第187話 レティセニア
「ああ、そういう……」
おかげで色々腑に落ちた。
腑に落ちたところでこれっぽっちも嬉しくないが、おおよその事情は呑み込めた。
そういうことならまあ、仕方がない。……多分。
どうやらまだあの疑惑は晴れていないらしい。違うと何度も言っているのに。
以前より深まっているように感じるのは気のせいだと思いたい。
「ちゃんと首根っこ掴まえてねーからそういう心配するハメになるんでしょーが。うろうろしないよーに首輪でもつけときゃいいんですよ」
「それならリードも――……あれ、これペットだね?」
「言う前に、気付けたか?」
想像するだけでも酷い絵面。
俺がそんなものを身に着けて誰が喜ぶというのか。いてもいなくても引きちぎってやる。
「今ので止めないってことはまー納得できてないんでしょーね。そら、さっさと謝ってこいです」
「何回も謝ってるんだよなぁ……」
「そもそも、誤解だ。オレ達からもそう説明、したんだが……」
「んじゃほっとくしかねーですね。主犯があの調子じゃ話になんねーですよ」
ご立腹と言うにはどことなく覇気がなく、悲しんでいると言うには沈みきった雰囲気でもない。
なんとも言えない微妙な状態。
今のアイシャとリィルの様子を的確に表す言葉を俺は知らなかった。
「んー……ほんのちょっとした冗談のつもりだったんだけどなー」
「せめていうならオレらだろ」
「相手が、悪い」
話を聞いたうちの一人。
祖父母が開いた喫茶店を、継いだ両親と共に営む女性。
レティセニアについて教えてもらう際、ふとした拍子からそちらに話が向かっていった。
どうせならと思って、行く意思を伝えた結果がこれだ。
最後の部分だけを聞かれて、それを冗談めかして伝えられた結果がこれだ。
「ちゃんとしてくださいよ、もうっ。あと少しでレティセニアなんですからね?」
「普段はギャーギャー言ってるじゃねーですか。ユッカも」
「そこまで酷くないですよ!? ……え、ないですよね?」
「ユッカが心配しているような事なんて何もないから自信を持てばいい。ちょっと浮かれて羽目を外すなんてよくある話だ」
「「お前が言うか」」
おかげでこうしてレティセニアに向かう格安の乗合馬車を利用できているのもまた事実。
速度も中々。どころか、たった一晩で辿り着けるという驚異の速度。
飛行船ほど衝撃こそないものの、程よく客車が揺れるこの感覚。
不意に懐かしい記憶が蘇る。
故郷をたって一年が過ぎた頃。教団の主な活動の部隊が一時的に移ったことで訪れた、穏やかなひと時。
全員揃って、いい意味で特別な時間を過ごせたあまりに印象的な記憶。
遠く離れた観光地まで、学年行事として赴いた三日間。
「いやお前、ついこの間思いっきり大暴れしてたじゃんか。なぁ?」
「忘れたとは、言わせない」
「何を言う。こうして賞金も賞品も手に入ったのに」
食料、その他雑貨。そして二つに分けた優勝を示すペンダント
協会に預けることが出来なければ一体どうなっていたことか。
何の誇張でもなく、簡単に持ち運べるものではなかった。
役に立ちそうなものが少なくなかったからこそ対応に困った。
以前の優勝者から教えを請いたいくらいには。
「そりゃそうだけどさぁ……」
「さてはお前、余裕だな」
「まさか。そこまで言うならいっそ思いっきり沈んでみようか?」
「キリハ君が言うと物理的な方に聞こえるから不思議だよね」
気にしていないと言えば嘘になる。
というより、この状況で平然としている方がどうかしている。
話を聞く限り、どうも俺の言動以外に大きな要因があったようだがそれはそれ。
多少レアムに責任を取ってもらっても問題はないだろう。
「レアムはもうちょっと責任感じようぜ? な?」
「だから場の空気を和ませようと思ったんだけどなー」
「こいつが地面の中に突っ込んだって大騒ぎになるだけでしょーよ」
「……何故、誰もできることを疑問に思わない?」
「そこまで。どうせまた『だってキリハだし』とでも言うんだろう。示し合わせたように声を揃えて」
何度も何度も見逃すと思ったか。
あれだけ何度も同じ弧をと言われたら覚える。覚えられない筈がない。
「もしかして、お気に召さなかった? そう言うことなら次からは可能な限り控えるけど」
「『行けたら行く』のノリで言うんじゃない。それより今は例の人を探すのが先だ。レティセニアももう目と鼻の先なのに」
飛行船の発着点を持つあの町は、レティセニアから見て丁度シュミーリア湖の真逆。
そのおかげか、どことなく見覚えがあるような自然の道を進んでいた。
しかしそれはあくまで今までの話。
「うおぉ……!」
「すっご……!」
水路が張り巡らされた街を間近にして、その景色がいつまでも続く筈がない。
緑をかき分けた先に現れたのは白い宮殿。
思わずそう思ってしまうほどに白く、そして優雅だった。
新雪のように真っ白な外壁を沿うように流れる巨大な川。
空の青をそのまま写し取れるほどに澄んだ深く広い掘りの中には多くの小動物達が遊泳しているのが分かる。
町の中も、やはり何もかもが違っていた。
俺達がこれまで見てきたそれとは一線を画す何かがあった。
町全体がまるで美術館。
貴族の別荘も当然そちらに含まれる。そしれ、冒険者が利用する宿も同様。
町中を張り巡らされた水の路はやはり透き通っていた。
小魚が一匹泳ぐだけではっきりと見える程に。
「やっばいなー……ひょっとしなくてもとんでもないところに来ちゃったんじゃないかな、私達?」
降り立った停留所でさえ、小さな細工があちこちに。
何が職人たちをここまで駆り立てるのか、逆に不安になってくる。
「お待ちしておりました。マユ様。それに……ご友人の皆様ですね? ご主人様がお待ちです」
ごくごく普通の――あくまで外見に限れば――出で立ちの人でさえ、新鮮に感じてしまう程に。
実際には、決して珍しいわけでもないのだが。
しかも、この人に限ればむしろ真逆。
見た目の違和感のなさを軽々帳消しにする程の発言を開幕から放り込んでくれたのだから。
(しかもこの場所、つまりこの人は……)
待っていたというのだろうか、俺達を。
「マユを待ってた、ですか?」
「左様でございます。わけあって名前をお伝えすることはできませんが、どうかココは信じていただけないでしょうか」
「えっと……」
いつやって来るかも分からない。少なくとも本来であれば、その筈なのに。
マユが迷うのも無理はない。
あまりに唐突で、拍子抜けだった。てっきり時間をかけて探すものだとばかり思っていた。
「是非お願いします。そのためにやってきましたから」
しかしここまで来て、今更乗らない理由はない。
「……そう仰って下さると思っていました」
たとえそれが向こうの思惑通りだったとしてもだ。
今のところ、嘘だけは言っていない。それを当てにするしかないだろう。




