第142話 事の始まり
きっかけは一昨日の出来事だった。
「……講演会?」
「そっ、参加券。って、俺も人からもらっただけなんだけどさ」
かつて冒険者として名を馳せたとある人物が、近々トレスでの催しに参加するのだと言っていた。
なんでも全盛期は、現代の“精霊騎士”に負けず劣らずの知名度だったらしい。
よく知っているのはガルムさんの世代とその前後だった、とか。
「けど、その日は俺も仕事があって行けそうにないんだよ。でも、このチケットを余らせるのも悪いなって思って」
「受け取ってくれそうな知り合いを当たっている真っ最中、と」
「おめっとさん。お前が一人目だぜ」
「わーい。じゃ、ないだろう」
「いや今のはお前が勝手に言ったんだろ。どうしたんだよ。急に」
「たまには年相応の反応でも見せておこうと思って」
「お前がやっても不気味って事だけが分かったな」
「おい」
そんなものを知り合いに渡しても構わないのか不思議で仕方がなかったが、特に指名されているわけではないようだった。
ルークさんは先日の触手の件で大忙し。
比較的暇そうな知人として真っ先に候補に挙がったようだった。表面上は。
「脱線したけど、それで今回は実演もあるんだってさ。どうだよ? いつもの乱闘スタイル以外も勉強してみるとか」
「型にはまらない、と言ってくれ。……まあ、先人の話に興味がないといえば嘘になるが……」
「だろだろ? お前が取り入れなくても朝練の参考になったりしてな」
しかしどことなく、反応が妙だった。
言葉自体は自然なもの。しかしリット本人の雰囲気が妙なもののように思えた。
「それで? このチケットは一体どこのどなたから?」
「おっと、それは言えないな。これでもちょっと変わった伝手があるんだよ」
「予想通りだ。安心してくれ」
人から貰ったのは間違いない。
しかし、ひょっとすると、リット本人に見てほしいと思って渡したわけではないのかもしれない。
その場で受けた印象は、今でも変わらないままだった。
「折角だが今回は辞退させてもらう。そういうイベントなら他に興味のある人が行った方がいい」
「いやいや、色々あるだろー? 誰か誘ってみるとか。キリハが誘ったら喜んできてくれるぜ、きっと」
「……とても会話の弾む内容には見えないが」
「そこはあれだ。お前次第だろ」
「だったら猶更、行かないところから始める」
「それじゃ意味ないだろ」
チケットはどうやら二人分渡されていたようだった。
リットのことだ。その気になれば誘う相手くらい大勢いたことだろう。
「とにかく一応持っておけって。気が変わるかもしれないだろ。じゃ!」
「おい待て。まだ話は――……なんて逃げ足の速いやつ……」
言うだけ言って協会を飛び出したリットはそのまま人混みの中へ消えていった。
あの時は確か、昼を過ぎたばかり。
協会に繋がる大通りは買い物客でにぎわっていたのを今でも覚えている。
おそらく周囲からは、逃げるようにも見えただろう。
しかし、町の中で全力疾走をしてまで追いかけようとは思えず、見送るばかりだった。
何よりそこへアイシャ達がやってきたのだ。
「あ、やっぱりここだったんだ。支部長さんのお話はもう終わった?」
「少し長引いたがな。あの支部長、なんとしても魔法で対処したいらしい。投石器を配備した方が無難だと思うんだがな」
「あ、あははは……そうだったんだ……お疲れ様」
元からその日はそういう予定だった。
支部長との話がいつ終わるかも分からず、午前中は別行動をとるしかなかった。
リットとはフロアに戻ったところで偶然出会ったに過ぎなかった。
リットにとっては偶然ではなかったと思うが。
「でも、キリハさん、さっき――」
「待った。一旦待った。……マユ。ちょっとこっちに」
「? マユは気にしない、ですけど……」
故に、リットとの一部始終を見ていたのは、協会の手伝いに戻ったマユ一人。
アイシャが知っている筈もなかった。知らせるわけにもいかなかった。
「アイシャの前でリットの話はなるべくしないようにしてもらえると助かる。もう少しだけ待ってくれないか」
「分かってる、です。でも、後でバレたらもっと大変、ですよ?」
「……そこは俺がなんとかするしかない」
「応援してる、です」
幸い、その後もチケットの出所に着いて問い詰められることはなかった。
あの一件からも既にかなりの日数が経っている。おそらくあと少し。
また誰かが余計な指示を出さない限り、関係も改善されるだろうと思っていた。
リットが押し付けるように渡したチケットの出所はまだ俺も分かっていない。
気を付けなければいつまた泥沼化してもおかしくはなかった。
「キリハ、どうかした? なんかこっそり話してたけど……」
「隠さなきゃいけないようなことでもあるんじゃない? ここで誰かと会ってたとか」
「なんの心配してるんですかリィルは。いいじゃないですか別に。わたしたちの知らない人と会ってたって」
「どことなく言葉に棘を感じるのは気のせいか?」
「そんなことないですー」
ユッカが誰よりもむっとしているように見えた。
言っても言わなくても大して結果は変わらないと気付いた時にはもう遅かった。
レイスがチケットの存在に気付いてくれなければもっと長引いていただろう。
「っていうかさ、それどうしたんだよ。誰かから貰ったとか?」
「まあそんなところだ。今度トレスで開かれる講演会に参加できる、とかなんとか」
「……それ、一人分か?」
「いや、何故か二人分だ。それ以上は確保できなかったんだろうな」
トーリャはどうやら、そのイベントに着ついて知っているようだった。
あの反応からして、講演を開く冒険者を知っていたのは間違いない。目の色が変わっていた。
「いいよなー、キリハばっかり。俺もそういうのもらえないかなー」
「仕方がない。今回ばかりは、同感だが。オレにも、そのくらいの力があれば……」
「別にそんな羨ましがられるようなものでは――」
その時ふと、いつ振りか、俺の中で悪魔が囁いた。
「だったら……そうだな。ここは一つ、勝負といこうか?」
その時の俺はマユ曰く、『悪い顔』をしていたそうだ。
レイス達の方を向いていて、アイシャ達には見えていなかったらしい。
「……は?」
「……何を、言ってるんだ」
レイスもトーリャも、その時はひどく驚いた表情を浮かべていた。
なんでも、俺がそんなことを言い出すとは思ってもみなかったのだとか。
「このチケットをかけて勝負しようと言ったんだ。本人は仕事が忙しくて行けないそうだし、俺の好きにしていいとも言われている」
「いやいやいやいやいやいや!! 無茶言うなよ!? 不公平だろ!」
「二対一の方が不公平でしょーけどね。普通なら」
「だがキリハは、普通ではない」
「その言い方はやめてくれないか。まるで俺がおかしいみたいじゃないか」
「「「「……え?」」」」
その日は特に俺の態度への反応も失礼なものが多かった。
リットといい、レイス達といい、揃いも揃って一体人の事をなんだと思っているのだろうか。
「別にそんなことないと思うけど……」
「そうじゃないでしょ。あんたほんとに分かってる? 正面からやったら……」
「何も一方的な勝負をしたいわけじゃない。上手い具合に条件を付けるつもりだ。たとえば――」
俺の成果を適当な数で割ったものを点数とする、とか。




