第177話 レースも終盤
「この盛況ぶり……そういえばアレがありましたね。この町には」
町中の熱気。遠くから聞こえる歓声。
走れ、走れと叫ぶ若い女性の声。……毎度毎度、よくやりますね。素直に感心します。
それにしても、もうそんな時期ですか。すっかり失念していましたよ。
遅れと言い、別のルートの方が正解だったかもしれません。一刻も早く姉様の所へ向かいたいのに。
(一応、見掛けたら注意だけはしておきましょう。アイシャさん達が参加するとはとても思えませんが)
知らずに巻き込まれるかもしれませんからね。
姉様もよく言っています。『どれだけ警戒してもし過ぎることはない』と。
もしかしたら一足先に着いた姉様がわたしのことを待ってくれているかもしれないんですから。
姉様の前にあのノリで暴れるような人までたたせるなんて言語道d
「――キリハ選手! ついに抜けた! 抜けました! 序盤から続いていた二位争いにとうとう終止符が打たれるのか―っ!?」
「………………はい?」
今、聞き覚えのある名前が聞こえたのは気のせいでしょうか。きっと気のせいでしょう。
いくらなんでもあり得ません。論外です。
もしかしたら、もしかするとあの姉さまに会ってもらえるかもしれないんですから。
可能性は低いでしょうけど、全くありえない話ではないんですから。
不思議なことに、ケクルギアの地下遺跡の秘密にも劣らないくらい不思議なことに、まだ姉様からの評価は落ちていないんですから。
それに、あの姉様のことです。直接会って確かめようとするかもしれません。
できる事なら然るべき職人に依頼して、相応しい衣装をまとってもらいたいくらいなのに。
「しかしまだ中盤! まだまだ逆転の機会は残っている! キリハ選手も油断はできません! テッド選手以下、凄まじい追い上げです!」
……常識的に考えて、身だしなみにも最大限気を遣うべきではないんですか? 気を遣うべきですよ?
ましてこんな危なっかしい競技に参加するなんてもってのほかです。減点一〇〇では済みませんし、私の気が済みませません。
同じ名前の方であることを願うばかりです。
「追い着いたのはスロゥ選手! 得意の直線に障害物はありません! 包囲網が崩れた機会を確実にものにした! そして当たる! また当たる! 二位争い、再び勃発――っ!」
それにしても……相当派手にやりあっているみたいですね。
観客の皆さんの歓声がここまで聞こえてくるなんて。
三大会ほど前に見た時も盛り上がっていましたけど、ここまでではありませんでしたよ?
やはり誰か、飛び入りで相当の新顔が入り込んだとしか――……
「しかしキリハ選手もやはり強い! テッド選手との激戦を経てもなお消耗していないのでしょうか!? 平均的な体格の中にどれだけの力を秘めているんだー!?」
「………………」
この競技の参加者は大抵、筋骨隆々になるまで鍛え上げた方がほとんどでしたね。
所謂『平均的な』範疇に収まる程度の体つきで参加する方など滅多にいません。
いても受付前にふるいに掛けられて落とされるでしょう。……つまり。
(あぁ……そうですか。そうなんですか。そういうことをする人なんですか)
あの姉さまが待っている国に向かうというのに。
予定より遅れている? そんなものが言い訳になるものですか!
(……さすがにちょっと暇、です)
障害物は多い、ですけど、気を付けておけばなんとかなるものばっかり、でした。
他の人も全然追い着けてない、です。
実況もキリハさんのところばっかり、ですし、あっちの方が楽しそう、です。
(……重りを蹴り返すところ、とか、どうせなら見てみたかった、です)
凄かったに決まってる、です。
なんとなく想像はできる、ですけど、やっぱり直接見てみたかった、です。
(……そんなことを言ったら、リィルさんには怒られそう、ですね)
今も近くで見てるはず、ですから。
マユ達のと違って黒い車が見える、です。ユッカさん達もそこにいる筈、です。
「……ぷふっ」
きっと今夜はお説教、です。
キリハさんもいつも以上に無茶苦茶なことをやってるみたい、ですし、寝られないかもしれない、です。
それか、朝まで続く、とか。
ユッカさんが呆れたり、アイシャさんが宥めたり、キリハさんが何か言おうとして、結局降参したり、とか。
今回はマユも一緒になりそう、です。……でも、それも面白そう、ですね?
(でも、今はまず、ここを突破しないと、です)
いつの間に坂なんて作った、ですか?
山みたいな坂なんてなかなかない、ですよ?
そういう町があるって聞いたことはある、ですし、アーコも二層構造みたい、ですけど、やっぱり珍しい、です。
「………………ふぇっ?」
進ま、ない? どうなってる、ですか?
登ろうとしても、登ろうとしても、足が滑って先に行けない、です。
ちょっと進んでもすぐ戻されちゃう、ですし。
「おっと、ぶっちぎりで一位のマユ選手! とうとう足止めを食らったぁっ! さすがのマユ選手もこの坂には苦戦か!? 他の選手との差が縮まっています! 頑張れ、頑張れマユ選手! ゴールは近いですよ!」
(そうみたい、ですけど……)
まさかこんなものまで残ってた、なんて。
これまでの罠もびっくりするようなものばっかり、でした。
空から網が降って来たり、とか。透明の壁、とか。落とし穴、とか。
力自慢の大会、なのに、あんまり関係なさそうな罠も多かった、です。
もう、一〇人以上脱落したみたい、ですし。
重りを投げつけた、選手も。『天罰が下ったみたい』って言ってた、ですから。
「うにゅっ……ん、く……っ!」
やっぱり滑る、です……!
この水のせいだと思う、ですけど、どこから持ってきた、ですか!?
「マユ選手の苦戦が続く! やはり複数の植物の三つを調合して作ったこの液体はまたしても参加者を阻んでいます! 先程までの余裕もなくなってきたか!?」
そんなの聞いたこともない、です。
こんなものを何に使えばいいのかも分からない、です。
ぬるぬるしてて、滑りやすくて、とにかく走りづらい、ですよ? そのためだけに用意した、ですか?
「後続の選手もこれ幸いと追い上げ……あぁっ!? 転倒! 転倒です! 勢い余ってそのまま全く関係ない方向へ! 残念ながら失格です!」
……どういうこと、ですか?
「言い忘れていましたけど、既に路上にかなりの量がばら撒かれているので皆さん気を付けてくださいねーっ!」
「「「先に言えよ!!」」」
「おやおや、文句を言っている場合ですか? 滑り過ぎたら脱落もありますからね?」
……怒る気持ちもちょっと分かる、です。
さっきマユが通った時にはそんなものなかった筈、なのに。
もしかしてその後に撒いた、ですか? それだと一位に有利な、ような……?
魔法が使えたら凍らせる、のに。この液体をどうにかできるものなんて残ってるわけない、です。
(とにかく早く突破しないとまずい、です……!)
何をされるか分からない、です。
主催者側が何をしてくるか分からない、です。
そろそろ岩くらいは転がしてきそう、です。
余裕だと思ってたのは悪かった、ですけど、まさかこんなことまでやる、なんて。
(このままだと、追いつかれ――……)
「大丈夫。折角ここまで来たんだ。俺達でワンツーフィニッシュを決めてやろう」
誰かが、支えて……?
でも、こんなことをしてくれる人なんて今は一人しかいない筈、です。
「キリハ、さん? 今のって、どういう――ひゃ……っ!?」
後ろにいたのは、やっぱりその人、でした。
びっくりするくらい、誰にも追い着けないくらい、あっという間に坂も乗り越えていった、です。




