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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅴ 世界でただひとつだけの
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第112話 分かりやすい弱点

「――炎が通じないのなら、と思っていたのだけれど……大したものね?」


 風の精の加護を受けた剣を振るったエルナレイ。

 彼女の力をもってしても、両肩に顔を持つ怪物を倒すことは叶わなかった。


 木々に囲まれた森の中。

 手の届く先にいるアイシャ達のことを考えれば、エルナレイが全力を出せないのも無理のないことだった。


 とはいえ、魔物の頑丈さはエルナレイにとっても想定外のものだった。

 腹の一部すら切り裂けないとは思っても見なかったのである。


(……彼女達が危険ね。今はあの魔物も沈黙を保っているようだけれど)


 エルナレイの呼びかけに応じた土の精。

 確たる姿を持たないその者達は、周囲の土を細い鞭のようにして引き上げる。


 魔物の正面から、両脇から、土の精によって操られた土の大蛇はたちまち魔物にまとわりついた。


 しかしそれでも魔物は腕に力を込めようとすらしない。

 アイシャ達を先に行かせ距離を取る中、エルナレイが何度振り返っても拘束を破ろうとすらしなかった。


(敵対の意思はないのかしら……だとしたら悪いことをしたわね。あとは記録にない理由さえ分かれば……)


 思わずエルナレイが何か別の存在なのではないかと考えてしまう程に、魔物の反応は奇妙だった。


 しかし精霊達も、エルナレイ自身の感覚も、大地につながれたソレが魔物であると告げている。

 どこかの誰かが着ぐるみを着ているわけでもない。疑念は大きくなる一方だった。


「ユッカさん達、大発見ね。全くの新種かもしれないわ。協会から特別報酬がもらえるかもしれないわよ?」

「言ってる場合ですか! エルナレイさんの攻撃で倒せないなんて――!」

「倒せないだなんて一言も言っていないわよ。代わりに辺り一面が吹き飛んでしまうかもしれないけれど」

「じゃあいいですっ!」


 そんな力を振るわれてはユッカ達も堪らない。

 生い茂る緑どころか、辺りを丸々抉りとられた光景がユッカの脳裏に浮かんだ。


「リィル! 魔物が動いたらあれやりますよ、昨日のあれ! マユもいいですか!?」

「準備に時間がかかる、ですよ?」

「そのくらいなんとかしますっ! 今日はエルナレイさんもいるんですから!」

「私は反対よ」

「ですよね! ……えっ?」


 肯定的な言葉が返ってくると思い込んでいたユッカ。

 思わず彼女は、エルナレイの方を二度見した。


「反対だと言ったのよ。もしあの魔物が拘束を逃れても、焦って仕掛けない方がいいと思うの」


 エルナレイの答えは変わらない。

 よりはっきりと、否定の意を示す。


「あの魔物を落とす穴くらい、この子達に頼めばきっとすぐに用意してくれる筈。だけど、それじゃあ昨日の再現にしかならないわ」

「エルナレイさん、なにもしないつもりなんですか?」

「そういう意味ではなくてね?」


 目の前には未知の魔物。

 特級であるエルナレイに、この状況で傍観など許されない。


 たとえばユッカが自らの力で打ち倒すことにこだわるといったような、何かしら特殊な事情がなければ猶更だ。


「もう少し様子を見ましょう。戦うのはその後でも遅くはないわ」

「昨日の観察じゃ足りない、ですか?」

「そういうわけではないのだけれど……一度、他の目も必要だと思わない?」

「いいじゃないですか。そこまでしなくても」


 エルナレイも討伐することそのものに抵抗があるわけではなかった。

 どうしても違和感を拭えなかったのである。


「これも特級の仕事の内。目標にしているのなら覚えておいて損はないわよ?」

「なんでそんなことまで……」

「ユッカさん、苦手、ですか?」

「ち、違いますよ? ちょっと得意じゃないだけですっ」

「それを苦手って言うんじゃ……?」


 実際には全て特急の冒険者が行う必要はない。


