第134話 意図せずして
「こんな感じ、ですか?」
赤に染まりかかっているビーズ程の果実をマユはあっという間に、丁寧にもぎ取った。
持ち帰って店に並ぶ頃にはいい具合に熟れているだろう。
潰さないようにとして枝ごと回収した俺とは大違い。
それにしても、近くの森にこれだけ色々育っていたとは。
これまで探索に消極的だったのが悔やまれる。
先人達はきっと何度も訪れていたに違いない。
「やっぱりマユちゃん上手だね? お手伝いしてるとそういう経験も増えるとか?」
「それなりに、ですけど」
アイシャとリィルが主となって作っただけあって、弁当へのユッカの反応はとてもいいものだった。
魔戦終盤には活用することのなかった料理の技術も少しは役に立っただろうか。
「まあでも、採取はこのくらいでいいんじゃね? あの触手だって探さなきゃだしさ」
「いつもみたいにはいきゃいーんですけどね」
「悪いな。今のところはまだ何も。……妙な話ではあるが」
これだけ捜索をかけて見つからないなど、逆に珍しい。
ユッカがああ言ったのも正直分かる。
俺もてっきり、すぐに見つかるものだと思っていた。
まさか二時間経過してなお、その姿を捉えられないままとは。
あのスピードだ。
逃げ足も相当のものだろう。おかげでその痕もはっきり残っている。
「だからって数増やそうなんて考えるんじゃないわよ? 増やしすぎたら精度も落ちるんでしょ」
「分かっているとも。今はまだこのくらいが精々だ」
「このくらいって、たくさん飛ばしてなかった……?」
精々一〇〇羽。とても大した数とは言えない。
普段ならこれでも多いくらいだが、今回の的はとにかく素早い。まるで足りていない。
追尾の速度にも限度がある。
昔は物量で誤魔化せたからよかったものの、さすがに改良が必要かもしれない。
ほとんど一から学ぶ必要があるのが難点か。
「それよりさ、弾き返すコツとかないか? さっきのキリハみたいに」
「近付いてるって分かったタイミングに剣を抜いてたからね。後ろ向いたまま」
「じゃあ無理だな」
早い早い。諦めるにはまだ早すぎる。
感知した時点で刃に手をかけ、タイミングを合わせて叩き斬る。
言葉にして説明できるコツのようなものはなくても、身体が馴染めばどうにでもなる範疇だろう。
「一気になんとかしようとするから難しいように感じるだけだ。目を閉じて、指の先まで神経を研ぎ澄ませて……」
「やめやがれですよ。こいつらさっきから目閉じてるだけですから」
……なんと。
まだ始めたばかりと反論しかけたが、確かにイルエの言う通り。
この調子では確かにまだまだ時間がかかるだろう。
感知魔法の習得も手だが、付け焼き刃でどうにかなるものでもない。
となれば地道にやるしかないだろう。
「でも、この跡を辿れば見つけられるかも、です」
「あとは抉られた木の表皮か。手懸かりになりそうなものは」
「へ?」
「は?」
何を驚くことが?
