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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VI 元気いっぱい 幸せいっぱい
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第128話 一日だけ

「……へっ?」


 カウバからストラへ戻り、早五日。


 幸い、俺達がカウバに滞在している間もこれと言った大きな事件が起きるでもなく、平穏な日々が続いていたらしい。

 これまでの頻度がおかしかっただけで、むしろこの状況こそが正常なのだろう。


 レイス達が受けたという依頼も当然ながらこの世の終わりのようなものではなく、魔物討伐や採取が大部分を占めていたそう。

 ストラに限らずトレスやルーラのような近くの町の依頼も受けていたと聞かされた。


 そのせいか、カウバでの一件を逆に心配されてしまった。

 誘拐事件に八面体の魔道具。本来の予定にはないものが目白押しだったのだから無理もない。


 もっともレイスの方は、剣先から放つ破壊光線への興味も少なからず混じっているようだったが。


 言うほど気軽に何発も撃てるようなものではない。

 俺の現状。周囲の環境。どちらか一つだけでも十分に頭を悩ませてくれる。


 あれだけの巨体を出してくれたのはむしろ好都合だった。

 とはいえさすがに『何度も出も出てきてくれ』とまでは言えない。


 唯一最大の誤算はとある予想が外れたこと。

 敵の手を読み違えたわけではないものの、決して無視できるものでもなかった。


 ストラへの道のりが平穏であったことにこれ程感謝することになるとは思わなかった。

 今なぜ当人があれほど平気そうな顔をしているのか分からない。


 あの思い出深い一日ほど露骨なわけではない。

 ただ、どことなくリィルの様子に変化を感じずにはいられなかった。


 アイシャも同じような印象を抱いていたようだから、まず間違いはないだろう。


 本当に多くのことがあった。直接的な危険も。

 だからこそ、それぞれ長旅の疲れを癒そうと日を開けた。


 そうして、改めて活動を再開しようと集まった朝。

 そこで事件は起きた。


「えっと……マユちゃん? その、もう一回だけ聞いてもいい? 今、なんて?」

「だから、一日だけ換わってみてほしい、です」

「……ほんとになんで!?」


 分からない。突然そんなことを言い出した理由がまるで分らない。

 困惑を抑えきれなかったのはアイシャや俺だけではなかった。


 昨日、八百屋で会った時はそんな素振りも見せなかった。

 それこそいつものように軽く話をした程度。


 お互い明日も早いだろうから、と別れて帰った。間違いなく。


「どうしたんですかマユ。変なものでも食べました? 疲れてるならちゃんと休んだ方がいいですよ?」

「分かってる、です。みなさんよくしてくれてる、ですから。ユッカさんみたいに運動はできてない、ですけど」

「……まあ、してますね。運動」

「? ユッカこそどうかしたのか。まるで悪魔か何かを見るような目を向けたりして」


 しかも俺に。


 失礼な。一体俺が何をしたというのか。


 今朝だって、やったことはと言えば走り込みや模擬戦くらい。

 他でもないユッカと話し合って決めたメニューだというのに。


「……言っても怒りませんよね? 絶対、絶っ対に怒りませんよね?」

「何故そこまで念入りに予防線を……心配しなくても頭蓋骨固めなんて仕掛けたりはしない」

「なんですかそのやたら危なっかしい感じの名前は!」


 いい勘をしている。


 危ない以外どうとも言えない。

 傷が残らない痛みが奇怪な声を絞り出させるのだから。


 ほんの少し当時を思うだけでも受けたダメージを脳がご丁寧に再現し始める。

 そのくらいには覚えている。回数が重なれば嫌でもそうなる。


 あんなものを人が喋っている真っ最中にいきなり仕掛けるのは師匠くらいのものだろう。

 余計な事を言わなかった時でさえ、不意打ち気味に喰らった覚えもある。


 しかし、なるほど。やはり横文字を使わない方が通じやすいのか。

 横文字も全く通じていないわけではなさそうだが。