 むしろどちらかと言えば、研究者の護衛としての動向の方が多い。

 それも特に危険と判断されたような場所か、あるいは全く情報のない場所に限られる。


 どちらも腕の立つ冒険者――[ラジア・ノスト]のような集団に依頼が回ることも珍しくない。


 しかしユッカもそこまで細かな事情を把握してなどいなかった。

 キリハやアイシャと会う以前は、こんな機会も全くと言っていいほどなかったのである。


「ただ、時間を掛け過ぎても仕方がないのも事実ね。どうせなら弱点も分かればよかったのだけれど」

「頭を思いっきり叩けば倒れる、です」

「それは最終手段にしておきましょうか」


 にこやかにマユの意見を却下するエルナレイ。

 今回、エルナレイの中に『実行』の選択肢は存在していなかった。


 エルナレイもその気になれば近い方法で昏倒させることは十分に可能である。


 問題は、そのような方法がエルナレイの流儀に反するということだった。

 キリハのような、基本的に『なんでもあり』のスタンスとは大きく異なるのである。


 キリハのような戦い方を嫌悪しているわけではない。

 エルナレイはむしろ、キリハの戦い方には関心さえしていた。


 決して自らの背手札には加えようとしないだけである。


 魔物が態度を豹変させ、目にも留まらぬ速さでエルナレイ達の目の前まで現れたところで変わる筈もない。


「あら、ごめんなさい。怒らせてしまったかしら? 随分強引なのね」


 エルナレイは冷静に剣の腹で受け止めた。


 またも微笑み、ほんのわずかな動きで魔物を遠ざける。


 その際、地面を抉る足が地面に露出した木の根に引っかかったのは魔物にとっての不幸だった。


 止める術もなく、魔物はひたすら転がり続けるしかなかった。

 起き上がった頃には既に、二〇メートル以上の距離が開いてしまっている。


「――土の精よ」


 その両脇からまたも土の大蛇が飛び出した。


 前方へ飛び込うように拘束を逃れる魔物。


 左肩の顔を雷が掠める。

 しかし、直後に形成された雷の檻も魔物を捕らえるには至らない。


「……先に攻撃したのって、確かエルナレイさんでしたよね?」

「しーっ! いいから黙って見てなさい! あんたいっつもあいつとばっかりやってるんだから。こんな機会、滅多にないでしょ?」

「エルナレイさんとなら、なんかまたその内ありそう、です」

「リィルちゃんが言ったのはそういう意味じゃないと思うよ? マユちゃんが言いたいことも分かるけど……」


 どう言う形であれ、これから先もこうして組む機会は何度もある。

 確信めいたものが四人の中にはあった。


(仲が良いわね。相変わらず)


 ユッカ達のやり取りは一語の欠落もなくエルナレイの耳に届いていた。


 指摘するでもなく、アイシャ達には背を向けたまま、小さな笑みを零す。


「これ以上あの子達に頼むのは申し訳ないから――」


 次の瞬間にはもう、エルナレイの姿は遠ざけた魔物の傍にあった。


 既に剣を振っていた。


 魔物の首を撫でる銀。

 その時エルナレイは、確かな手応えを感じていた。


(……意外と、分かりやすい弱点だったのね)


 喉を斬られた魔物はもがく。

 その傷口からは黒い粒子が溢れ出していた。


 ユッカ達の話を聞いた時にエルナレイが考えたもう一つの可能性。


 それは、ごく一部に致命的な弱点がある場合。


 実際エルナレイの予想は正しかった。

 しかも、その極めて限定的な箇所を一回で正確に当ててみせた。


 撫でるような一撃も、魔物にとっては致命打だった。


 溢れ出した粒子は収まらず、他の魔物と同様にその身を散らす。


 しかしエルナレイが剣を鞘に戻すことはなかった。

 倒した魔物の更に向こうで蠢く影に気付いていたのである。


「あら、まだいたの。申し訳ないのだけれど、もう――」


 エルナレイが切っ先を向けた瞬間、疾風が駆け抜けた。


 淡い光を放つ半透明のジャベリンが魔物の胸部に突き刺さっている。


「……《穿流星》」


 気付いたアイシャ達が振り返ると、やはりそこにはキリハの姿があった。

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