季節がめぐる中で 70
シャワー室を出て私服に着替えた誠がハンガーを出ようとしたところに待っていたのはアイシャだった。
「ああ、神前君」
珍しく彼女が自分を苗字で呼んだことに不思議に思いながら、闇に消えていきそうな紺色の長い髪をなびかせている上司を見つめている自分に気づいて、誠は頬を染めてうつむいた。いつもなら軽口がマシンガンのように誠を襲うところだが、アイシャは何も言わずに、ただ暗がりに飲まれていくグラウンドを眺めていた。
「おい!オメエ等。とっととあがるぞ!」
秋も深まっていると言うのに黒いタンクトップ一枚の姿の要が叫んでいる。
「ああ、行かないとカウラがかわいそうよね。神前君、行くわよ」
心ここにあらず。そんな言葉がこれ以上ないくらい当てはまっているアイシャ。二人が歩き出したのを確認すると、振り返りもせずに歩いていく要。隊の通用門は先ほどまでの記者達の姿は無くいつもの静寂に包まれていた。
「明石中佐はどんな魔法を使ったんでしょうね。あんなにいきり立った記者があふれていたのに」
「さあ、どうかしらね」
誠の横を歩くアイシャの声にはいつもの感情の起伏のようなものが消えて、彼女の本質である生体兵器としての顔が見え隠れしていた。
「早くしろ!マスコミの別働隊が来たらタコの作戦が無意味になるぞ!」
車高の低いカウラのスポーツカーの屋根に寄りかかっている要の姿が二人からも見える。アイシャはその声にはじかれるようにして走り出した。誠も突然の彼女の行動に不審に思いながらもついていく。珍しくアイシャが後部座席に乗り込み、その隣には要が座った。
「そう言えば要ちゃん。記者の方々は……」
「ああ、それか。それなら……」
言葉を途中で切ると含み笑いを浮かべる要。いつもならここで要の頭を思い切りはたくアイシャがただ沈黙して敬礼する警備部の下士官達を眺めていた。
「明石中佐はあまさき屋に行くそうだ。記者の奢りで酒でも飲むつもりなんだろう」
そう言いながら工場の中の道に出た車のハンドルを切るカウラ。
「ああ、今日はいつものおもちゃを売っている店に行くのか?」
カウラはバックミラー越しにいつもと違うアイシャの姿を見て気を使っているように見えた。
「今日はやめておくわ、私は。神前君は?」
投げやりにそう言うアイシャに、要もカウラも何も言えないでいた。
「僕もいいですよ。そう言えば今日は菰田曹長が晩飯当番だったような……」
その言葉に久しぶりにアイシャがすぐさま反応した。すばやく手にしたバッグから携帯端末を取り出す。
「ああ、私。今日は晩御飯はいらないわよ……って作っちゃったの?じゃあみんなで山分け……上官命令。以上」
まくし立てた後、安心したように座席に身を任せるアイシャ。彼女の言葉に親指を立てて無言の賛辞を要が送っていた。
「ラーメンなら奢るぞ、アイシャ。しかし、神前。よく覚えていたな」
そう言いながら四人はあのこの世のものとは思えない菰田の料理を思い出していた。




