれがなきゃあんたは従者として扱われない。そういうことさね」


「――どういうこと、ですか!!?」


「どうもこうもないよ。言葉通りの意味だからね。さ、帰った帰った。まぁ、観光するなら止めはしないよ」

「そうじゃ、なくて……!」

「そうですよ! いきなりなに言ってるんですか!? 忘れろって意味わかんないですよ!? マユがどんな気持ちでここまで来たと思って――!」

「申し訳ないとは思ってるよ。でもね、こればっかりはそういう問題じゃないんだよ」

「だからって……!」

「とにかくもう決まったことなんだよ。諦めな。――おいで。お客さんがお帰りだよ」

「……承知しました」

「ちょっと!? まだ話は――」


 不満を言う暇も、何もなかった。


 マユにも引けをとらない剛力で、糸も容易く全員外へたたき出されてしまったのだから。

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