表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VII ここにいたいと思うから
179/691

第179話 激戦を制したのは

「ところで兄ちゃん。一つ教えてやろうか。実はまだ全力の半分しか出しちゃいねぇんだ」

「残念だったな。俺は三割だ」

「強がらなくてもいいんだぜ? 三割にしちゃあ随分身体が強張ってるじゃねぇか」

「それを言うならそちらこそ。青筋まで浮かびあがっているのに半分だけとは思えない」


 挑発的な言葉の応酬。

 しかし、キリハもテッドも腕の力を緩めることはない。むしろ強まる一方だった。


 勝負の具体的な経過を見る事ができない観客もたちまち場の雰囲気に呑まれ、押せ、押せと口々に叫ぶ。

 身も蓋もない話、どちらが勝とうと住民達にとっては関係なかった。


「ふん……ッ!」


 相手に少し押されたと感じれば、負けじと力を込めて押し込む。


「ぬ、あ……くぉおおお…………ッ!」


 それを受け、またもう一方が一層力を込めて押し返す。


「――あぁっ! まただ! またしても机が壊されたーっ!」


 両者の力を受け止められるほどの強度は、木製のテーブルにもなかったのだ。


(うっわぁ……)


 勢い余って砕けるテーブル。

 既に片手の指で数えきれなくなるほど目の当たりにした光景。

 既にレアムは驚愕することも、興奮することもできなくなっていた。


 何故別の材質で作った物を用意しないのかただただ疑問に思うばかりだった。


「並々ならぬ怪力にはやはり耐えられない! どれだけの力が加わればこんな形で壊れてしまうのでしょうか!?」


(あの二人なら普通にやると思うけどなぁ。というか実際にやってるし。普通そうはならないけど)


 しかし派手に音を立ててテーブルが砕け散る光景は遠くからでもよく見える。


 派手な喧嘩でもなければ起こり得ないその光景を前に、観客は一層沸き上がった。

 少なくとも、観客はまだその光景に飽きてなどいなかった。


「既に周りには両選手によって壊されてしまった競技台の残骸が大量に散らばっています! この二人は後どれだけ壊すつもりなのかーっ!?」


「「す、すみません……」」


 とはいえ、さすがに破壊した本人達は罪悪感を覚えていた。

 しかし絞り出したような謝罪の言葉も町中の熱気に当てられかき消される。


 最初こそ盛り上がっているから、と自分自身に言い訳をすることも出来た。

 しかしそれで誤魔化すには壊し過ぎてしまったのである。


「レースの時の大暴れに比べたら全然軽い方だと思うんだけどね、あれ。まだ八個目だし。もっと派手にいくと思ってたよ、私」

「だからこれそういう競技じゃないんだって」

「そもそもあの時は、キリハが狙われた側、だった」

「そんなのどっちだっていーんですよ。派手にぶっ壊してくれた方が見ごたえあるじゃねーですか。……何してやがるですか! そこ攻めろってんですよーっ!」

「いけます、いけますよ! そのまま押し切りましょう、キリハさん!!」


 主催者の想定とは異なる形で、しかし観客からは好評を得る形で自らの力を見せつける二人。

 レースの内容を知っていた観客は勿論熱戦を期待していたが、彼ら彼女らが想像していた以上に白熱した試合が繰り広げられていた。


 多少長引くことはあっても、そこそこの時間で決着がつくと思われていたこの試合。

 疲れを見せないキリハとテッドは、開始の合図からお互い一歩も退こうとしなかった。


「さあ! 仕切り直してもう一度! 今度こそ決着をつけられるのか!? これ程白熱した試合が繰り広げられたのはいつ以来でしょう!? どちらが勝ってもおかしくない最高の試合です!!」