凹んだ地面。抉られた木々。
軽く探っただけでも、最低限の手がかりは残されている。
あれでも一応ダメージにはなっていたらしい。
意図せずぶつけてしまったようだった。
「今言った通りだ。ほら、ここの木なんて特に分かりやすい」
「……気づいてたならもっと早く言いなさいよ!?」
……意図していなかったのはこちらもだが。
まさかそんなに驚くなんて。
マユも俺もある程度方向を定めていたし、誰も何も言わなかった。
方向音痴な俺があてもなしに歩くわけがない。
迷うに決まっている。
「ごめんなさい、です。もう、気付いてるかと思って……」
「そういうのじゃないから。別にマユに文句があるわけじゃないわよ」
「迷わずに進んでると思ってたけど、そういうことだったんだ……」
しかし、それも決して手がかりとして万全と言えるものではなかった。
所々途切れてしまっているし、感覚もまばら。
もしかしたら俺達が辿っている通りに触手が暴れていないかもしれない。
さすがにそこまで細かな調査を行えるだけの知識は俺になかった。
「でも、じゃあこういう跡が残ってる方を探すように言えば見つかるんじゃないの? キリハ君の魔法なら」
「そう思って今も向かわせているが……ち、さすがに気付かれたか」
また潰されたか。
手懸かりを見つけさせるだけでもひと手間。
しかも注意してみなければわからないようなものばかり。
なんとか探せても、どこからともなく潰される。
そこへ向かわせても影も形も見当たらない。
はっきり言って、《小用鳥》の苦手分野なのだ。
(それにこれはもしかすると……)
それだけではないかもしれない。
思えば違和感はあった。あの時の《斬水》がそうだ。
「撤退だ」
「反応が消えた、ですか?」
「な、なによ。そんなに危ないわけ? そういうことなら――」
説明している暇はない。
「《氷壁》」
あれだけ《小用鳥》を展開していたというのに。一体どこから。
氷の壁を叩く赤黒い触手。
先程見たのとまるで変わらないそれがまたも現れた。
しかも逃げない。
こちらが仕掛けず、警戒すると分かっているから逃げようともしない。
「……確かに撤退安定だったかもね、これ」
「一本だけじゃねーですか。こんなの魔法で吹っ飛ばしてやりゃいーですよ。――轟け稲妻、我が元に――」
「止まるな! イルエ!」
……間一髪。
念のために用意した氷の盾は無駄になったが、それでいい。
斬撃まで空振っていいとは思わないが。
魔法を発動させようとその場に留まったイルエを狙った触手。
トーリャが抱き抱えて直線コースから追い出してくれていなければ……
「と、トーリャ!? 何しやがるですか! あのまま魔法で消し炭にしてやれたですよ!?」
「無理だ。……だろう、キリハ」
「おそらくな。さすがトーリャ」
「……オレが間に合わなくても何とかするつもりだったくせに」
「当然、です」
「今のは、マユに言ったわけでは……」
やはりマユも。
手にした盾は決して大きくない。力勝負になっていただろう。
油断していたつもりはないが、気を引き締めなければまずい。
「――《水流》!」
アイシャの水魔法を受けても平然としていた。
「あ、あれ? 聞いてない?」
「というより、これ……」
それどころか。
「なんで凶暴になるのよ――――っ!?」
たちまち魔物は暴れ出す。
近くの木々を殴りつけ、叫び声をあげていた。
しかも。
(ち、魔力がなければこの程度か……!)
斬撃の通りも悪い。
刃を振るった衝撃波も触手を切り裂くには至らない。
「そろそろ方針を聞かせてもらえると助かるな、キリハ君。魔法通じてないよね、あれ?」
「間違いなくな。通りで《斬水》の手応えも……」
「いや、斬ってただろ」
「余波だ。余波。しかも浅い。見ての通りすっかり傷口も塞がっている」
再生能力か、成長が異様に早いか。
どちらにせよ、根本からどうにかしなければ始まらない。
「……剣でそんなことできる、ですか?」
「ないない。あいつだけ。オレできないから。そんなこと」
「納得、です」
焼き払えるのならそれが最善。
「魔法が効かなく、ても……」
しかしこんなところでそれだけの火力を発揮するとなると……
「燃える筈、です!」
「!?」
火だるまになって大惨事。
しかも、ますますまずい。マユのあの位置――
「……なにあれ?」
「か、火炎玉? マユあんた、いつの間にそんなもの……」
「このくらいの準備は当然、で――」
抱えて下側を、左手に飛び込み更に二度。
今度は直接、斬りつける。
「あとの警戒までしっかりしていれは完璧だったな。……大丈夫か? 怪我は?」
「おかげでなんともない、です」
しかしそれでも、まだ倒すには至らない。




