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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VII ここにいたいと思うから
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第173話 アクシデント

 その後も馬車は疾走(はし)り続けた。

 二つの森の間を、草原の中を、町々に立ち寄りながら西を目指し続けた。


 時には花園を右手に、時には碧い泉の畔を、時には遠くに山の見える荒野の中。

 車窓から見える景色は目まぐるしく変わっていった。


 乗客に飽きる暇を与えることすらなく、あっという間に過ぎ去っていった。

 爆走する馬車に揺さぶられ、飽きるほど景色を眺める余裕などありはしなかった。


「つ、着いた……やっと着いたぁ……もう無理、立てねー……」

「休みを……少しでいいから休息、を……ぐふっ」

「だ、だらしねーですね……こんなのも耐えられ、耐え……きゅう」


 そうして辿り着いた、空の港の町。


 俺達が今いる小道でさえ石畳が敷き詰められた風情ある町並み。

 これまでの街と異なり楕円形の外壁を持つその町は、門の外からでも見えるほど高い塔のような建物を有していた。


 親切にも宿屋の前まで運んでくれた馬車はたちまち曲がり角へ消え、既に一〇分が経過しようとしている。

 しかし、特に振り回されてしまった三人には、もう起き上がるだけの気力も残っていないようだった。


「んー……要救助者三名ってところかな?」

「言ってる場合か。それからレイス。少しだけそこで待っていてくれ。先にトーリャを連れて行くから」


 様子を見るに、比較的レイスの方が余裕は残っている。

 その余裕も決して安心できるほどのものではないが、まさか同じく疲れたアイシャ達にそんなことを頼めるわけがない。


 イルエのことは……申し訳ないが、アトラクション気分で楽しんでいたマユか、比較的余裕のありそうなレアムに頼むしかないだろう。


「オレは、だいじょぶ……なんとか立てる、から……っ!」


 しかしレイスの答えは違った。

 いつもに比べてやや白い顔。小鹿のようにプルプルと震えているが、それでも起き上がった。


「前にキリハと本気めでやり合った時に比べたらまだ余裕あるしさ。このくらいならいけるって」

「……そういうことならレイスのメニューはもう少し増やしてもよさそうだな」

「!? 待った待った! なし! やっぱり今のなし!!」

「冗談だ。心配しなくてもそんなことはしない。……今のところは」

「お前の冗談分かりづらいんだから止めてくれって……待った。今のところはって言った? なぁ」

「はてさて、なんのことだか」

「キリハ!?」


 それだけ反応できる元気があるなら心配しすぎることもないか。

 シッカリ栄養を採って、ベッドで一晩休めば明日にはほぼ元通りになっているだろう。


 さすがに、こんな状態でトレーニングをしようとは言わない。言える筈がない。頼まれても断る。


「じゃあイルエさんのことは任された、です」

「お、おー……やるじゃねーですか、マユ。お礼に、好きなもん買ってやるですよ……トーリャが」

「勝手に、決めるな……!」

「はいはい、疲れてるんだからじゃれ合いはやめようねー。二人とも完全にグロッキーなんだから。早いとこ休んだ方がいいと思うよ?」


 幸い、部屋には余裕もあるようだった。

 ありがたいことに、ここも一階が食事処となっているらしい。この状況で遠出はできれば避けたかった。

 ここへ来るまでにも二、三か所。そういう宿もあったからそこが心配だった。


 サーシャさんは贔屓にしている宿――俺達の収入では泊まらない方がいい――を使うと言っていたから、その心配は必要ない。


「よ、よかったね……出発まで余裕があって」

「あんな短期間で向かおうとしなければ、そもそもこんなことにはならなかった気はするがな。……アイシャは平気か?」

「あ、うん……ちょっとふらふらするけど……なんとか平気」


 果たしてそれを『平気』と言っていいのだろうか。


 トーリャやイルエに比べれば幾分顔色はいい。

