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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VI 元気いっぱい 幸せいっぱい
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第143話 小休止

「でも一勝一敗かー。てっきりどっちかのストレートで勝負が決まると思ってたのに」

「も、もう少し信頼してくれよ。レアム……」

「ごめんごめん。よく頑張ってるよレイス君も。偉い偉い」


 そういう意味なら、最初の勝負にシャトルランを選んだのは失敗だったかもしれない。


 俺は実際の往復数の五分の一。対して、レイスとトーリャは二人の往復数の合計。

 それが最初の条件だった。


 気を抜けば大差をつけられかねない条件だと分かっていたからこそ、まるで余裕はなかった。

 だからこそ悲劇は起きた。


 俺の姿が何人も見えたというのはアイシャやリィルの談。

 蹴る度に抉った地面を見た誰もが頬を引き攣らせていた。


「いっそ次は泳いだ距離なんかで勝負してみるとかいいかもね?」

「海も川もないのにどうしろと。危険も多いだろうに」

「そこはあれだよ。キリハ君の魔法でいい感じに仕上げる方向で」

「触手の一件が収まっていないのに更に騒ぎを起こせと?」

「できないとは言わないんだね、キリハ……」


 中学二年の夏休み、師匠によって課された宿題が限りなくそれに近いものだった。


 拠点内部に設置された訓練用プール。

 その内の一つから丁寧にも水を抜いた師匠は、一瞬で満タンにして見せろと言い出した。


 きっと魔力量を伸ばす意図もあったのだろう。

 何より当時は、少しでも敵から逃げ出せる可能性を上げる必要があった。


 そのための足止め手段の一つとして考えていた。らしい。

 馬鹿みたいな量の水で押し潰すという発想自体、今になってみれば冷や汗もの。


 しかし実際に効果があったから何も言えない。

 あの異形共を容易く押し潰すことができた。魔法とすら呼べない乱雑な代物ではあったが。


「プール擬き――泳げそうな設備をつくればどうにかなる。多分」

「なんで自信ないんだよ。いつもなら見本くらい作ってるじゃんか」

「三人が並列して泳げるくらい大きな箱を想像してみれば分かる」

「は、箱?」

「……そういう、ことか」


 内壁を氷。更にそれを覆うように土の壁。その中には当然、大量の水。

 二五メートルとして計算しても、ストラの大通りの一部を占拠しかねない。


 町のレジャー施設として開設するなら知らないが、できる筈もない。実現のための障壁が多過ぎる。


 魔法で作り上げた水は体内に取り込むべきではないとも言われていた。そんな中に飛び込むもの好きなどそういない。

 しかし自然に貯めようと思ったら膨大な時間がかかる上、水質も……そんなことに生活用水を使うわけにはいかないだろう。


「一区切りはついたしとりあえずみんなは少しそこで休んでいてくれ。すぐに戻るから」

「あ、じゃあ私も――」

「ああいや、待ってくれ。さすがに誰かが立ち会うのは少し……な」

「へ? あ……っ!? ご、ごめんね! 行かないようにするから!」


 ……何か妙な誤解をされているような。


 あとで誤解を解いた方がいいかもしれない。全員のためにも。


 とはいえ直接会うのはまだ厳しいだろう。何より本人にそのつもりがない。

 幸い、場所は森の中。木々が上手い具合に影になってくれるだろう。

 少し奥へ向かうだけでたちまち空からの光が絞られる。


 この気配、間違いない。

 あれだけ連絡をしてくれと頼んでいるのにまたか。またなのか。


 まさかヘレンを確保できたわけではないだろう。

 それなら当人の気配が感じられる筈。


「――あれは一体、どういうつもりですか?」


 待っていたのはやはり、不満そうな表情を浮かべたイリアだけだった。