「それはいい。そんな事よりさっきの視線の理由を聞かせてくれないか? ユッカがそんな風に思う何かがあるなら改善する」

「いやです」

「何もそこまで警戒しなくても」

「キリハさんが怖いこと言うからじゃないですかぁっ!」


 だからあんなことはしないと何度言えば。


 警備隊のお世話になるのがオチだろう。

 別に俺だってあんなものを喜んで受け入れていたわけではない。


「とにかく、なんでもないんです。なんでも。毎朝毎朝わたしより早いとか、最近ちょっとやること増えたとか、そんなの全然思ってないですから」

「じゃあせめてもうちょっと隠そうとしたら?」


 何だ。そんな事か。

 てっきり内容が過酷とか、そういう話だとばかり思っていた。


 体力の差なんて何も今に始まったことでもないだろうに。


「そんなに悪いことなのかな、今の……毎朝ってちょっと羨ましいけど……」

「「それはない」」

「そこのバカ二人はほっときゃいーですよ。無駄に突っ込んでやがるだけですから。無駄に」

「なんでそこ強調した!?」

「事実でしょーが」

「あ、こっちは勝手にやらせておくから続けてね? ごめんねー。元気が有り余っちゃってるみたいで」


 言葉を挟む暇もない。


 それにしても失礼な。一方的に叩きのめしたわけでもないのに。


 武器は土製。

 更に、念のために直接攻撃は一切行わないルールも設けている。


 両手両足で流派も何もない無茶苦茶な戦い方をした時に言われたいものだ。そんな台詞は。


「羨ましいってあんたね……そういうアイシャこそ朝から晩まで一緒でしょうが」

「そ、そうだけど。そうだけどそうじゃなくて。朝二人で待ち合わせて一緒にやるのもちょっといいなって……ね?」

「………………確かに」


 あるとしたら精々、昨日のあれくらいだろう。


 空を飛ぶ敵への備え。

 具体的にはバスフェー前に現れたハーピーや魔人族。

 飛行能力を持った種族の存在を肌で感じたからこその結論だろう。


 そういう意味では俺の《飛翼》は最適だった。

 そんな簡単に攻撃を食らうつもりもない。


「二人とも知らないからそんなこと言えるんですよ。練習始めたらそれどころじゃないですから。ほんとに。なんでこっちは疲れてるのにそんな平気そうな顔して……とか思うだけだと思いますよ?」


 ……おい。


 人が考え事をしている隙に随分色々と言ってくれるじゃないか。

 とはいえ……


「やけに実感の籠った言い方、です」

「実際にそう思ったことが何度もあるんだろう。正直、その気持ちは分からない事もない」

「キリハさんのことなんですけど!?」

「前にも言った筈だ。俺がユッカのような立場だった頃もあった、と。それもあまり短くない期間」

「同じだけやってキリハさんみたいになれる気がしないんですけど……」

「真似しようとするよりユッカの長所を伸ばした方がいいと思うがな。俺は」


 上回るかどうかはさておき、おそらくそれでは意味がない。

 ユッカはユッカ以外の何者でもない。


 俺に一泡吹かせてやる、なんて考えるようになればそういう考えも薄れてくれそうなものだが。


「それより今はマユの話だ。……もしや、協会側から何か?」

「マユより、あの人に説明してもらった方が早そう、です」

「ということは最初から……それなら先にそう言ってもらえませんか。ルークさん」

「やっぱりね。君なら気付いてくれると思ってたよ。キリハ君」

「そんな簡単に交代できるとは思えませんでしたから」


 協会の協力なしに。


 機密事項だって少なくはないだろう。

 言い方は悪いが、その辺の冒険者に簡単に任せられるとは思えなかったのだ。


「君はどうだね? 一時的なものとはいえ、普段とはまた違った形で魔法に触れる事にもなるだろう。どうかね。例えばこの――」

「支部長はちょっと黙ってもらえませんか。話が進められないので」

「俺も投獄されたくないのでお断りします」


 これ以上リィルの心配の種を増やしてたまるか。

 支部長の個人的な資料の件であろうと。申し訳ないが今は他を当たってもらいたい。


「それで結局、どなたなんですか? こんな風変わりな企画を思いついたのは」


 何より、今はこの奇妙な試みへの個人的な興味の方が強かった。

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