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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅴ 世界でただひとつだけの
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第103話 捕まえた

 全てが終わった後。

 目を覚ますと、知らないベッドの上だった。


 あの頃のことはおぼろげにしか覚えていない。

 記憶が入り乱れて、誰がどんな言葉を口にしていたのかさえあやふやだった。


 自分が起きている時間がいつなのかさえ、教えてもらわなければ分からなかった。


 どれだけ力を込めても身体は動かず、魔力で無理矢理操ろうとすれば途端に激痛が走る。

 そんな有様だった。笑い話にすらならない。


 ただ、どうしようもない申し訳なさと、安堵が脳のほとんどを占めていた。


 覚悟はしていた。そのつもりだった。


 あの一件が起きてほどない頃。

 その可能性は伝えられていた。


 あの時点であれば或いは、また別の可能性もあったのかもしれない。

 少なくとも、診断結果はまだ救いようのないものではなかった。


 だが俺は、目を向けようとすらしなかった。


 自分でも歯止めが利かなくなっていたし、そんなつもりは微塵もなかった。

 奴を討ち、教団を潰す。自分自身にそんな事ばかり考えさせた。


 今になって思えば、逃げていた。何もかもから。


 約束を果たしたかった。その想いに偽りはない。


 しかし同時に、俺個人の復讐でもあった。

 時には他者を利用する事さえ厭わずに。


 どういう理由であれ、許されざる行為を重ねてきたのだ。






「倒れたと言ってもただの魔力切れだ。ことさらに騒ぐことでもない」

「……すぐ、全部回復するのに?」

「そうは言っても限度はある。俺の魔力を……そうだな。この水筒の中に入っている水に置き換えようか」

「う、うん?」


 アイシャの反応はやはり微妙だった。

 何より、『どうして魔力を水に置き換えたの?』と言わんばかりの表情だ。


 とはいえこればかりは仕方ない。俺も他に上手い説明の仕方を思いつけない。


 ……実のところ、いつからこの能力が発現したのか正確に掴めていないせいだったりするのだが。


「この水筒の容量が俺の最大魔力量になる。一度に使えるのは当然、水筒一つ分まで。それ以上は使えない。ただ、その中に納まるのなら――たとえばこのカップに注いだ量なら、何回でも使える」

