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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅴ 世界でただひとつだけの
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第118話 追撃を逃れながら

「せー……のっ!」


 アイシャの掛け声で生まれた渦は、若葉を巻き込み駆け上がる。


 光の矢の攻撃を誘って貫かれた《水流》。

 その隙に、アイシャ達はそれぞれ近くの木へと移動を済ませていた。


 八面体は魔法に対しても光の矢を差し向けた。

 しかし、同時に二方向へ発射することはできない。

 また、木の陰に隠れている相手を狙って光線を放つこともない。


 そういった特徴を利用し、アイシャ達は光線を逃れながら下山を試みていたのだ。


「ぜぇ、はぁ……あとどのくらいなんですか……? さすがに町は近いですよね?」

「っ、ふぅ……わ、分かんないわよ……こんなにたくさん木があったら……」

「で、ですよね……」


 ユッカ達が走った距離は決して長くない。

 逃げる中で攻撃手段もある程度絞り込めていた。


 しかし、木を貫かない保証などない。

 そうした状況は少女達へ徐々に精神的な疲労を蓄積させていった。


「……これ、ちゃんと下に向かってますよね? 大丈夫なんですよね?」

「行きに通った道の近くの筈、です」

「目印つけたでしょ。不安なら探しなさいよ」

「こんな暗いのに探させる気ですかリィルは」


 探そうとして動いたその瞬間に攻撃が飛んできてもおかしくはない。


 下山するまでにあと何回移動を繰り返せばいいのかリィル達には分からない。

 次動くタイミングまで大人しく待った方がいいというリィルなりのメッセージだった。


「それよりどうですかリィル。この位置から狙えません?」

「……マユが煙玉を投げようとした時のこと、もう忘れたわけ?」

「逆です。覚えてるからですよ。少しずつ分かって来たじゃないですか」


 光線は八面体の頂点から放たれている。


 逆にその部分を破壊する事さえ出来ればこれ以上光の矢が飛ぶ事もないだろうと踏んでいたのである。


「アイシャみたいに別の場所で魔法を発動させたらなんとかなりそうじゃないですか。あの光線も押し切るくらいの威力で」

「言っとくけど《ブレイズキャノン》でそんなことできないからね」

「えー……」


 しかしユッカの当ては早速外れた。

 幼い頃からの付き合いではあるものの、お互いが相手の今の限界を把握しきれていなかった。


 強力な攻撃魔法ほど、細かな制御が求められる。

 魔法の起点が離れる程、その作業は難解なものとなってしまうのだ。


 最大威力の発揮は困難を極めるどころか、不可能に等しい。

 手元で制御した時より劣ってしまうのは当然の事だった。


「あの石に魔法は効かないと思う、です」


 そこへ更に否定的な意見を重ねたのはマユだった。


 木の陰から顔を覗かせ、うっすら光るそれを睨みながら呟いた。


「上手く言えない、ですけど。あの表面、ちょっと変、です」

「叩けば割れそうな見た目だったのに?」

「あくまでそれは見た目だけ、です」


 近付く事すら難しい八面体の表面を構成する物質を調べる術はない。

 しかしマユは自身の直感に素直に従った。


 破壊をしようと思った場合、現状アイシャの協力は不可欠。

 しかし今、アイシャは魔法を連発したためにすっかり疲れ果ててしまっていた。


「ご、ごめんね……ちょっとだけ、休憩させて……?」

「謝ることないじゃないですか! アイシャのおかげでここまで逃げられたんですから。それに、もしかしたらもう攻撃も届かないかもしれませんよ?」


 光線に当たらないよう走るだけでも精神的摩耗はかなりのもの。


 注意を引きつけなければならないアイシャの負担は、ユッカ達の比ではなかった。


 アイシャの負担を減らせるのではないかという期待でマユが再び石を放ったものの、次の瞬間には光の矢に貫かれる。


「……駄目っぽい、です」

「なんでこんなときに限って攻撃が届くんですか!」


 ユッカ達の目では、八面体の姿を正確に捉えることはできなくなっていた。


 炎のように揺らぐ妖しげな青い光。