 湧き上がる歓声。

 キリハもテッドも、お互いを叩き伏せんと力を込める。

 両者の闘気が伝播するように、観客はやはり行け、そこだと声を張り上げる。


「………………」


 休養も必要だろうと思っていたサーシャにとっては、まさに計算外。


 以前の記憶を頼りに辿り着いた決勝の舞台。

 よりにもよって一番の大騒ぎの現場に[イクスプロア]の全員がいるとは思いもしなかった。


 まして、その大騒ぎの原因の一端を担っているのは他でもないキリハである。


 こめかみの辺りに痛みを覚えるのも仕方の無い事だった。

 それだけで済む筈がない。


「あ、サーシャさん? 用事はもう片付いたんですね。こっちは勝手に盛り上がっちゃってますけど、一緒にどうですか?」

「……えぇ、終わりましたよ。ついさっきまではそう思っていましたよ。折角ですから、その足で一緒に食事にでもと思っていましたよ!」


 しかも、観客の側に回ったレアム達でさえこの反応。

 硬直したアイシャとリィルを除けば、程度の違いこそあれど一様にこの場の空気に馴染んでいた。


「…………何をやっているんですかあなた達は!?」


 叫び声を上げたくなるのも、同様に仕方のないこと。

 幸い他の観客は試合に熱中しているためそちらに視線が向けられることもない。


 しかしながら、サーシャの心からの悲鳴はレアム達にはあまり響いていないようだった。


「何って言われても……ねぇ?」

「できることがねーから町を見てるんでしょーが。何日も振り回されたのに依頼なんて受けられるわけねーですよ」

「確かにそうでしょう。それは認めます。着いた時のあなた達の様子からして、難しいだろうということは分かっていましたよ?」


 思い返せば一同にとって乱暴な運転だったとサーシャも思い始めていた。

 キリハやマユのように平気そうにしている方が少なかったことも覚えていた。


 だからこそ、今日は休養に当ててもらうつもりでいた。


「押す! 押し返す! 会場はさながら火山のよう! しかし決着の噴火はまだ兆しも見えません!」


 しかしどうだ。

 比較的体力に余裕がありそうだったとはいえ、キリハもマユも力自慢大会に参加し、挙句決勝トーナメントまで残っていた。


 時折聞こえてきた実況の声からも、大暴れしていたことは想像に難くない。

 その上、今も群衆の中心でテーブルを破壊しながら腕相撲を繰り広げている。


「……では、あそこの彼についてはどう説明するつもりですか? あの喧嘩騒ぎの中心にいる件について筋の通った説明をしてもらえますか?!」

「「「「だってキリハ(君)だし」」」」

「それでこの私を納得させられると思ったら大間違いですよ!」


 レイスもトーリャもイルエもレアムも、見事なまでに声が重なった。

 四人にとっても、その時は返さなかったユッカにとっても、そのくらい当たり前のことだった。


「って言っても、やろうって言い出したのはキリハ君みたいですよ? マユちゃんを誘って。……だったよね?」

「少なくとも、オレはそう聞いた」

「着いた頃にはおっぱじめてたってのに止められるわけないでしょーが。詳しいことならそっちに聞けってんですよ」


 言われて、アイシャ達の方を振り向く。

 しかしアイシャもリィルも、自身に話が降られたとは思えないような反応だった。

 否、反応すらしなかった。


「……キリハ、どこに行ったんだろうね?」

「片付けの手伝いにでも行ったんじゃない? あいつそういうところあるじゃない」


 二人の瞳は虚空を見つめていた。

 一歩も退こうとせず勝負を繰り広げるキリハの方を見ながら、その姿を捉えていなかった。


「…………とても話を聞ける状態には見えませんよ? 私どころか、今まさに試合の真っ最中のキリハさんすら見えていませんよ?」

「違うんですよ。キリハさんがああだからこうなっちゃってるんです。アイシャも、リィルも」

「……解せませんね。ルールを守った上で試合をしているんでしょう?」

「違反するわけないじゃないですか。キリハさん、やられた側なのに」


 サーシャも驚きはしたが、アイシャやリィルの反応はやや過剰なように思えた。

 むしろ、普段のやり取りの感触から、アイシャはやると決めた後は純粋に応援に回るだろうとすら思っていた。


「だったら尚更です。止めるならともかく、何故あんなことに」

「さっき言ったとおりなんですけど……」

「はい、交代」


 説明の手立てがないユッカと、レアムが変わる。


「たとえばの話ですけど、ナターシャさんがあの辺りにいるおじマッチョ軍団にウキウキで混ざってたらどうですか?」

「…………は??」

「そう、その反応。驚くどころじゃ済まないですよね? 今のアイシャちゃん達はまさにそんな状態なんです。そっとしておいてあげてください」

「何を言っているんですか。姉様がこんな喧嘩に参加するとでも?」

「……ごめんユッカちゃん。あとよろしく」

「なにをですかっ!」

「だって一番大事な部分をくみ取ってくれないんだもん」

「あんな言い方するからですよっ!」


 そうしている間にも勝負は続く。


 しかし、更に幾つかテーブルを木片に変えた二人の試合にいよいよ変化が訪れた。


「――おーっとぉ!? キリハ選手、僅かに押し始めた! 押している! 押しています! とうとうこの勝負にも決着が着くのか!?」


 とうとう、キリハが僅かに押し始めた。

 無論、すぐに勝敗が決することはない。テッドも最後の力を振り絞って押し返そうとしていた。


「しかしテッド選手! まだだ! まだ持ちこたえている! 簡単に勝利は譲りません! 耐え凌げば逆転も見えているーっ!」


 可能性はゼロではなかった。

 それでも徐々に、徐々にキリハが押していく。


「大した兄ちゃんだ……! ストラにこんなのがいたなんてな……!」

「俺もこの町で足止めを食らって正解だった。こんな勝負ができるとは……!」


 キリハもテッドも笑っていた。

 笑顔と呼ぶにはやや凶悪ながらも、その表情を見れば楽しんでいるのは明らかだった。


「ッ……!」


 押し続けるキリハ。


「ぅ、おォ……!」


 耐えるテッド。


「っ、く…………!」


 均衡は完全に崩れ去った。


「あっ……」


 そして。


「決まった……決まったぁ――――っ! 激闘を制したのはキリハ選手! 両者一歩も退かないいい試合でした! ご観覧の皆様! 素晴らしい戦いを演じた両選手に拍手を! どうか惜しみのない拍手をーっ!」


 とうとうテッドの手の甲が木製のテーブルの上へ静かに、しかし確かに押し付けられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