 木漏れ日に照らされたその姿は神秘的という言葉ですら到底言い表すことはできそうにない。


「どうもこうもない。レイス達にも少し考え方を変えてもらおうと思っただけだ」

「だからと言って何もあんな手を使う必要はないでしょう。せめて真意を伝えるべきではありませんか?」

「俺が言うより自分で気付いた方がきっと身に染みる。それに、皆ならすぐに気付く筈だ」


 一目見れば二度と忘れられない美貌は未だに不満で歪んでいる。

 我ながら回りくどい方法だとは思っていた。こればかりは反論のしようもない。


 イリアを納得させられるような説明の言葉が浮かぶ筈もなかった。

 ……この鞘を贈られてから続く不機嫌も原因の一端だろう。


「誰の思考が移ってしまったんでしょうね。その結論」

「さあ、誰だろうな。心当たりが多過ぎる」


 あえてその人物を名前を出すまでもない。

 あの頃は本当に、一緒にいない時間の方が少なかった。


「それにしても……おかしなものだ。こうも向こうの常識が通用しないとは。ふ、分かっていてもおかしくて仕方がない」

「見ていれば分かりますよ。《解砲魔光(あの魔法)》に関しては二、三言いたい事もありますが」

「なんだ。思っていたよりも少ないな」


 てっきり後ろにゼロが一つはつくものだとばかり。

 数倍に収束した《解砲魔光》は、本来のそれと比べ局所的な負荷が大きくなる。

 イリアがいい顔をしない理由も間違いなくそれだろう。


「ええ、今はまだ他に話すべき事がありますから。山のように」

「どうして《魔力剣》を封じたのか、か」


 支部長にも言われた事。しかし、比べようがないほど大きく意味は異なる。


 分かって当然とばかりに、イリアは頷く事すらしなかった。

 どうあがいたところで避けられる話題でもない。驚きはなかった。


「まさかここまで頑なに発動を拒否するとは思いませんでした。……いつまでそうしているつもりですか? あの魔法は、あなたにとって……」

「ああ、分かっている。別に捨てようなんてこれっぽっちも思ってない」


 ある人から、託されたといってもいい魔法。

 そうでなくとも、使用時間は他の魔法の追随を許さない。身体の一部と言ってもいい。


 それをわざわざ封じ、迷宮の剣を使い続けていたのだ。

 たとえ心を読めたとしても、イリアが直接言葉で説明を求めるのは当然の事。


 だが、己の中で答えも既にまとまっていた。


「だが、この世界にはあの世界になかったものも多いだろう? 何もかつての戦い方にこだわる必要はないんじゃないかと思ったんだよ。こいつを使うようになったのもその一環だ」


 使うべき時タイミングにまで出し渋るつもりはない。

 否定しようとまでは思わない。俺自身に否定する権利などある筈がない。

 過去を否定してまで縋り付く“今”にきっと価値はない。


 しかしやはり、イリアは深いため息をついた。


「……また何か事件に首を突っ込むつもりですか。あなたは」

「そうかもしれないし、俺を狙った何かが来るかもしれない。俺という個はともかく、能力を狙いの馬鹿は探せばきっと山のようにいる」

「どこかの放浪者が大人しく指示に従っていればもう少し楽に対策も立てられたでしょうね。ええ、本当に」

「それは言っても仕方がない。……あいつの真意も未だに読めない」


 この前の楔もそう。

 アイシャ達を援助する以外にあんなものを作り出す理由がない。


 俺と触手が戦った結果など目に見えていた筈。

 手を出さないのならそのまま頑なに沈黙を貫けばよかった。しかし、そうしなかった。


「どういう理由であれ度が過ぎていることに変わりはないでしょう。ましてあなたに一服盛るなどありえません。……少々教育不足だったようですね」

「前科持ちが何を言うか」

「何のことでしょう。全く身に覚えがありませんね」


 俺に関わることは覚えているんだろう。この大ウソつきめ。


 強制的に眠る効果がない代わりの副作用を俺が都合よく忘れたとでも思ったか。


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