第180話 全力を求められ
「……完敗、だな」
お互い舞台から引き下がると、溜まっていたものを全部吐き出すように呟いた。
「何を言うか。正直、いつ押し切られるか分からなくて冷や冷やした」
「ハッ、そっちこそよく言うぜ。最後のありゃ完全にこっちの負けだ、負け。お前もさっさと認めろよ。勝者がそれじゃ負けたこっちが浮かばれねぇだろ」
「ふ、それもそうだ。……ありがとう、いい試合だった」
思わず、熱中してしまうくらいには。
一体いつ以来だろう。
なんのしがらみもなく、純粋に力と力で勝負をすることができたのは。
今こうして話している間も、まだ腕が掴まれているような気がして仕方がない。
どうやらそれは向こうも同じようで、気怠そうに手を振っていた。
「心配すんな。次は負けねぇよ」
「それは怖い。そういうことなら俺も、次の勝負に向けて最善を尽くすとしようか」
「これ以上強くなられちゃたまんねぇよ。加減しろ、加減」
「それはできない相談だ。『どんなことでもやるからには全力で、徹底的にやれ』と師匠にも徹底的に教え込まれているんだよ」
そう言った張本人が相手『で』遊んでいるとしか言いようのない場面を何度も見た。というか、いつもの光景だった。
それでも急を要する場面では一切の容赦もなく、たった一撃で叩きのめした。
とはいえまあ、この手の競技会では確実に遊ぶ側に回るだろう。そういう人だ。
「魔物の倒し方かよ。ったく、とんでもねぇ師匠だ」
「違いない。まあ、師匠に会うことが会ったら気を付けてくれ。いつ空から降って来るか分からないから」
「そりゃ避けようがねぇな」
その場限りのちょっとした冗談。
実際にはそんなことなど起る筈がない。あの人外的な力で時空に穴をあけるのなら知らないが。
「キリハ選手とテッド選手! 先程とは打って変わって和やかな雰囲気です! 激闘を経て新たな友情が芽生えたかーっ!?」
「……だ、そうだが?」
「こんなむさ苦しいとこ実況するなんて暇な姉ちゃんもいたもんだ」
「第二試合も近いだろうにな」
相変わらず元気がいいというか、この大会に駆り出されるのも納得というか。
この調子なら最後まで楽しませてくれることだろう。
……できることなら、今はまだみんなの所に戻りたくない。
約一名、妙に苛立っているのが分かる。何が不満だというのか。
ここまで来てしまえば誤差の範囲。決勝を終えてからの方がいい。
そのためにも今はまず。
「さあ! 次はいよいよ第二試合! この戦いの勝者がキリハ選手と戦うことになります! 第二試合ではどのような劇的瞬間を見られるのでしょうか? 今から期待で胸がいっぱいです!」
次の試合結果を見届けなければならない。
「まさかお嬢ちゃんが勝ち上がって来るなんてな。最初見た時は大したもんだと思ったが……これも勝負だ。遠慮なくやらせてもらうぜ」
「そうじゃなきゃ困る、です。……最初から、全力でお願いします、です」
「…………へぇ」
真っ先に、どちらかが勝ってもおかしくないと思った。
対格差で言えばマユの側が圧倒的に不利。
スロゥという参加者のおおよその力は一度ぶつかった時に測らせてもらった。
「マユ選手も中々強気です! 何か策があるのか!? それでは準決勝第二試合――……ふぁいっ!」
それでも、先程ではないにせよ、接戦になるだろうと思っていた。
「………………は?」
しかし、始まったと思った時にはもう勝敗が決していた。
「……マユの勝ち、です」
その場に居合わせた大多数が目にしたのは、テーブルに相手の手の甲をつけさせたマユの姿だろう。
瞬きする間に決した勝負の幕引きは、先程と打って変わって実に静かなものだった。
派手なものを音を立てることなく、マユが勝利を収めたのだ。
「い……一瞬! なんと一瞬です! あのスロゥ選手から一瞬で価値をもぎ取りました! 何があったのでしょうか!? 私にも分かりません!」
スロゥという参加者も、全く力を加えていなかったわけではなかった。
むしろ一瞬で決めるつもりで力を込めていた。遠目からでも分かる。
