第115話 気付かなかったの?
「お、お爺ちゃん! 無茶しちゃ駄目!」
ヘレンによって介入が行われた夜が明ける頃。
様子が気になるからと、祖父の元へ向かった筈のミーナの悲鳴が響いた。
見れば、起き上がって作業を始める老人の姿。
「無茶なもんか。嬢ちゃん達にあそこまでさせて寝てられっかよ」
「身体も万全じゃないのにやることじゃないでしょ!?」
「俺もお孫さんの意見に賛成です。魔力を抜かれた影響だってまだ残っているんじゃないですか?」
年齢を踏まえれば猶更。
リット達でさえすぐには動けなかったのだから、基礎体力自体が低下している老人には一層酷なものになる。
無理矢理に補充すればいいわけでもない。俺の存在がその危険性を証明している。
「余計なお世話だ。どうして嬢ちゃん達がウチに来たかくらい分かってんだろ」
「薄々ながら。ですが、不調を押してあなたが倒れては元も子もありません」
「なら剣貸せ。剣。正確な形も大きさも分からん」
「でしたら先に休んでください。まだ体力も戻っていないでしょう。アイシャ達に気付かれないタイミングなんて他に幾らでもあります」
「ならそいつの形状が分かったら休んでやる」
「……いいか? ミーナ」
このまま問答を重ねてもただ時間を浪費するだけ。
迷っていたものの、最終的にはミーナも頷いた。
特にこの人は回復が遅い。
毒のような、何か回復を阻害するようなものを投与されたわけでもないのに、だ。
考えなしに《催眠香》で眠らせたりしたらどんな影響が残るか分からない。
揉めるよりむしろ、先にやりたいことをやってもらった方がいい。
「……なんでシテストアなんて取りに行かせたか、分かるか?」
「シテストアと言うと、確かユッカ達が……すみません。植物に関してはほとんど知らなくて」
薬花のように、冒険者として活動していく上で必須なものならともかく。
例外はジェアリーロと呼ばれる花くらい。それも直接見たわけではない。
赤く、薔薇に似た花。
お貴族様の庭園を彩る定番なのだとか。
だからシテストアに関してはほとんど何も知らない。
ユッカ達から聞かされたこと以外は何も。その花に与えられた意味さえ、全く。
「『誓い』だ」
「……それがシテストアの、花言葉」
おかげやっと話も見えてきた。
手に入れる事がどれだけ難しいのか、行かなかった俺には分からない。
だがきっとそれだけではないのだろう。
俺が見た限り、この老人はただ強ければいいと考えているようには思えなかった。
花を手に入れようと思ったら金さえ積めば最悪どうにでもなる。
その程度の事をこのお爺さんが想定していないとは思えない。
或いは、シテストアの生態がそもそも特殊なものなのか。
「ごめんなさい。お爺ちゃん、変なところでこだわりが強くて。そんな条件つけずに受けてって何回も言ったのに……」
「これだけは譲らん。誰が相手であってもだ。……しかしまさか、あの嬢ちゃん達がその日の内に手に入れるとはな」
「彼女達は強いですよ。シテストアの採取には同行しなかったアイシャも勿論。思わず驚いてしまう程に。……だからこその危うさも、感じてしまうわけですが」
無謀と言うには頼もしく、堅実と言うにはやや穴が多い。
「それで保護者の真似事か? 下らんな」
「まさか。そんなつもりは。考え方を改めるべきだと思っていないわけではありませんが」
「思ってるだけじゃ意味ねぇだろうがよ。先に手前の身体の心配しろってんだ」
「返す言葉もありませんね」
さすが、その辺りもすぐに分かるらしい。
昨日あいつがあんなことをしたのも、結局はそういうことなのだろう。
「ま、魔結晶五〇個……これで満足ですか!?」
麻袋を叩きつけるように降ろすユッカ。
ユッカ達が集めた魔結晶を取り出した老店主は、一つ一つを値踏みするような目つきで見比べる。
一時は絶対安静が言い渡された老店主も、既に自らの店に腰を落ち着かせていた。
体調の回復が確認され、何より本人の強い希望があり、老人が店へ戻ったのが九日前。
それからというもの、アイシャもユッカもリィルもマユも、老人が提示した条件を一つ一つ満たしていった。
今はミーナの買い物に付き合っているキリハやエルナレイも日ごとに交代しながら行動を共にしていた。
町へ残る側は、老人とミーナがまた狙われても対応できるように。