「でもそれ、すぐにその水筒に入る量を超えちゃうよね……?」

「本来ならな。だが俺の場合、カップへ移しきった瞬間に水筒の中身も補充されるようになっている。『即座に無制限に』と言ったのもそれだ」

「へ?」


 改めて言葉にするとやはり異常な能力としか言いようがない。


 どんな魔法も使い放題、なんて夢のような能力でなかったのが嫌らしいというか、ひねくれているというか。

 どれだけ注意を払っていても、時折、針で軽く刺されたような痛みを覚えることはある。


 実現不可能、というわけではない。

 限りなくそれに近いことはできる。

 できるのだが……本人の精神力以外の問題を抱えている。


「待って。ちょっと待って? 補充されるって、その水はどこから……」

「まだ分かってない」

「!?」


 一時期はある程度なら制御も出来たのだが。


 今はイリアが用意してくれた抑制機能のおかげで比較的安全に使えているだけ。

 それでも完全に相殺することはできていない。


「そして消費してから回復が行われるまで、ごく僅かなラグがある。つまりほんの一瞬だけだが魔力が空になるタイミングも――」


「そうじゃなくて!!」


 そんな怪しい力に、アイシャが不安を覚えるのは当然のことだった。


「分かってないってどういうこと!? そんな危ない力、どうして今まで……!」

「使い方さえ心得ていれば言うほど危険な力でもない。俺より頭の良い人達が時間を掛けて導き出した結論だ。まず間違いないと思っていい」

「使い方って……」


 少なくとも魔戦時代に行われた研究においては、命を代償とするような力ではないという結論に至った。


 俺もそう思う。

 身体が動かなくなったのはまた別の――全くの無関係とも言い切れないが――要因によるものだったのだから。


 かつての俺は盛大にそれを間違え、挙句、判明した後も正さなかった結果こうなっただけだ。

 使うしかない状況が連続していたのもあるにはあるが。


「でも、どうしてそんなことまで話してくれたの? 」

「俺の能力を知ってもらわないと話が進め辛かったのも嘘ではないが、やはりアイシャには知っておいてほしい」

「私に……」


 違い過ぎて共通点を見つけることすら難しいが、アイシャもまた稀な何かがある。


 もしかしたら俺の経験が何かしらの手掛かりくらいにはなるかもしれない。


 その何かがいい方向に働くのか、悪い方向に働くのか。

 詳細も分からない今、迂闊なことは何も言えなかった。


「で、でもリィルちゃんとか、[イクスプロア]のみんなには? 秘密のまま?」

「その辺りを今考えているところだ。とはいえ遠くない内に話すことにはなると思う。そんな気がする」


 しかしタイミングは慎重に見極めなければならない。


 特にリィルには。

 今でもいき過ぎなくらい考えてくれているのにこれ以上知ったらどうなることか。


「今回に限って言えば、久しぶりの大掛かりな魔法に身体が少し驚いただけだ。全く情けない」

「別にそこまで言わなくても……自分のことなのに」

「だからこそだ。思っていたより長く引き摺ったせいで心配をかけたがもう大丈夫。この通りだ。気分転換も兼ねて、軽くどこかに出かけないか?」


 窓から入り込む空気だけでは限度がある。


 何より、いくらなんでも一日中宿で惰眠をむさぼるわけにはいかない。


「どこかって、もしかして依頼?」

「違う違う。そのつもりなら最初から協会に行こうと言う筈だろう?」

「それならいいけど……約束だからね?」


 もう少しくらい信頼してくれても。


(……いや、無理か)


 これまでの行動を振り返る限り無理だ。

 昨日もトラブルだからと飛び出したばかり。


 今日また同じようなことがあればまた確実に……超遠距離から仕留められるほどの腕は取り戻せていない。


「――つかまえたっ」


 しかし愚行ひとつひとつに呆れる暇もなく、アイシャに右手を握られる。


「アイシャ? さっきから一体どうしたんだ。まさかあいつ、何か入れ知恵して……」

「そ、そんなことないよ?」

「本当に?」

「う……」


 罪状プラス一、決定。


 余罪も調査した方がいい。特にユッカとリィルとマユから。


「で、でも、手をつなぎたいのもほんとだよ? 知らない街だし、はぐれちゃったら大変だし、それから――」

「待った。ストップ。嫌なわけじゃない。少し落ち着いて話し合おう。このままだと火傷するのはアイシャだ」

「……もう遅い気がする……」

「まさか。そんなことは」


 ないとも言い切れない。


 とはいえ不必要に発言を掘り返さなければ問題ない。

 町中に《小用鳥》を飛ばさなくて済むのならそれが最善。


「さ、そろそろ行こう。遅くなるとユッカ達にも心配をかける」

「…………」

「アイシャ? 聞こえてないか? アイシャー?」

「……これがキリハの……」


 何をしているんだろうか。


 手を何度もにぎにぎと。楽しいものでもないだろうに。

 しかもアイシャの表情は真剣そのもの。若い世代の考えることはよく分からない。


(……ここはひとつ、お互い様ということでいこうか)


「そういうことなら、俺も」

「ふぇっ!?」


 アイシャの手を軽く、本当に軽く握り返す。


 それだけのことだが、アイシャは飛び上がりそうな勢いで驚いていた。


「えっ、あっ……どうしたのキリハ? いきなり強く握るなんて」

「それはアイシャもじゃないか。それよりどうする? やめた方がいいか?」

「や、やめないで! ……このまま行こ?」

「了解」


 最初からそのつもりでいた。


 いざ外へと踏み出そうとしたところで肩をつつかれ、振り向くと――


「今日は絶対、離しちゃだめだよ?」


 はにかんだような笑顔のアイシャに、手をそっと包まれた。

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