 いいのだが、あまり余裕があるようにも見えない。会談に近い部屋が開いていなければ、荷物を分けて運ぶことになっていただろう。


「もう今日はこのまま休ませてもらおう。食べ物は何か適当に調達しておくから。ここの人に頼むとか」

「戻れなくなったら大変ですもんね、キリハさん」

「何、いざとなったらアイシャ達の魔力を頼りに戻るから問題ない」

「大ありよ!」


 とはいえ、こんな状態だ。

 注文も選ぶ必要があるだろう。むしろ携帯食料の方が安全かもしれない。


「とにかく、今はサーシャさんを待ちましょ。手配とか全部あの人に任せるしかないんだから」

「いつもお世話になってるみたいだし、大丈夫じゃないかな? 五日待たなきゃいけないのも、いつものことみたいだし……ね?」

「いいじゃないですか。あんなに振り回されたんですよ? ちょっとくらい休んだって」


「……それが、申し訳ない事に『ちょっと』では済まなくなってしまったんですよ」


 ……なんと。






「………………」


 急転直下。意気消沈。

 馬車で疾走していた時のような明るさは、まるで昨日という日に置き去りにしてしまったような落ち込みようだった。


「ま、マユちゃん……? その、大丈夫……?」

「マユは平気、です。へっちゃら、ですよ?」

「全然そんな風に見えないけど……」

「? どうかした、ですか?」

「う、ううん! なんでも!?」


 座り切ったマユの目に掛けられる言葉など思いつける筈がない。


 まさか当てにしていた交通手段が不慮のアクシデントでこちらに戻れていないだなんて、想像できる筈がない。

 ここの前に立ち寄った町では一切そんな話を聞いていなかったのだから当然だろう。連絡もなかったとサーシャさんが言っていた。


「(マユってば完全に落ち込んじゃってるわね……なんとかできない? ちょっと気を紛らわせるようなものでもいいから。あたしにできることなら手伝うわ)」

「(昨日聞いた範囲では他にいい方法はなさそうだった。それと、ヘレンのちょっかいなら期待しない方がいい。ああ見えて線引きは固い方だから)」

「(あたしだってそこまで図々しくないわよ。……ん? 昨日?)」


 ……またそうやって口を滑らせる。


「(仕方の無い事とはいえ、急ぐに越したことはないだろう? だから何か手掛かりがつかめないかと思って、サーシャさんと少し)」

「(夜に二人きりで、ねぇ……?)」

「(皆を叩き起こせるわけがないだろう、あんな時間に。それと、先に声をかけてきたのはサーシャさんの方だ)」

「(……あんた、ほんと女の子と仲良くなるのは早いわよね)」

「(厳重に抗議する)」


 それに関しては誤解以外の何者でもない。

 別に関係が悪化したとは思っていないが、断じてリィルが想像しているようなものではない。


 大真面目に調べ物をしている最中にそんな雰囲気になる筈がない。

 もはやリィルが何を警戒しているかすら分からなくなってきた。


「リィルは心配しすぎなんですよ。キリハさんがそんなことするわけないじゃないですか。きっと真面目に探してたと思いますよ?」

「そ、そのくらい分かってるわよ!」


(とはいえ、このままあてもなく町をさ迷い続けるというのはさすがに……)


 車内で振り回されまくったアイシャ達に、意気消沈のマユ。とても依頼を受けられるような状況じゃない。


 昨日見た限り、難易度は上手い具合にばらつきがあった。それはいいが、こちらも数が少ない。

 距離的にストラのあれこれが影響した筈などないのだが……安全になったと考えておけばいいか。


「バスフェーみたいなのをやってたらよかったんですけどね。……ないですよね?」

「いくらなんでも高望みが過ぎる」

「それより場所を変えましょ。この辺り、どっち買って言うと住宅街みたいだし――」


 ふと、リィルが足を止めた。


 街頭に貼り付けられたチラシの前で足を止めた。


 ユッカと二人で覗き込むと――


「……力自慢大会?」


 飛び入り参加も大歓迎の、いかにもなイベント。

 しかも今日。地図を見るに、この近くで。


「よしきた」

「ないわよ」


 何をするか知らないが、ただ町を歩くよりは変わったものも見られるだろう。きっと。


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