キリハが必ず買い物に付き添ったのは、話し合いの内容を聞かないようにするためだった。
「ホー……確かに。もう終わらせたか」
「朝言われてすぐに向かったんですよっ! あと、キリハさんが倒した分は入ってませんからね!」
「そのくらいは見りゃ分かる」
ゴブリン、サイブル――その他、倒されてから時間は経っていないものばかり。
誰かの手を借りていないのも老人にはすぐに分かった。
「今日ので七つめ、です。そろそろ……」
「分かってら。明日で最後だ。それが終わりゃすぐにでも渡してやるよ」
「へ?」
「はい?」
老店主は普段、依頼主が条件を達成してから作業を始めていた。
しかしそんな事情をアイシャ達が知る筈もない。
ミーナがいれば補足してくれたであろうが、彼女は今も買い物中だ。
「ちょっと待ってください。それどういうことですか? まだ作ってないんじゃ……」
「全部終わるのを待ってから作ってたら間に合わんだろうがよ」
「あんな条件が出すから、です」
「はいそこまで。今そんなこと言ったってしょうがないでしょ」
やはり直感は間違っていなかったのだと思いながらも、老店主は決してそれを顔には出さなかった。
早く作り始めた理由を明かすことはかったが、老店主代わりにもう一つの――本人達が失念していたために生じた疑問に答える。
「紹介されたって言った時に話も聞いたろうが。あのボウズの服装を参考に少し手は加えたがな。そっちにあるからとりあえず見とけ」
「……話してませんよね?」
「誰に」
「キリハさんにですよ!」
自身の装備をまじまじと見られてキリハが何の反応もしない筈がない。
そんな確信すら抱いていたユッカには、それが原因でキリハが気付くのではないかと気が気でなかった。
キリハが気付いてもおかしくない状況だということも分かっていた。
しかしキリハが言及しない以上、そう思うしかなかった。
店の場所以外、誰もエルナレイの手紙を読み返していなかった。
故に、隠されたもう一つのメッセージにも気付いていないままだった。
エルナレイは各地を飛び回る立場にある。
屋敷に戻ってジェアリーロを眺める余裕もなかった。
何よりほかの手紙では一度もそんな挨拶を使っていなかったのだ。
「別に何も言われとらん。剣の形を調べた時もな」
「う、うそですよね?」
「嘘なもんか。形が合わなかったらどうする。モノに合わない鞘なんざ作る気はねぇ」
「じゃなくてあの剣ですよ! 握っただけで疲れたりとか」
「……何言ってんだ? 嬢ちゃん」
「わけ分かんないのはこっちですよ!」
最近はキリハが悩む事も少なかった。
しかし、あの迷宮の剣が初対面の相手に一切反応しないとは思えなかったのだ。
信じられないとばかりに叫ぶユッカを他所に、アイシャとリィルは顔を近づけながらも戸惑いの表情を浮かべていた。
「……あいつそこまでされたのに気付いてないの?」
「さ、さすがにないと思うけど……他のこと考えてたとか?」
「他のこと……」
リィルには一つ、心当たりがあった。
頑なに姿を見せようとしない、ヘレンと名乗る人物。
彼女の件に関しては未だに根本的な解決には至っていないのである。
キリハを送り届けている間にまたも顔を隠し、結局あの夜もアイシャ達に素顔を晒すことはなかった。
(その時、ね……)
まどろっこしいと思いながらも、リィルにも解決策は思い浮かばない。
あれだけ好きに逃げ回れるヘレンを捕まえられるとも思えなかったのだ。
「リィルちゃん? どうかした?」
「ごめん。なんでもない。あたし達で確認しときましょ。ユッカはあんな調子だし」
「止めなくていいのかな、あれ……」
「どうしようもないわよ」
リィルは、腕を組んで唸るユッカからすぐに視線を逸らした。
何を考えているのか、幼馴染ゆえに分かってしまったのだ。
「鞘なら大丈夫、です。逸品、でした」
「当たり前だ。それ、確認したなら帰った帰った。寝不足を明日の言い訳に使われたらかなわん」
「そんなことしない、です」
「ま、まあまあ……明日もあるし、ね?」
挨拶もそこそこに何かを企むユッカを、リィルが引っ張る。
そのまますっかり慣れた裏路地から四人が出ようとしたその時だった。
「ぁぅっ……!?」
突如、倒れるマユ。
マユ達を標的に、何者かが後ろから突進してきたのである。