 今となっては、それを頼りにおおよその居場所に見当をつけるしかなかった。


「いいから休みましょ。次はあたしもなんとかやってみるから」

「もう忘れたんですか。この森燃えちゃうんですよ?」

「いつもの魔法だったらね。そのくらい考えてるわよ」


 アイシャのアイデアを聞いた時、真っ先に分担を提案したのはリィルだった。


 しかしリィルが最も得意としているのは炎の魔法。

 ここ数日は雨も降っておらず、ある可能性を恐れずにはいられなかった。


「燃えた木をぶつけて倒す、ですか?」

「……なるほど?」


 思わずリィルは耳を疑った。

 しかしマユは言い間違えを訂正しようともしない。

 ユッカの反応に頷くだけだった。


「なるほどじゃないわよ!? そんなことできるわけないじゃない! 普通に考えなさい普通に!」

「多分だけど皆も巻き込まれるよね、その方法……」


 リィルの頭に浮かんだのは背筋が凍るような惨状。

 灼熱に包まれ、焼け落ちた森だった。


「倒れるまでぶつければなんとかなる、ですよ?」

「却下よ却下! 周りに被害出す方法はなし! さすがに捕まるわよそんなことしたら!」

「非常事態なんですよ? 仕方ないじゃないですか」

「倒した功績で帳消し、です」

「限度があるわよいくらなんでも!」


 そんな前提で倒すものではない。


 しかし、不明瞭なメモの忠告に対する疑念をユッカもマユも振り払えずにいた。


「み、みんな落ち着こう? 燃やした木を使うのはダメ。もうちょっと待ってくれたら、すぐにまた私が《水流》でなんとかするから」

「あ、そうよ。その話! あたしが風の魔法で葉っぱを落とすって言いたかったのに誰かさん達が危ない方法ばっかり言うから……」


 半開きの瞳で睨むリィル。


 しかしジト目を向けられたユッカもマユもまるで慌てた様子はない。


「うっかり、です」

「まあそういうこともありますよね」

「少しは反省しなさい?」


 唇を尖らせたリィルに、口笛を吹くリィルとマユ。


 そんな雰囲気に思わず気が緩みそうになったアイシャだったが、疲労感が思い留まらせる


「い、いいよ。リィルちゃんまでそんな……すごく大変なんだよ?」

「見てるだけでも分かるわよ。あちこちに魔法を発動させるなんて楽じゃないことくらい分かってるわよ」

「だったら――」


「あんたあいつの変なクセまで移ったのね?」


「……へ?」


 思いもよらぬ指摘に素っ頓狂な声を上げたアイシャ。


 自覚はない。

 そんなアイシャを見て、リィルはため息をつかずにはいられなかった。


「大変ならそれこそ協力しなきゃでしょ。ねぇ?」

「石なら投げられる、ですよ?」

「わたしもあれですよ。あれです。……なにかできますよ!」

「じゃあアイシャを連れてくから手伝って」

「え? え??」


 自身を置き去りに話が進む。

 そんな状況に戸惑うアイシャだったが、気付いた時にはもう既にリィル達の準備はすっかり整っていた。


「じゃあ行くわよ? しっかりやってよね」

「リィルこそ。風の魔法なんてほとんど使わないのに大丈夫ですか?」

「分かってるわよ。これでも練習だってしてるんだから」

「キリハさんと?」

「ひ・と・り・で!」

「さみしくないですか。それ?」

「う、うるさいわね! そんなの今関係ないでしょ! いいから早く――」


 顔を真っ赤にしながらも、リィルは両手を重ねた。


 リィルもその技術の修練は重ねていた。

 唯一の懸念は、アイシャの《水流》と異なり魔法自体が形を持っていないこと。


(……やるしかないじゃない)


 深く息を吐き出し、最初の標的を見据える。


 しかし。


「う、ウソでしょ……!?」


 その時にはもう、八面体から放たれた光の矢が何かを砕いていた。


 空へ、森へ。

 闇の中を駆け抜ける細い光の進む方角に統一性はない。


 しかし光はリィル達の側にだけは近付く事すらない。


 今まさにリィルがそうしようとしていたように、何者かに撃ち出す方角を誘われているようにアイシャ達には思えた。


(もしかして……!)


 慌てて空を見上げるも、淡く光る魔力の翼の姿は星空のどこにも見当たらない。


 彼が森中へ放っている筈の《小用鳥》さえ、下山する間に見つけることはできなかった。

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