第178話 恨みっこなし
「――はぁっ!!」
拳がめり込み、たちまち岩に亀裂が走る。
乗れば二階にも届きそうな大きさの巨大な岩は、そのまま呆気なく崩れてしまった。
「やはり決まった! まさしく必殺の一撃! キリハ選手、最後の最後で今大会記録を叩き出しました! この男はどこまでやれば気が済むのかー!?」
宣言通り、マユと共に一位二位を奪い去った本戦最初のレース。
ゴール地点は北へ向かう大通りの一つ隣。不可思議な形状の像が置かれた、大きな広場だった。
その次に待ち構えていたのは予想通り、巨大な岩を破壊するまでの時間を競う――……わけではなかった。
一度の攻撃でどれだけのダメージを与えられるか? というものだったのだ。
しかも、魔法やドーピングを除けば他の何も禁じられていない。
つまりそもそも、素手で殴って壊す必要もないのである。
その証拠に地面にたたきつけた参加者が失格になることはなかった。
さすがに階段を上ることは許されないようだが。当然と言えば当然か。
「投げて壊していいならなんでもあり、です」
「同感。てっきり殴ってどれだけ傷をつけられるかを競うものだとばかり」
「それでも結果は変わらなそう、ですね?」
「以前にも同じ壊し方をしたやつはいた筈だがな」
実況は『今大会』と言っていた。つまり、少なくとも歴代最高ではない。
第何回大会か調べていなかったが、遡れば同等の破壊力を披露した誰かがいるということ。
驚きはしたが、あり得ない話ではないだろう。
ああいう競技だと分かって参加しているくらいだ。そのくらいの猛者がいても何らおかしくない。
おのれ……詰めが甘かったか。どうせなら歴代の最高記録も聞いておくんだった。
指先で軽く突いて壊した、とかなら再現も何もないが。
単に、個人的にこの場でやるようなものではないと感じるだけの話。
やりたいやつはやればいい。俺はやらない。それだけだ。
それにしてもまあ、なんて滅茶苦茶な。
こんなグローブを用意している辺り、安全に注意をはらっているのは間違いないが。
間違っても素手で壊せるなんて言える雰囲気ではない。
具体的にはアイシャとリィル。目が点になったまま動かなくなってしまっている。
何故かレイスもトーリャもユッカとイルエから距離を取り、一同を眺めてレアムが肩をすくめる。
なにがあったのか皆目見当もつかない。まるで信じられない者でも見たかのような表情だった。
(……まあ、終われば分かることか)
本人達――が相手では厳しいかもしれないが、レアムに聞けば一発で真相に辿り着けるだろう。
直感の警告に耳を傾ける価値などない。
「さあ! 盛り上がりも最高潮! 最後の戦いまでこまを進めたのは四人! ここから先は一対一の真剣勝負! 泣いても笑ってもこれが最後ですよーっ!」
最後。そのひと言に群衆はかつてないほどの盛り上がりをみせた。
一足先に一歩引いたのは英断だったとしか言いようがない。
こちらの様子を窺うだけでも四苦八苦しているようだったが、アイシャ達があの中に突撃するよりはるかにいい。
興奮しっぱなしの中に紛れていたらふとした拍子に何かが起きるかもしれない。あんな状態では猶更。
「まずは一人目! 彼が残ることを、一体誰が予想できたでしょう!? ストラからの刺客、キリハ選手――っ!」
まだ対戦カードすら発表されていないのにこれだ。
選手の名前が呼ばれただけで先程の激闘のように叫びをあげているのだ。
冗談半分に手を挙げたらどこからともなく小銭が投げ入れられる始末。誰か止めろ。
(それにしても、まさかここまでとは……)
てっきり町内会のちょっとした催し物程度だと思っていた。
ところがどうだ。実際は町全体を巻き込んだ大騒動。よく警備隊が許したものだとつくづく思う。
(……自分達も見たいから、なんて理由でなければいいが)
観客の中に警備隊の紋章を入れた鎧が見えるから不安でならない。
しかも一人や二人ではない。片手の指では数え切れない。
その上でこの盛り上がりよう。
最早このままノンストップで一気に終わらせた方がいいようにすら思えてくる。
失礼なことを言わせてもらえば、町中の歓声はもう魔物の雄叫びと大差ない。
すっかり順応していたマユでさえ、思わず耳を覆う程だった。
「こ、声が大きい、です……」
「決勝トーナメントと考えれば、まあ……それにしても大した盛り上がりようだな、本当に」
それだけノリのいい住民が集まっているということだろう。
毎日のようにこの調子で騒がれるのはさすがに困る。だが、年に一度くらいは目を外すのも悪くない。
とはいえできれば、もう少し頻繁に。
下手に溜め込んだところで大抵ロクなことにならない。爆発が大きくなるだけだ。断言してもいい。
まさに今俺達の目の前にも実例が存在している。
「続いて二人目も同じくストラから! その身体のどこにあれだけの力が? 今大会の華、マユ選手――っ!」
……さっきどれだけ派手にぶっ壊したかで決めた順番、だろうか?
レースの着順で言えばマユが先だった。総合成績は分からない。
ここまで派手に名前を呼んでいなかったから、まあそういうものだと思っておこう。
単に盛り上がりそうな順番だけかもしれない。
俺もマユも、体格的に客観的には不利(に思える)だろう。何故勝ち上がれるのかと思われているのは間違いない。
……いや、それならマユを最初か最後に回しているか。
「――激戦を潜り抜けただけあって、やはり錚々たる顔ぶれです! ご覧ください! 四人の選手から溢れんばかりの闘気を! 思わず火傷してしまいそうです!」
放ってなどいない。断じてそんなものはまき散らしていない。
むしろ魔力を鎮静化させようとしているくらいだというのに。
あとは精々、他の参加者を習って胸を張っている程度。このくらいならお互い様。向こうも見慣れているだろう。
ほら、大盛り上がりだ。
「それでは試合順を――おおっ!? ご覧ください! なんということでしょう! こんなことがあるというのか!?」
四人の組み合わせで盛り上がるも何も……
見覚えのある顔ぶればかり。あのレースで少しばかり競り合った相手が勢揃い。
来るなら来いと言わんばかりの雰囲気だった。
上等。そういうことならこちらも遠慮なくやらせてもらう。
「この因縁はどこまで続くのか!? なんと第一試合はテッド選手対キリハ選手! とうとう一対一での対決です! これは見逃せない――っ!」
……さては仕組んだな。
いや、組み合わせで考えれば十分あり得る話ではあるのだが、視界の言葉もどことなく用意されていた感が否めない。
抽選と言わなかったのは事実だが、なんでもありか。
「(仕組んでそう、ですね)」
「(だろうな。そういうことなら俺も利用させてもらうだけだ。……向こうもやる気のようだから、今度こそケリをつけてくる)」
ここまで来て腕相撲。
地味と言えば地味だが、純粋に個人の力を比べるのならこれ程わかりやすいものもそうそうない。
広場に置かれた、見るからに頑丈そうな木製のテーブル。
テッドと呼ばれた男と向かい合うように腰を下ろす。
「……よぉ。さっきの借り、返しに来てやったぜ」
「お互い様だろう。レースでは随分世話になった」
「……なら、分かってるよな?」
「ああ、勿論。……手を」
肘をつき、握り合い――
「「――どっちが勝っても、恨みっこなし!!」」
ありったけの、力を込めた。