マユはそれを、それさえも真正面からねじ伏せたのだ。
「審判! 審判も旗を挙げていません! 違反はありません!」
会場のどよめきは仕方の無い事だろう。
開始から決着まで、全て見ていたからこそ驚愕を押さえられそうにない。
「ここにきてとんでもない大番狂わせ! マユ選手、まさかの一瞬で勝負を決めたーっ!」
盛り上がりにも、少なからず戸惑いが混じっていた。
実況の声すら驚きを隠せていない。
「おい、兄ちゃん。お前の連れあんなに強かったのかよ? 聞いてねぇぞ。俺ぁてっきり……」
「いや、正直俺もここまでとは思ってなかった。だが……」
薄々は感じていた。
たとえば、操られていたあの時。
一撃一撃の重さに、違和感はあった。
おそらく違反には当たらない。
それを禁止する条項が存在しない。
別の道具を使っているわけでも、薬品に頼ったわけでもない。
かといって、魔力を使ったわけでもない。
「ちょっとそれ、借りてもいい、ですか?」
「は、はい? これですか? 構いませんが……」
「ありがとうございます、です」
拡声器のようなものだろう。
実況からそれを手に取ったマユは、台の傍からこちらを向く。
俺が聞こえている事くらい分かっている筈なのに、だ。
「キリハさん、一つお願いがある、です」
(お願い……?)
こんな状況で?
降参する、なんて言い出す雰囲気ではなさそうが……いや、そもそも言う筈がないか。
そこまでは俺も分かった。分かっていた。
「マユと、全力で勝負してほしい、です」
しかしまさか、降参の次に除外した可能性が現実になるとは思ってもみなかった。
「宣・戦・布・告!! なんとマユ選手、仲間でもあるキリハ選手に宣戦布告だーっ!」
全力。意味の取り違えられる筈がない。
だが、俺程度なら余裕で叩き潰せると思ったというわけでもないらしい。
声の調子から、雰囲気から、それは何となく伝わってきた。
つまりそれだけ本気だということ。拒める筈がない。
「決勝は[イクスプロア]所属の二人! 各選手の休憩も兼ね、時間を置いてから――」
「すぐに始めてください、です」
「はいっ!? い、いえ、そういうわけにはいかなくてですね……」
「平気だから問題ない、です」
……そうきたか。
「えーっと、キリハ選手? マユ選手はこう言っていますが、そちらは……」
「マユが気にしないのなら俺も構いません。準備が終わり次第、いつでもいけます」
「あれーっ!?」
決勝戦の種目は変わる。そう聞いていた。
既に準備万端の綱を見るに、答えは見えているようなものだが。
「両選手とも問題ないとの事なので続行! 続行です! このまま決勝に移ります! 両選手とも案内に従って移動をお願いします!」
相手にとって不足はなし。
何より、マユにとってはただの試合ではないのだろう。準決勝前のような雰囲気はどこにもない。
「決勝は綱引き! 綱引きです! 綱の中央の印が――」
ルールは知っているものと変わらない。
それぞれの近くにあるラインまでいかに引き寄せるか。
「……遠慮はなし、ですよ?」
「分かっているとも。要望通り、全力でやらせてもらう」
それぞれ、綱を手にとる。
今はもう他に言葉は必要ない。ただ、司会の合図を待つばかり。
「それでは――…………始めっ!」
決して、気を抜いていたわけではなかった。
「ぉ…………っ!?」
いきなり、引かれた。
(この力、想像以上……!)
こんなことをされたら無理だ。確かに無理だ。
スロゥという参加者が耐えられなかったのも頷ける。
(だが……っ!)
俺とて、そう簡単にやられてやるつもりなどない。
この程度のリード、なんてことはない。取り返せばいい。
マユは微動だにしないが、こちらもこれ以上動いてやるつもりはない。
「キリハ選手! 大きく姿勢を崩されましたが持ち直した! しかしなんと言うことでしょう、今大会で数々の名場面を作り上げたキリハ選手を先制したのはマユ選手だったーっ!」
使える全てで、マユに応える。
それが今、俺のやるべきこと。俺がやると決めたことだ。




