季節がめぐる中で 98
「でも意外だよな、アイシャがこんな雰囲気のいい喫茶店に出入りしているなんてよ」
そう言いながら周りの調度品を眺める要。胡州四大公家の筆頭、西園寺家の嫡子である要から見ても、これだけのこだわりのあるアンティークを並べた店は珍しいように見えるらしく、時々立ち上がってはそれぞれの品物の暖かく輝く表面を触っている。
「なによ、要ちゃんも実は行きつけのバーがあるって……」
「おい、アイシャ。それ以上しゃべるんじゃねえぞ!」
要はそう言うとコーヒーに手を伸ばした。
「ああ、あのイワノフとかが行ってる店か?」
「確かにあそこは神前が行ったら大変なことになるからな」
カウラと吉田が頷く。誠とシャムは取り残されたように要を見つめた。
「馬鹿、コイツを連れて行かねえのは飲み方知らねえからだよ!なあ神前!」
そう言う要の言葉に誠はただ頷くしかなかった。誠は自分でも酒を飲めば意識が飛ぶと言う習性を思い出して苦笑いをする。
「じゃあ、アタシは連れてってくれないの?」
「ガキは出入り禁止だ」
突然声を出したシャムに向かってそう言うと要はコーヒーを飲み干した。マスターが吉田達に切り分けたケーキを運んでいく。
「そう言えば明日か?殿上会は」
要の言葉で全員が現実に引き戻された。遼州星系の最大の軍事力を誇る胡州帝国の最高意思決定機関である殿上会。
庶民院と貴族院を通過した法案のうちの重要案件の許諾を行うその機関の動きは、誠達保安隊の隊員にとっては大きな意味を成すことだった。今回の殿上会の議題にも遼州同盟機構への協力の強化、特に西モスレムに用意される軍事組織への協力の是非がかけられることになっていた。
「あんたはいいの?一応、四大公家の嫡子じゃないの」
そう言って流し目を送るアイシャ。妙に色気のある瞳に要はうろたえながら言葉を継いだ。
「馬鹿、あそこは四大公、平公爵、一代公爵、侯爵家までの出席だけが認められるからな。家督相続を受けていないアタシはお呼びじゃないんだ。それに水干直垂とか十二単なんか着込むんだぜ。柄じゃねえよ」
そう言い切る要だが、アイシャはさらに相好を崩して要を見つめる。
「そう言えば今回は嵯峨隊長の隠居が議題になってるわね。楓さんが跡を継ぐことになるんだけど……」
要は『嵯峨楓』の名前が出たところでびくりと体を動かした。
「頼むわ。楓の名前を出すな」
そう言ってうつむく要。マスターは不思議そうな顔をしているが、全員は要の気持ちがわからないわけではなかった。
時々まったく空気を読まない要宛の大荷物を保安隊に送りつけてくる要に心奪われた女性。生まれついてのサディスト西園寺要に尽くすことに喜びを感じていると言うアイシャの発言でその人物像が極めて怪しい人物であると誠は思っていた。とりあえず楓の名前を聞いてからこめかみをひくつかせている要に遠慮して全員が言葉を飲み込んだことは正解だった。
そんな中、一人この状況を知らない人物がいた。
「おい、西園寺。楓は今月中には保安隊に配属になるんだぞ」
ぼそりとつぶやいたランの一言。誠は周りを見回すと、彼と同じく係わり合いになることを避けたいと言う表情のカウラやシャムの姿がそこにあった。
思わず要は立ち上がっていた。
「落ち着けよ、西園寺」
カウラの一言でそのまま要は椅子に座った。誠はランの耳に口を寄せる。
『それはうちでは禁句なんですよ。要さんは嵯峨楓少佐が苦手なんで……』
そう言うと要の表情を見てすぐに合点が行ったというように静かにコーヒーをすするラン。
「別に気にするなよ」
言葉とは裏腹に低い声に殺意がこもっている要。誠は思わず乾いた笑いを浮かべた。
「まあいいじゃないですか!コーヒーおいしいなあ!アイシャさん本当にありがとうございます!」
うつろな誠の世辞。空気を察して要のテーブルに同席しているシャムと吉田はケーキをつつくのに集中し、カウラは意味も無くカチカチとテーブルを突いた。




