第104話 探し物を横取りされて
「――離しなさいよ!!」
突き進む炎。
リィルの《フレイム》が魔物を打つ。
しかし、肩にも顔を持った魔物は微動だにしなかった。
「もう! なんなのよこの魔物! 堅いし速いしどっちかにしなさいよ!」
「怒っても仕方ない、です」
マユが突き出した盾は届かない。
魔物の姿は既に後方へ離れた後だった。
ユッカが詰め寄るより早くまた逃れ、身を捻った刃の追撃も届かない。
(なんでよりにもよってあの魔物に……!)
ユッカたちが探していたのはシテストアという小さな花だった。
このシテストアには一般に広く使われているものではなく、ユッカ達も知るものではない。
また決して生息数も多くなく、素人では見つけ出すのも難しい。
そんな中、偶然にもユッカ達は一輪だけ見つけ出す事ができた。
しかし運悪く、見つけたシテストアをその魔物に回収されてしまっていたのだった。
「もう、返してください! それがないと困るんですよ!」
順手に持った短剣をユッカは何度も振るう。
上から、下から、左右から。
刺突を織り交ぜた連撃はしかし魔物に届かない。
反撃こそされることはなかったものの、徐々にユッカの中には焦りが募り始めていた。
「右、です!」
「へっ? ――って!!」
「――《ブレイズキャノン》!」
灼熱の奔流が駆け抜けたのはユッカが飛び退いた直後の事だった。
時間を掛け作り上げた紅蓮の魔法。
しかしそれでも、まだ倒すには至らない。
「うそっ……!?」
「なんで効いてないんですか!?」
その事実はユッカ達にとって衝撃的なものだった。
まるで魔法が一切効いていないかのような魔物の存在がにわかには信じられなかった。
ユッカも退き、三人集まるもその表情は険しいままだ。
「もういいです。キリハさん呼んで倒してもらいましょう。あの魔物」
「止めて。言わないで。心がそっちに傾きそうになるからほんと止めて」
「じゃあどうするんですか。もうどうにもなりませんよあれ!」
ユッカに言われる前からリィルも密かに同じことを考えていた。
ユッカに劣らぬ敏捷性。
リィルの《ブレイズキャノン》すら凌ぐ耐久力。
そんな魔物の驚異的な性能をひたすら見せられ、リィル本人の意に反して考えは強まる一方だった。
「あんまり攻撃してこないからまだ安全、です」
「わけ分かんないですよ。……このまま逃げちゃいません?」
「本格的に駄目だったらね。今はまだあきらめるような時間じゃないでしょ」
口にする一方、リィルも薄々感じていた。
正面から同じように戦い続けても難しいのではないかと。
今、他に《ブレイズキャノン》を上回るだけの威力を用意することも出来ない。
「――ていっ、です」
少なくともユッカもリィルも、もう少し戦うつもりでいた。
「へ――」
「なんで――」
マユが煙幕を張るなど、思ってもみなかったのだ。
魔物も何もかもを包み込む白い煙。
思いもよらぬ一手にユッカもリィルもお互いの事さえ見失ってしまう。
「マユ!?」
「逃げる、です!」
味方の見えない状況に戸惑う中。
抵抗する間もなくマユに茂みの奥へと引きずり込まれる。
「これで一安心、です」
「もうちょっと早く言ってくださいよ!?」
「緊急事態だったからしょうがない、です」
「それは確かにそうですけどぉ……!」
ユッカにとってはあまりに急な出来事だった。
すぐさま周囲を見回したものの、魔物の姿はどこにもない。
「それよりマユ。あんたどこでこんなの覚えたの? 」
「いざというときの逃亡手段、です。昔……ちょっとだけ教えてもらった、です」
「ふーん……そこまで分かれば十分。それ以上は聞かないでおくわ」
「ありがとう、です」
「いいわよ。そんなの。それより今は……」
「さっきの魔物のこと、ですよね」
炎の魔法を受け付けない奇妙な魔物。
その情報を、比較的本を読むリィルもマユも知らなかった。
ゆえに、倒すために必要な有効打さえ分からない。
「明日、アイシャさんにもやってもらう、ですか?」
「リィルと交代でしたもんね。話さないでくださいね」
「あたしのことなんだとおもってるわけ? 言わないわよ絶対。もしかしたら、あいつに気付かれるかもしれないけど」
「それじゃ意味ないじゃないですか」
「たとえばの話よ。たとえば」
(……でも)
誰にも言わなかったが、密かにリィルは期待していた。
自分の微かな違和感にキリハが気付いてくれるのではないかと。
自ら語るより早く、キリハから話してほしいと促してくれることを。
(――って、ないない。違うから。そういうのじゃないし)
しかし気付いて、すぐさま頭を振って振り払う。
その姿はユッカからもマユからも奇妙なものにしか見えない。
「……なにしてるんですか? 今度は」
「べ、別に!? なんでもないわよ!?」
「「…………」」
「なんなのよその目は!」
あまりに下手な誤魔化し方。
日に日に言い訳が苦しくなっていく幼馴染の姿にユッカは呆れるしかなかった。
「そんなことどうだっていいんです。リィル。ちょっと頼みたいことがあるんですけど」
「……別に何も考えてないわよ」
「いつまで引っ張るんですか。じゃなくて。この辺りにちっちゃな氷のトゲみたいなもの、作れません?」
「……なんて?」
妙案が出てくるのではないかと期待した。
しかしユッカの口から出てきたのは突飛としか言いようのないアイデア。
「だから、この辺りに氷のトゲを置いてほしいんですよ。できるだけたくさん」
「無茶言わないでくれる!?」
「しっ! しーっ!! 声大きいですよ!」
「ユッカさんも大概、です」
リィルが驚くのも無理のないことだった。
魔法として一般化されているわけでもなく、具体的な効果も分からない。
まして、そんなものを大量に用意しろなどと言われてもすぐにどうにかできる筈がなかったのだ。
リィルが学んでいるのは、彼女にとって一般出来な魔法。
使っている本人が理解していたように、キリハの魔法とはやや異なるものなのだ。
それでもリィルは幼馴染の案に耳を傾ける。
「で、どういうこと? なんなのよそれ」
「前にキリハさんが使ってたんですよ。確か……シンヒョウ? とかって」
「……そ。ならもうちょっと詳しく教えて。どんな感じ?」
それどころか、キリハの名前を聞くや否や反応を変えた。
(……まさかほんとに乗るなんて)
口にしたユッカでさえ予想していなかった反応だ。
いくらリィルでも無理というだろうとさえ思っていたのだ。
「ほら、早くしなさいってば」
「せ、急かさないでくださいよっ。えっと、氷の――こんな感じの」
「うんうん」
「尖ったのが地面からにょきって生えてきて」
「待って。……もう一回聞いていい?」
それもあくまで話を聞くまでのこと。
得体の知れない魔法の詳細にただただリィルは首を傾げるばかりだった。
「だから氷の棘が地面からにょきにょきって生えてくるんですってば! いつも本読んでるんだからそれくらい分かってください!」
「読んでるからこそ分からないんだけど!?」
ユッカの説明は何一つ間違っていない。
間違っていないからこそ、リィルはますますわけが分からなくなってしまっていた。
「リィル、さん。ユッカ、さん」
そんな二人の会話には混じらなかったマユ。
その理由は、理解不能な魔法の詳細に呆れたからではない。
「少し時間稼ぎしてほしい、です」
さらなる罠を用意するための準備にあてていたのだ。




