第181話 知りたくて
ずっと疑問、でした。
キリハさんの全力はどのくらい、なのか。
いつも使ってる力はどのくらい、なのか。
いつ聞いてもはぐらかされてばっかりで、全然教えてくれなかった、です。
今はこれが精いっぱい、って言われてばっかり、でした。
絶対に、もっとすごいことだってできる筈、なのに。
普段、手を抜いてるとは思ってない、です。
でも、やっぱり、キリハさんが『使えなくなった力』以外にもある気がしてた、です。
この前、ストラの近くに大きな触手が出た時、とか。
バスフェーの時に見せてくれた、綺麗な光の魔法、とか。
迷宮の奥底にいた鎧に、ほとんど効かない魔法で傷をつけたり、とか。
――お前の話に何の価値もないことがよく分かった。
……あの時、とか。
その時は、ああいう人だと思ってた、です。
でも、今になってみると、あの時は別人みたい、でした。
ユッカさんも、リィルさんも、あの時の事を聞くと不思議そうにしてた、です。
あんなに怒ったところは見たことない、って。
それに、マユがあの町に着く前にあった、事件。
あの時とも違うってアイシャさんが言うくらい、でした。
でも、やっぱり、キリハさんの本当の本気はもっとすごい気がしてた、です。
キリハさんは、あの人の事もほとんど教えてくれない、です。
それ以外にも、いっぱい秘密にしてるのはなんとなく気付いてた、です。
今までは、それでもよかった、です。
知らなくても、このままいられると思ってた、です。
(でも……)
――理屈を抜きにして、マユはどうしたい? 俺は、マユの素直な気持ちが聞いてみたい。
もう、そんな風に割り切れなくなった、です。
キリハさんがどんなことを思ってるのか、知りたくなった、から。
あの人も言ってた、です。
全力でぶつかれば、見えないものも見えてくる、って。
(……ふふ)
我慢しなくてもいいって言ったのはキリハさん、ですから、遠慮もしてあげない、です。
(…………だから)
今日だけは、今だけは、思いっきりやらせてもらう、です……っ!
「っ、の…………!」
想像をはるかに上回るマユの力。
対抗するキリハは驚異的なその力にすっかり翻弄されていた。
(やっぱりとんでもなく強い、です……!)
対してマユもまた、引き返そうとするキリハの力に苦戦していた。
最初の一瞬で決められなくとも、そのまま自身に有利な流れに持ち込むつもりでいた。
その最初のリードすらいつ覆されるか分からないと感じるほどだった。
「強い、強いぞマユ選手! キリハ選手に主導権を握らせない! お互い一歩も動きません! まるで時間が止まってしまったかのようです!」
結果的に、両者は一点に留まり続ける。
傍目には変化のない攻防でありながら、観客はかたずをのんで見守っていた。
キリハから、マユから、その全身を駆け巡る凄まじい力を肌で感じていたのだ。
そしてそれは少し離れたレアム達も同じだった。
離れた位置にいたことで、一層膠着状態にある異常性を認識することができた。
「…………いくらなんでも強すぎない?」
「そんなの今更でしょーよ。派手に暴れてたじゃねーですか」
「いやいや、キリハ君じゃなくて。あれだけ拮抗してるってとんでもないよ? 超常現象ものだよ?」
当初、レアムはキリハが勝ちを収めるだろうと予想していた。
その予想が揺らいだのは、マユが一瞬にして決勝への切符を勝ち取った瞬間。
直前まで白熱した試合を見ていたからこそ、ますますそのギャップに度肝を抜かれた。
そして今、一度揺らいだ予想は覆りつつある。
それほどまでにマユの力は強大だった。
普段の生活から、力が強いのは知っていた。しかし実際にはその認識すら甘かったのだ。
「あなた達は……何を見ていたんですか。マユさんは自身の力を高めているんですよ。類稀な技術を使って」
唯一その場で例外的に平静さを保っていたのはサーシャだった。
サーシャにだけは、凄まじいほどのマユの力の正体に見当がついていた。
各地を回っていたサーシャだからこそ、類似した技術に覚えがあった。
「身体能力の向上って……それ反則なんじゃ……」
「ならないと思いますよ。大会規定には薬物や魔道具、魔法を禁止する条項はありますが、それ以外に対して制限はかけられていませんから」
