第130話 ユッカの抵抗
「どうしてこんなことになるんですかぁ~……」
マユの指名から一夜明け、昼食も済ませた頃。
アイナさんと買い物に出かけたアイシャを留守番がてら待っていたところへやってきたのはユッカだった。
しかも珍しく一人だけ。最近は大抵誰かと一緒にいたからかえって新鮮だ。
初めて会った時、一人で俺の情報をかき集めようとしていた姿がもう懐かしく感じる。
「あそこでムキになった上、更に見栄を張ってしまったから、としか」
「そんな正論は今聞きたくないですっ!」
他にあるとしたら、そう。マユの個人的な動機。
家の中に入って来ても両肩をがっくりと落したまま。
足取りもいつになく重かった。
テーブルに突っ伏すような体勢だったユッカは起き上がってもすぐまた元の姿勢に戻ってしまう。
身体に悪いといったところで聞いてくれそうな雰囲気ではない。
「もういいんですよ。そういうのは。リィルにさんざん言われたんですから。もっと優しいこと言ってくださいよ~……」
「そういうのは俺の専門外なんだがな。それでリィルは? 一緒じゃないのか」
「だってリィルといっしょにいても準備のこと言われるだけですし……大丈夫って言っても聞いてくれないんですよ?」
「いや、準備は必要だろう……?」
大部分は協会側が進めていると聞いている。
それこそ支部長が言ったように、ストラ支部の皆さんが着々と準備を整えているところだろう。
本部とやらの直接的な指導はほとんどないらしい。
ルークさんから聞いた話によると、下手に介入してその支部の特徴を奪うような真似はしたくないから、だそうだ。
決して手間を省こうとしたわけではないらしい。
それでも体験する側の冒険者が何もしなくていい理由にはならないだろう。
俺にしては比較的珍しい真っ当な意見も、ユッカの不満を大きくするだけだった。
「なんですかキリハさん。キリハさんまでリィルの肩を持つんですか? そうですよね。この前カウバで気持ちよくしてもらってましたもんね」
「言い方。その言い方は外で使わないように。しかしその反応、さてはどこかでアイシャかマユに会ったな?」
「違います。イルエたちですよ。ひどくないですか? 誰もわたしの味方してくれなかったんですよ!?」
「ああ……」
ユッカが語るその瞬間が目に浮かぶようだった。
言い出したのはイルエか、レアムか。まあ二人のうちのどちらかだろう。
結局そこにレイスもトーリャも同調したといったところか。
自分達が受けないとなれば猶更。その気持ちは分からない事もない。
それにしてもアイシャ達がいないタイミングで本当によかった。
わざわざ耳かきをそんな言い方する必要はないだろう。いくらなんでも。
しかもそんな半眼で睨みながら。一体俺にどうしろと。
「言い方が優しかったらいいってわけじゃないんですよ! なんなんですかもー……」
「まあまあ。そんなしかめっ面ばかりしていると、寄って来る幸せも寄って来なくなるんじゃないか?」
「じゃあキリハさん変わってください」
「そこでその接続詞はどうなんだ」
結論に至るまでの何もかもを投げ捨てるんじゃない。せめて最低限は教えてくれ。
あの時はああ言っていたリィルも、こんな形で俺が参加すると分かったところでいい顔はしないだろう。
巡り巡って結局ユッカ相手にお説教が始まるだけだ。ついでに俺も。それは避けたい。
頬をリスの様に膨らませたユッカの要望に応える事はできそうになかった。
とはいえ、何も本気でやめようとしているわけではない。
単に不満を聞いてくれる相手が欲しかったという部分の方が大きいんだろう。
「……お願いの権利、まだ残ってましたよね」
「ふ、いいのか? そんなことに使って。次いつそんな機会があるかも分からないのに」
「優しいキリハさんなら、きっと聞いてくれると思って」
「残念、俺は手厳しいキリハさんだ。なんでもかんでも引き受けるつもりはない」
「……いじわる」
俺ごときで優しいと評されるのであれば世の中には聖人君子で溢れかえっている。
どうやらリィルへのユッカの認識は厳しさの方が上回っているらしい。
それにしてもまた懐かしい話を。
交代は冗談にしても、一体いつまで取っておくつもりなんだろうな。ユッカは。
「勿論、俺にできる事なら可能な限り協力する。募集が締め切られたとはいえ、少しくらいできる事もある筈だ」
「そうですよ。キリハさんが考えるー、なんて言わずにそのまま応募してくれてたらこんなことにはならなかったのに」
(……やはり余計なことは言うものじゃないな)
結局、応募はしていない。
支部長の存在は関係なく、今回は止めようと思ったまでの事。
どのみち応募しようにも既に期間は終わっている。
ルークさんも昨日が最終日だったなら最初にそう言っておいてほしかった。
アイナさんに教えてもらわなければ今も知らなかったかもしれない。
「応募者も多かったんだろう。それなら本当にやりたい人にやってもらった方がいい」
「……あの、わたしは? 別にやりたいなんて言ってませんよ?」
「だが、ユッカはあの場で断らなかった。理由なんていくらでも用意できた筈なのに」
「そんな簡単に言わないでくださいよ。すぐ思いつけるわけないじゃないですか」
「本当に断るつもりしかなかったのなら、とっくに纏まっていそうなものだがな」
ある程度納得のいくものであれば、向こうも拒否はしないだろう。言い方は悪いが、手間も減らせる。
特にユッカは他の冒険者と違って応募をしたわけでもない。マユも話せばわかってくれるだろう。
今ならまだ代理だって集められる。
極端な話、当日の朝に仮病を訴えてもいい。リィルに見破られる可能性はこの際考慮しない。
だがユッカはそんなことを考えようともしていなかった。
「今だってそうだ。文句はあっても、辞退する理由を探そうとしていない。一応、今ならまだ辞退も受け付けてもらえるだろう?」
「それは……そうですけど……」
そこでもやはり『否』が突きつけられることはない。
やりたくて仕方がないとまではいかないにせよ、全く興味がないわけでもないのだろう。
それならそうと素直に言えばいいものを。ことさらに隠すような事でもない。
「何せ今回はマユ直々の指名だ。得意にせよ苦手にせよ、いい経験になるのは間違いない」
「ぅううううう~!!」
それこそ、ドのつく素人が大半だろう。
元々そういった人物を対象とした企画なのだから。経験者が華麗に仕事を片付けるようでは意味がない。
「そこでそれ思い出させないでくださいよ! せっかくやろうって気持ちになってたのにっ!」
「だったら決まりだ。どうせなら俺を相手に予行演習でもやっておくか?」
「話聞いてます!?」
「ああ勿論。さ、ユッカの好きなタイミングに始めてくれ。俺はいつでも構わない」
「だ~か~ら~!!」
やる気が出たと認められたならそれが一番。
それこそこの先、二度とないかもしれないような経験だ。
「ただい――……あれ? ユッカちゃん? どうしてうちに……何かあったの? キリハ」
「ああ、おかえりアイシャ。こっちは協会の仕事体験の議論の真っ最中だ。どうにもまだ踏ん切りがつかないらしい」
「違いますからね! キリハさんが変なこと言ってるだけですからね!」
「あっ、じゃあやることにしたんだ? マユちゃん心配してたよ。無理に言っちゃったんじゃないかって」
「……そんなことないですよ。別に」
だったらそんな風に不貞腐れなくても。……さすがに少しやり過ぎたか。