それを使ったという事実を証明することができない。
何よりそういった技能に対して規制をかけてしまえば、大会の盛り上がりが下火になることを主催者達も知っていた。
単純に、参加者が減ってしまう。
だからこそ技術があることを知りながら禁止条項に盛り込まなかった。
過去の優勝者には、それを使って勝利を掴んだものもいた。
「勿論、マユさんの本来の筋力が平均を大きく上回っているのは事実です。それをさらに上乗せしているんですよ。彼女は」
本来、今のマユほど飛躍的な向上が見込めるものではない。
少なくとも今大会において規制を受けることはあり得ないという確信がサーシャには会った。
「マユさん程ではないにせよ、参加者の中に少なからず混じっていたと思いますよ? 独自の技術で自らの力を高める技術の持ち主は。他と比べて細い体格の方は怪しいですね」
「それだとキリハさんも当てはまるんですけど?」
「あれは違います。腕力です。純度一〇〇パーセント、純然たる腕力です。何事にも例外は存在するんです。定義の破壊者を巻き込まないように」
それ程の力を受けなお、キリハが姿勢を崩すことはない。
最初の一瞬を除いて、完全に対等に渡り合っていた。
それどころか、キリハの姿勢は既に元通り。最初の位置まで戻っていた。
完全に制止していたわけではなかったのだ。
(まさか、これ程とは……!)
決して余裕を得られたわけではない。
(あれをなんとかする、なんて……!)
しかし、マユにプレッシャーをかけるには十分すぎる出来事だった。
「知りたくなかった……」
「いつものあれも、腕の力だけ……」
「それこそ分かりきってたことでしょーが。なーに今更絶望してんですか」
「信じたくない気持ちも分からなくないけどね」
レイス達から一度闘志を奪うには過剰な程のものだった。
馬鹿力への対抗策など限られる。
同じ土俵で、何の助けもなしに戦うとなれば猶更。
「ぅ、ん…………ん?」
その時、アイシャは見た。
「キリハ選手が押している!? いや、引いている!? しかしマユ選手も引き返す! 体格差など関係ない! この勝負、どちらに女神が微笑んでもおかしくありませんん!」
(へ?)
キリハとマユが、アイシャにとってかけがえのない二人が、何故か群衆のど真ん中で綱を引き合っているところを。
「マユ選手もキリハ選手も表情は険しい! しかし一歩も譲らない! それどころか引く! 更に引く! これでは二人の力に綱の方が耐えられなくなりそうな勢いです!」
(えっ……?)
頬をつねっても、何をしても目の前の光景は変わらない。
「…………なんでキリハとマユちゃんが!?」
真剣な面持ちで、力と力でぶつかり合っている姿を見た。
「あ、復活した? おかえりアイシャちゃん。虚空への旅はどうだった?」
「もったいないことしてんじゃねーですよ。面白いとこも全部見逃すなんて」
「も、もったいない? 面白い? えっと……?」
「そっちの話は後でね。今はすごくいいところだから。全部なんて嘘だよ、ウソ」
「う、うん……?」
アイシャには、二人が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
目の前にある光景が全てだった。
「大したものだ……っ!」
「負けない、です……!」
キリハもマユも一歩も退かない。
しかしそこから怒りのようものは感じられなかった。
ただ純粋に、力と力をぶつけあっていた。
(な、なんで? どういうこと? さっきはマユちゃんといっしょに出るって言ってたのに……)
余計にアイシャの混乱は深まってしまったのだが、答えが提示されることはない。
答えに辿り着くより早く、アイシャは勿論、誰一人として予想していなかった事態が起きた。
「あっ……!」
その時、誰かが声を洩らした。
キリハとマユ。両者一歩も退かない激闘。
故に綱にかかった力もまた桁外れのもの。
「「えっ……?」」
頑丈な作りとは言え、綱の耐久力にも限度がある。
「ち、千切れたぁ――――っ!!?」
キリハとマユの力を、長く使われてきたそれが受け切れる筈などなかったのだ。




